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「週末よしもと」「銚子お笑い祭り!!」(銚子市)
 本日二つ目にご紹介するのは、地元「銚子市」「銚子市青少年文化会館」で今週末の6月10日(日)に開催されます「週末よしもと」「銚子お笑い祭り!!」です。

 「吉本興業」は、「大阪府大阪市中央区」と「東京都新宿区」に「本社」に置く、「マネジメント」、「プロモーター」、「テレビ・ラジオ番組製作」、「演芸の興行」等を「グループ」で行う「吉本興業グループ」の「持株会社」で通称「吉本」、「よしもと」と呼ばれています。
 1912年(明治45年)4月1日の創業以来、2007年(平成19年)9月30日までは「日本」の「芸能プロダクション」で、95年半の最も古い「歴史」を持っていましたが、2007年(平成19年)10月1日から「持株会社制」へ移行し、「吉本興業」の「事業部門」は、「よしもとクリエイティブ・エージェンシー」、「よしもとデベロップメンツ」、「よしもとアドミニストレーション」にそれぞれ「分社化」され、「吉本(よしもと)」を名乗る「芸能プロ」の「歴史」は、「よしもとクリエイティブ・エージェンシー」に引き継がれ、その後、TOBで「非上場化」され、「在京・在阪」の「主要民放局」などが「主要株主」となっています。

 「週末よしもと」とは、「よしもと人気芸人」たちが「全国各地」を「お笑いツアー」で訪れるというものです。
 「日本全国」を8地区にわけ、「あなたの街にお笑いをお届けします!」をキャッチにして「全国お笑いライブ」を展開しています。
 ちなみに「8地区」は、「北」から「北海道地区」、「東北地区」、「関東地区」、「北陸・中部地区」、「近畿地区」、「中国地区」、「四国地区」、「九州・沖縄地区」となっています。

 今回ご紹介する「銚子お笑い祭り!!」は「週末よしもと」の一環で行われています。
 「銚子お笑い祭り!!」は、「銚子市青少年文化会館」の「大ホール」で行われ、「前売券」3500円、「当日券」4000円(税込)で販売しています。
 

 「銚子お笑い祭り!!」に「出演」する「芸人」は、「博多華丸・大吉」、「ペナルティ」、「COWCOW(カウカウ)」、「ハイキングウォーキング」、「あべこうじ」、「チーモンチョーチュウ」、「御茶ノ水男子」、「ゴールデンボーイズ」となっています。

 「博多華丸・大吉(はかたはなまる・だいきち)」は、1990年5月に「コンビ」結成し、「福岡」でデビューしました。
 「福岡」で活躍・活動した後、2005年に「上京」し、「博多弁漫才」を全国展開し活躍しています。
 なお「博多華丸」は2006年に、1761名エントリーした「第3回R1ぐらんぷり」で見事「優勝」を果たしています。

 「ペナルティ」は、「ヒデ」(ツッコミ)と「ワッキー」(ボケ)による「お笑いコンビ」で1994年に「コンビ」結成しました。
 「ペナルティ」の2人は、「サッカー」の名門「市立船橋」の「サッカー部」出身で、「ヒデ」は「第67回全国高等学校サッカー選手権」準優勝、「インターハイ」優勝を経験する程の「実力」を持ち、「ワッキー」は、「第69回全国高等学校サッカー選手権大会」に出場し、2回戦の「清水商業高校」戦に出場し、本来の「FW」のポジションでしたが「対戦相手」のエース「名波浩」選手の「マーク」をついていたエピソードを持っています。
 ちなみに「ペナルティ」の「ヒデ」は「DF」で「Jリーグ」「横浜フリューゲルス」(当時)入りが内定する程の「実力」だったそうです。

 「COWCOW(カウカウ)」は、1993年に「コンビ」結成した「中学・高校」の「同級生」で組んだ「お笑いコンビ」です。
 「山田與志(やまだよし)」(ツッコミ)と「多田健二」(ボケ)の「コンビ」で、「第19回ABCお笑い新人グランプリ」「最優秀新人賞」、「NHK新人演芸大賞」(演芸部門)「大賞」、「第36回上方漫才大賞」「優秀新人賞」等を受賞しています。
 「COWCOW」は、「ピン」でも活躍しており、「山田與志」は、2008年から4年連続で「R1ぐらんぷり」「決勝戦」進出、「多田健二」は、今年(2012年)開催されました「第10回R1ぐらんぷり」で「優勝」を獲得しています。
 現在「COWCOW」は「当たり前体操」でブレイクし「子供たち」にも人気があります。

 「ハイキングウォーキング」は、2001年に「コンビ」結成した「お笑いコンビ」です。
 「松田洋昌(まつだひろあき)」(ツッコミ)と「鈴木Q太郎」(ぼけ)の「コンビ」で、「NHK」の「爆笑オンエアバトル」等で活躍し、現在「TV」「ラジオ」等で活躍中です。
 「鈴木Q太郎」の「ひみこさまー」という「ボケ」でお馴染みの「お笑いコンビ」です。

 「あべこうじ」は、「お笑いタレント」(ピン芸人)で、「漫談家」、「俳優」、「作詞家」です。
 「あべこうじ」は、2004年の「R1ぐらんぷり」から出場し、2010年の「R1ぐらんぷり」まで「R1」決勝進出回数6回を誇り、「大会最多記録」を保持しています。
 また2006年「R1ぐらんぷり」「準優勝」、2010年「R1ぐらんぷり」では見事「優勝」しています。

 「チーモンチョーチュウ」は、2001年に「コンビ」結成した「お笑いコンビ」です。
 「白井鉄也」(ぼけ)と「菊地浩輔」(ツッコミ)の「コンビ」で、「コンビ名」は2人の「高校時代」の「友人」が人気「格闘ゲーム」「バーチャファイター」に登場する「技」である「裡門頂肘(りもんちょうちゅう)」を、「漢字」が読めず「ちーもんちょうちゅう」と読み間違えたことからとったそうです。
 「AGE AGE LIVE(アゲアゲライブ)」という「若手芸人」の「登竜門」的「ネタライブ」で、「Aage」「Bage」「Cage」という「システム」を取っていた約2年間、唯一「Aage」に居続けた「芸人」として知られています。

 「御茶ノ水男子」は、2008年9月10日に「コンビ」結成した「お笑いコンビ」です。
 「おもしろ佐藤」(ツッコミ)と「しいはしジャスタウェイ」(ぼけ)の「コンビ」で、「コンビ名」の「由来」は「しいはし」が元「スーツアクター」で「ヒーローショー」の「聖地」が「水道橋」、「佐藤」が元「アニメーター」で「アニメ」の「聖地」が「秋葉原」、そして「総武線」の「水道橋」と「秋葉原」の間が「御茶ノ水」のため、「お茶の水女子大学」をもじって「御茶ノ水男子」となったそうです。

 「ゴールデンボーイズ」は、2008年12月25日に「コンビ」結成した「お笑いコンビ」です。
 「米田裕勝(よねだひろかず)」と「うっほ」の「コンビ」で、「千葉県住みます芸人」として活躍・活動していることで知られています。
 「あなたの街に住みますプロジェクト」とは、「吉本興業グループ」が「100周年プロジェクト」のテーマのひとつとして「地域社会とエンターテイメントの共創」を掲げ、展開されている「活動」で、「千葉県」では、「ゴールデンボーイズ」が「住みます芸人」として活躍しています。

 「週末よしもと」「銚子お笑い祭り!!」では、テレビでおなじみの「実力派」から「若手」まで「豪華」な「顔ぶれ」が「銚子」に集結。
 おまけの「ステージ」では「千葉県」ゆかりの「芸人さん」が大ハッスルするそうです。
 なお「銚子お笑い祭り!!」に出演する「千葉県」出身の「芸人」ですが、「ペナルティ」の「ヒデ」(船橋市出身)と「ワッキー」(市原市や船橋市に住み「千葉県」ゆかり)、「チーモンチョーチュウ」の「白井鉄也」(印旛郡酒々井町出身)と「菊地浩輔」(千葉市若葉区出身)、「御茶ノ水男子」の「しいはしジャスタウェイ」(我孫子市出身)、「ゴールデンボーイズ」の「米田裕勝」(市川市出身)となっています。

 また「週末よしもと」「銚子お笑い祭り!」の「チケット」をお持ちの方は、6月10日(日)15時30分開演「ゴールドラッシュ!キックオフパーティー!!」公演に「無料」で入場できるそうです。
 尚、入場は「ゴールドラッシュ!キックオフパーティー!!」公演を購入された方が優先となるのでご注意下さいとのことです。

 今週末に行われる「プロ」の「笑いの祭典」「週末よしもと」「銚子お笑い祭り!!」。
 楽しい「催し」の行われる「銚子市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「週末よしもと」「銚子お笑い祭り!!」詳細

 開催日時 6月10日(日) 13時〜

 開催会場 銚子市青少年文化会館 銚子市

 問合わせ チケットよしもと 0570-036-912 (10時〜19時)

 備考
 「週末よしもと」「銚子お笑い祭り!」では、5歳以上「有料」、4歳以下「膝上」にのせて観覧は「無料」、「席」が必要な場合は「有料」だそうです。
 また「出演者」は変更になる場合がありますので予め了承下さいとのことです。
 また「変更」に伴う「払い戻し」は、行わないそうです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1144 |
| 地域情報::銚子 | 11:05 PM |
「第67回成田山写経大会」(成田市)
 本日ご案内するのは、近隣市「成田市」「成田山新勝寺」「光輪閣4階」「光輪の間」で今週末の6月9日(土)・10日(日)に開催されます「第67回成田山写経大会」です。

 「成田山新勝寺」(2010年11月14日・15日・16日のブログ参照)では、「真言宗」の「開祖」である「弘法大師」と、「弘法大師」の「教え」を再興された「興教大師」の「御誕生月」が6月であることから、毎年6月に「御誕生行事」が執り行われます。
 この「行事」のひとつとして、期間中の土・日曜の2日間にわたり、「成田山光輪閣」において「成田山写経大会」が盛大に開催されます。

 「仏教」が「日本」に伝えられた奈良時代から現代に至るまで、「日本人」と「写経」には深い「つながり」があります。
 古くは、「仏様」の「ご利益」をいただくために「経文」を書き写したのが始まりで、「印刷技術」が発達していなかった当時、貴重な「経典」を複製するために確実に書き写していくために、現在の「印刷会社」のような「機関」が、数多くの「人たち」の「働き口」として「官立」で設置されたほどだったそうです。

 現代は、「技術」の「進歩」とともに豊富な「印刷物」を手にすることができるようになりましたが、「IT技術」が溢れる今、敢(あ)えて「写経」の「効用」に注目が集まっています。
 「筆」を「手」に取り、一字一字を心静かに書きあげていくことで、「指先」を使い、「脳」の「活動」が活発になるという「効果」があるといいます。
 集中力を高め、正しい「姿勢」で「写経」をしていると、「自然」と「心」が落ち着いてきます。
 「写経」をしていると平常心を保ち、頭が冴えることによって、「学業」にも専念でき、「仕事」にもいつも以上の力を発揮できるようです。

 「第67回成田山写経大会」は、「道場参加」か「在宅参加」のどちらかでの「参加」となります。
 「道場参加」ですが、「成田山新勝寺」「光輪閣」4階「光輪の間」で6月9日(土)・10日(日)の10時半から開催されます。
 「道場参加」は両日ともに「定員」は300名で、「初穂料」は5000円です。

 「在宅参加」ですが、「般若心経」3巻となっており、「お申込」すると、「写経用紙」3枚、「筆」、「写経作法次第」が送付されます。
 書写した後に、「成田山新勝寺」に送付すると、「御本尊」「不動明王」の「ご宝前」にて、「ご祈願」のうえ、「平和大塔」に納め、「所願成就」が祈念されるそうです。
 「初穂料」は「在宅参加」3000円と別途「郵送費」は一律300円です。
 なお、「成田山写経大会」の「申込期間」は、4月28日(土)〜6月4日(月)となっています。

 「成田山」の「写経」は、「成田山平和大塔」(5月7日のブログ参照)にある「写経道場」においと毎日「受付」を行っており、どなたでも「写経体験」をしていただくことができますが、今回の「成田山写経大会」では、「般若心教」を「浄書」し、「納経法会」を執り行い、「法話」を聞いていただいた後、更に別席で「坊入」(精進料理)の「接待」を受けられます。
 「坊入」は、通常ですと「大護摩御祈祷」をなさった方だけが「体験」できる「接待」で、今回の「写経大会」での「坊入」は非常に貴重な機会と言えます。

 「弘法大師」「興教大師」の「御誕生」を記念し開催されます「成田山写経大会」。
 恒例行事が行われます「成田山新勝寺」がある「成田市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「第67回成田山写経大会」詳細

 開催期日 6月9日(土)・10日(日)

 開催会場 成田山新勝寺 光輪閣4階 光輪の間

 大会内容 (スケジュール)

 10時30分 受付開始

 11時00分 開会法楽 〜写経(般若心経 1巻)〜

 12時35分 納経法会(体験談発表、法話、雅楽演奏)

 13時00分 坊入 (精進料理)

 13時45分 解散

 定員   両日ともに、300名

 初穂料  道場参加 5000円

 問合わせ 成田山新勝寺 写経大会事務局 0476-22-2111 (9時〜15時)

 備考
 「第67回成田山写経大会」の行われる「成田山新勝寺」では、「弘法大師」・「興教大師」「御誕生」の「行事」として「弁財天祭礼」が6月9日(土)・10日(日)に「弁財天堂」にて8時から16時が執り行われるそうです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1143 |
| 地域情報::成田 | 03:29 PM |
初夏のメニュー
暑い日、寒い日。

最近は、気温の寒暖の差がコロコロ変わり、
体調を崩しやすいようです。

皆さんは、お元気にお過ごしでしょうか?


当館では、6月1日より 初夏のお献立が始まりました!

今回、変わったばかりのメニューより3品 
ご紹介したいと思います。


まずは、今回のメイン。

今回は、思い切って「銚子釣り金目鯛のしゃぶ鍋」 にしました。
釣り金目は、銚子が誇るブランド魚です。

伊豆にも、金目で有名な地域もありますが、
私達の住む銚子も、脂の乗ったおいしい金目鯛が採れるところです。

その金目鯛を今回は、しゃぶしゃぶでお召し上がり頂きます。

こればかりは、仕入れにもよるので、なるべく平均して
お出しできるよう、努めて仕入れしておりますが、
時化などで漁がなかった場合など、他のお魚に変更する
こともありますので、あらかじめご了承ください。

2品目は、揚物。
女性が好きな かぼちゃを使った変わり衣の揚物です。
その脇に添える野菜の天ぷらもふつう天ぷらには使わない
野菜を天ぷらにしています。

これは、ぜひ、食べてみては。の お楽しみです♪


最後に1品、ご紹介します。
この季節、涼呼ぶ献立ということで、冷やし鉢を
お出ししていますが、今年は、「ぶっかけ蕎麦」 にしました。

定番中の定番ではありますが、
今年は、シンプルなメニューだけに、「蕎麦」自体に 
こだわって、いい物を使うことにしました!

そばつゆは、銚子らしく、少し辛めの味しっかりつゆです。

ぜひ、お泊り、ご会食で、初夏のお献立を心行くまで、
温泉と、ともに味わって下さい!



続き▽
| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1142 |
| 気まぐれ日記 | 03:27 PM |
「あじさい遊歩道」(多古町)
 本日二つ目にご紹介するのは、近隣市「多古町」「道の駅多古あじさい館」の近くを流れる「栗山川」沿いにある「あじさい遊歩道」です。

 「千葉県香取郡多古町」は、45年ほど前に、「多古町」(前年に「東條村」を併合)・「中村」・「久賀村」・「常磐村」が合併して、現在の「多古町」になっています。
 「多古町」は「千葉県」の北東部に位置し、「多古町役場」は「北緯」35.7317「東経」140.4717で、「町」のすぐ脇に「成田国際空港」があります。
 「多古町」の「面積」7267平方km・「周囲」54km、年間を通じ温暖で、平均気温は摂氏14度、年間総降水量は1500mmと比較的「多雨」です。
 「多古町」は、「北総台地」とその間をめって「水田」が広がる、のどかな「農村」の「町」で、「田」は1800ha(ヘクタール)・「畑」1600ha・「山林」1450haで、約7割の「土地占有率」です。

 「多古」という「地名」が付いた「経緯」はいくつかの「説」があります。
 「多き古き村」や「田を耕す事」(田子)が転じて「多古」とありますが、一番いわれている「説」が「多湖」説です。
 昔「多古町」は、「湖」や「沼地」が多かったので「多湖」と呼ばれていたようですが、「治水工事」や「農地化」により「水」を表す「さんずい」が消えて「多胡」に。
 さらに、「夜空」の「月」が「湖」の「水面(みなも)」に映らなくなったので、「月」も取り去られて「多古」になったといわれています。

 「生活」と「文化」を育んできてくれた「多古町」の中心を南北に流れる「栗山川」(2月18日のブログ参照)。
 「栗山川」への「感謝」の気持ちとして「多古町」では、「栗山川」の「土手」(両堤)約1.2kmに1万株の「あじさい」を植え、昭和55年「あじさい遊歩道」を完成させました。
 「あじさい」は毎年「花」をふやし続け、「初夏」ともなると、「紫」、「白」、「薄紅」と色とりどりの「あじさい」が美しい「花の道」を作ります。
 「あじさい遊歩道」に咲く「あじさい」ですが、一般的な「日本あじさい」のほか、「ガクあじさい」などが植樹されています。

 そして「あじさい」のみならず、「春」には「菜の花」、「秋」には「秋桜(コスモス)」が「川辺」を飾り、訪れる人々の目を楽しませてくれます。
 つまり「春」には「菜の花公園」、「初夏」には「アジサイ公園」、「秋」には「コスモス公園」となり、「四季折々」の「公園」になっています。

 6月後半には、この「遊歩道」で、にぎやかに「あじさい祭り」が繰り広げられ、付近では、「釣り」や「バードウォッチング」も楽しめます。
 また「四季折々」の「花」が咲く「あじさい遊歩道」は、約4kmの「散策コース」にもなっています。

 人々の「生活」に「潤い」と多くの「恵み」を与え、子供達を育ててきた「栗山川」に感謝したいといった気持ちにさせてくれる「リフレッシュゾーン」「あじさい遊歩道」。
 2001年9月にはこの「あじさい遊歩道」の「景色」を楽しめる「休憩所」「道の駅多古あじさい館」(2010年9月6日・2011年12月24日のブログ参照)も完成し、多くの「観光客」の方、「地元の町民」でいつも賑わっています。

 「多古町」の見どころのひとつ「あじさい遊歩道」。
 季節の花「紫陽花(あじさい)」の咲く「多古町」へお出かけしてみてはいかがでしょうか?

 「あじさい遊歩道」詳細

 所在地  香取郡多古町多古1069-1地先 栗山川沿い

 問合わせ 多古町役場産業振興課 0479-76-5404

 備考
 「あじさい遊歩道」近くにある「道の駅多古あじさい館」は、国道296号と「栗山川」の交差する「多古大橋」のたもとに位置しています。
 水平に伸びる「田園風景」の中にある「道の駅」で、白い「風車」と大きな「水車」がシンボルで「館内」の「ふれあい市場」では、「多古米」をはじめとする「新鮮・朝採り野菜」や「地元酪農家」の「牛乳」や「アイスクリーム」を販売しています。













| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1141 |
| 地域情報::成田 | 07:55 AM |
「第7回宗吾霊堂紫陽花(あじさい)まつり」(成田市)
 本日ご案内するのは、近隣市「成田市」「宗吾霊堂」で今週末の6月10日(日)〜7月1日(日)の期間開催されます「第7回宗吾霊堂紫陽花(あじさい)まつり」です。

 「宗吾霊堂」(2010年12月23日のブログ参照)こと「東勝寺(とうしょうじ)」は、「成田市」にある「真言宗豊山派」の「寺院」で「山号」は「鳴鐘山」です。
 「義民」・「佐倉惣五郎」の「霊」が祀られていることから「宗吾霊堂」と広くよばれています。
 「東勝寺」の「寺伝」によりますと「桓武天皇」の勅命により、「坂上田村麻呂」が、「房総」を平定した時に「戦没者供養」のために建立・創建したといわれています。
 「宗吾霊堂」の「大本堂」ですが、「真言宗」の「御本尊」は「大日如来」ですが、ここでは「佐倉惣五郎」の「霊」が祀られています。

 「宗吾霊堂」は、「宗吾様」の「名」で親しまれる「古刹」で、9月第一土・日の「御待夜祭」(2011年8月31日のブログ参照)や「紫陽花(あじさい)」(2011年6月11日のブログ参照)の「名所」として知られています。

 「宗吾霊堂」「大本堂」裏手に広がる「境内」には「在来アジサイ」をはじめ、「ガクアジサイ」・「柏葉アジサイ」などさまざまな「あじさい」が植えられています。
 「宗吾霊堂」には、1000株以上「柏葉アジサイ」が植えられており、これだけ多くの「柏葉アジサイ」を見られる場所は少なく「観光客」の「目」を楽しませてくれます。
 なお「宗吾霊堂」では、少しずつ「植樹」を行っていき、現在では5500株もの「アジサイ」が植えられています。
 (2012年現在では「宗吾霊堂」の「あじさい」は7000株を数えるそうです。)

 平成14年には、「歌舞伎役者」の「中村勘九郎丈」(現「勘三郎丈」)さんが「あじさい植樹」を行ったそうです。
 「植樹」は、「佐倉義民伝」が「宗吾霊堂350年祭」を記念して、「歌舞伎座」で上演されたことによるものです。
 「宗吾霊堂」では、きれいな「あじさい」を咲かせようと「地元住民」、「企業」、「団体」といった「成田市」内の皆さんの協力で、「あじさい」の「花芽摘み」や「草刈り」も行っています。
 また「雨の日」でも快適に「あじさい」を楽しんでいただこうと「宗吾霊堂」「あじさい園」には「成田国際空港株式会社」寄贈による「木片のチップ」が敷かれています。

 「第7回宗吾霊堂紫陽花まつり」ですが、冠に「東日本大災害復興支援」「宗吾霊360年祭記念」をつけ開催されます。
 「第7回宗吾霊堂紫陽花まつり」では、「お茶会」、「演奏会」、「あじさい・農産物・さつきの販売」が行われます。

 「お茶会」ですが、「宗吾霊堂」「旧客殿」での「お茶会」です。
 「宗吾霊堂」「大本堂」での「筝」・「尺八」や「二胡」の「演奏」の「音色」も涼やかに、本格的な「抹茶」と「お菓子」を「無料」で召し上がれます。
 「お茶会」の「開催時間」は10時〜15時(14時30分受付終了)となっています。

 「演奏会」ですが、「宗吾霊堂」「大本堂」で行われ、「初夏」の「風」を感じながら「風流」な「演奏会」を楽しめます。
 「奏者」の近くでゆっくりと雅な「音色」を堪能できる「催し」のようです。
 「演奏会」の「開催時間」は、期間中の日曜日、11時〜と14時の1日2回開催されます。

 「あじさいの販売」ですが、以前より「お客様」からの「ご要望」が多かった「あじさいの販売」を、「宗吾霊堂紫陽花まつり」初日となる6月10日(日)に限り、開催を決定しました。
 「あじさいの販売」は、「鉢植え」のほか、「苗木」などもご用意する予定だそうです。
 「あじさいの販売」の「開催時間」ですが、10時〜15時となっており、「あじさい」がなくなり次第、終了となります。

 「農産物の販売」ですが、毎回好評で、「地元」で採れた「新鮮な野菜」が並べられ、用意した「品物」が完売してしまうこともあるそうなので早めのお求めをお勧めします。
 また「さつきの展示・販売」ですが、「宗吾さつき愛好会」のメンバーの皆さんによって丹精込めて育てられた可憐な「花々」をじっくり楽しめるそうです。
 「農産物の販売」「さつきの展示・販売」の「開催時間」は、期間中の日曜日の10時〜15時に行われ、「宗吾霊堂」境内設置の「テント」内で開催されます。
 (「宗吾霊堂紫陽花まつり」の「催し」詳細は下記「詳細」にて記載)

 「成田市」「紫陽花」の「名所」「宗吾霊堂」こと「鳴鐘山東勝寺」で行われる「第7回宗吾霊堂紫陽花まつり」。
 「市の花」「紫陽花」が咲く「水無月(みなづき)」の「成田市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「第7回宗吾霊堂紫陽花まつり」詳細

 開催期間 6月10日(日)〜7月1日(日)

 開催会場 宗吾霊堂 成田市宗吾1-558

 「宗吾霊堂紫陽花まつり」催し詳細

 「お茶会」

 開催時間 10時〜15時(14時30分受付終了)

 開催場所 宗吾霊堂 旧客殿

 内容

 6月10日(日) 平山宗洋 先生 (表千家)

 6月17日(日) 今枝宗幸 先生 (裏千家)

 6月24日(日) 滝澤宗理 先生 (石州流 不昧派)

 7月1日(日) 郡司宗修 先生 (表千家)

 「演奏会」

 開催時間 11時〜 14時〜

 開催場所 宗吾霊堂 大本堂

 内容

 6月10日(日) 尺八 清野樹盟

 6月17日(日) 筝 清翔会・尺八 竹樹会

 6月24日(日) 二胡 王霄峰

 7月1日(日) 二胡 王霄峰

 「あじさいの販売」

 開催日時 6月10日(日) 10時〜15時

 開催場所 宗吾霊堂 境内設置の「テント」内

 「あじさい」がなくなり次第、終了

 「農産物の販売」「さつきの展示・販売」

 開催時間 10時〜15時

 開催場所 宗吾霊堂 境内設置の「テント」内

 内容 (農産物の出店団体)

 6月10日(日) かとり3団体
 「伊能歌舞伎米」研究会
 「大栄産直センター」
 「JAかとり西部営農産直センター」

 6月17日(日) かんらん車

 6月24日(日) JA成田市 園芸販売課

 7月1日(日) 産直館

 問合わせ (社)成田市観光協会 0476-22-2102

 備考
 「宗吾霊堂」こと「鳴鐘山東勝寺」ですが、「成田」といえば「成田山新勝寺」が先に思い浮かぶかと思いますが、「新勝寺」は「東勝寺」より新しい「寺」という意味で、「新勝寺」の「名」がつけられているそうです。
 「第7回宗吾霊堂紫陽花まつり」では、7月1日(日)に、「浴衣」着用の「一般市民」「親子モデル撮影会」も開催するそうです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1140 |
| 地域情報::成田 | 07:35 AM |
「常陸国風土記(ひたちのくにふどき)」(鹿嶋市含む茨城県)
 本日二つ目にご紹介するのは、近隣市「鹿嶋市」含む「茨城県」に伝わる「常陸国風土記(ひたちのくにふどき)」です。

 「常陸国風土記」は、奈良時代初期の713年(和銅6年)に編纂(へんさん)され、721年(養老5年)に成立した「常陸国」(現在の「茨城県」の大部分)の「地誌」です。
 口承的な「説話」の部分は「変体」の「漢文体」、「歌」は「万葉仮名」による「和文体」の「表記」によるものだそうです。

 「常陸国風土記」は、「元明天皇」の「詔(みことのり)」によって編纂が命じられました。
 「常陸国風土記」は、この「詔」に応じて「令規定」の「上申文書形式」(解文)で報告されました。
 その「冒頭文言」は、「常陸の国の司(つかさ)、解(げ)す、古老(ふるおきな)の相伝える旧聞(ふること)を申す事」(原漢文)ではじまります。
 「常陸」の「国司」が「古老」から聴取したことを「郡」ごとにまとめ「風土記」を作成したのであるので、8世紀初頭の人々との生活の様子や認識が読み取れると形式となっています。
 「記事」は、「新治」・「筑波」・「信太」・「茨城」・「行方」・「香島」・「那賀」・「久慈」・「多珂」の「9郡」の「立地説明」や「古老」の「話」を基本にまとめています。

 「常陸国風土記」の「編纂者」は不明で、現存テキストには「以下略之」など、省略したことを示す記述があることから、原文そのものの「書写」ではなく、「抄出本」の「写本」とも考えられています。
 「遣唐副使」を務め、「懐風藻(かいふうそう)」に最多の「漢詩」を残す「藤原宇合」が「常陸国守」であったことから、その「編纂者」に比定されることもあります。
 また「万葉集」の巻6に、天平4年に「宇合」が「西国道節度使」に任じられたときの「高橋虫麻呂」の「送別歌」があり、巻9には、「高橋虫麻呂」の「筑波山の歌」があることから、二人が「常陸国」(5月19日のブログ参照)で「上司」と「部下」の関係であったと想像し、「風土記」成立に2人が強く関与しているだろうと考える「説」があったそうです。
 現在「風土記」は、「常陸国」、「播磨国」、「備前国」、「備後国」、「出雲国」の5冊のみ伝わっていますが、いずれも「原本」ではないそうです。
 また、他は「逸文」(かつて存在していたが現在は伝わらない文章のこと)だそうです。

 「常陸国」は、「大化改新」(645年)により646年(大化2年)に設置され、現在の「石岡市」に「国府」と「国分寺」が置かれました。
 そののち「新治」、「白壁」(真壁)、「筑波」、「河内」、「信太」、「茨城」、「行方」、「香島」(鹿島)、「那賀」(那珂)、「久慈」、「多珂」(多賀)の11郡が置かれました。

 「常陸国」の「名」の「由来」ですが以下の2説とされています。

 「然名づける所以は、往来の道路、紅海の津湾を隔てず、郡郷の境界、山河の「峰谷」に相続ければ、「直道(ひたみち)」の「義」をとって、名称と為せり。」

 「「倭武(やまとたける)」の「天皇」、東の「夷(えみし)の国」を巡狩はして、新治の県を幸過ししに「国造」「那良珠命(ひならすのみこと)」を遣わして、新に井を掘らしむと、流泉清く澄み、いとめずらしき。
 時に、乗輿を留めて、水を愛で、み手に洗いたまいしに、御衣の袖、泉に垂れて沾じぬ。
 すなわち、袖を浸すこころによって、この国の名とせり。
 風俗の諺(ことわざ)に、「筑波岳」に黒雲かかり、「衣袖漬(ころもでひたち)」の国というはこれなり。」

 また「常陸国風土記」が編纂された時代に、「常陸国」は、
 「土地が広く、海山の産物も多く、人々は豊に暮らし、まるで「常世」の「国」(「極楽」)のようだ」
 と評されていました。
 しかし、「極楽浄土勧」とは対照的に「防人の歌」には、留守宅の妻を思う切なる心情や西国へ向かわなければならない「朝廷」に対する「怒り」が読み取れます。

 「常陸国風土記」では、八の「香島郡」「霰ふる香島の国」として「鹿嶋市」を含む「大洗町」以南について伝えています。
 大きくわけて「鹿島の神」(2010年11月8日・9日・10日のブログ参照)、「童子女の松原」(5月29日のブログ参照)、「白鳥の里」となっています。
 3つの「風土記」の中から今回は、「白鳥の里」を紹介します。

 「白鳥の里」

 「郡家」(「鹿島神宮」前)の「北」三十里のところに、「白鳥の里」がある。
 昔、「伊久米」の「天皇」(「垂仁天皇」)の「御世」に、「天」より飛び来たった「白鳥」があった。
 朝に舞ひ降りて来て、乙女の姿となり、小石を拾ひ集めて、池の堤を少しづつ築き、夕べにはふたたび昇り買えって行くのだが、少し築いてはすぐ崩れて、いたづらに月日はかさむばかりだった。
 さうしてこの乙女らは、
 「白鳥の 羽が堤を つつむとも あらふ真白き 羽壊え」
 (小石を集めて池の堤を作らうとしても、白鳥の羽を抜いて積み上げるやうなもので、この真白き羽はすっかり損はれてしまった。)
 かう歌ひ残して「天」に舞ひ昇り、ふたたび舞ひ降りてくることはなかった。
 このいはれにより、「白鳥の郷」と名付けられた。(以下略)

 最後に「鹿島」の「由来」と思われる「風土記」を記します。

 その南に広がる「広野」を、「角折の浜」といふ。
 由来は、昔、大きな「蛇」がいて、東の「海」に出ようとして、「浜」に穴を掘って通らうとしたが、「蛇」の「角」が折れてしまったといふ。
 そこから名付けられた。
 また別の伝へに、「倭武」の「天皇」がこの「浜辺」にお宿りになったとき、「御饌」を供へるに、「水」がなかった。
 そこで「鹿」の「角」で「地」を掘ってみたら、「角」は折れてしまった。
 ここから名付けられた。(以下略)

 古(いにしえ)より伝えられし「地誌」「常陸国風土記」。
 古き「伝承」の残る「鹿行地域」「鹿嶋市」「潮来市」「神栖市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 備考
 「常陸国」の「由来」を要約しますと、「陸路」で往来出来るという「直道(ひたみち)」から「常陸国」という「説」と、「倭武天皇」の「故事」で「天皇」が手をお洗いになったところが「袖」が「泉」にぬれてしまったことから「衣袖漬(ころもでひたち)」で「漬す」をとって「常陸国」という2説になります。

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| 地域情報::鹿島 | 01:08 PM |
「通蓮洞」(旭市)(銚子市)
 本日ご紹介するのは、となりまち「旭市」「銚子市」にある「屏風ヶ浦(びょうぶがうら)」の中にある「通蓮洞(つうれんどう)」です。

 「屏風ヶ浦」(5月20日のブログ参照)は、「銚子市潮見町」と「旭市」(旧「海上郡飯岡町」)の「刑部岬(ぎょうぶみさき)」(5月26日のブログ参照)間、約10kmにわたって続く高さ35m〜60mに及ぶ「断崖絶壁(だんがいぜっぺき)」です。
 「太平洋」の「海蝕(かいしょく)」によって創り出された「景観」が、「イギリス」と「フランス」の間にある「ドーバー海峡」の「白い崖」に似ている所から、「日本のドーバー」或(ある)いは「東洋のドーバー」といわれています。

 「屏風ヶ浦」は、「波浪(はろう)」や「風雨」などの「影響」で浸蝕(しんしょく)が激しく、「名洗地域」では過去50年ほどの間に40m後退したそうです。
 また「屏風ヶ浦」西端の「旭市」にある「刑部岬」は今よりかなり「沖」まで延びており、鎌倉時代には約6km位先まで「陸地」があったと言われています。
 そして「刑部岬」の近くに、平安時代末期頃、「片岡常春」の「居城」であった「佐貫城(さぬきじょう)」がありましたが、浸蝕によって「海底」に没してしまったといわれています。
 しかし浸蝕の速度は年間に40m〜50mとする「学説」もあり、実際には「城」があった当時からの後退は、約350m前後ではないかと考えられているそうです。
 近年、県内の「城郭研究家」などが、「旭市上永井」の「屏風ヶ浦」上(「磯見川」河口西側の台地)に、「城郭」の「一部」が残っているという「調査結果」を発表しています。

 今回ご紹介する「通蓮洞」は、「磯見川」の河口付近にある「洞窟(どうくつ)」のことで、「名所」として賑わい、「通漣洞」、「通漣坊」、「潮漣洞」とも読み書きしていました。
 「千葉縣海上郡誌」の「潮漣洞」の「項」には、
 「豊岡小浜磯見川の河口にあり、一名「通漣坊」ともいう。
 潮汐(ちょうせき)沿岸を洗い、岩石為めに穿(うが)たれて一の大なる竈(かまど)形の空洞を生ず。
 一洞崩壊すれば、随(したがって)って一洞を生ず。
 世俗之(これ)を「延命淵」と称す。
 数十年前には、川の左右両岸に大小二個あり。
 小なるを「女竃(めがま)」と称し、大なるを「男竃(おがま)」と称せり。
 海上浪(なみ)高き時は、侵入する潮汐、恰(あたか)も長鯨(ちょうげい)の水煙を呼出(こしゅつ)するが如く、実に奇観なり。
 遠近伝えて奇異の顕象(けんしょう)となし、夏季観客常に絶えずという。」
 と記され、「通蓮洞」の「項」には、
 「小浜磯見川の河口に「通漣洞」あり。
 往昔(おうせき)「安倍晴明(あべのせいめい)」、垣根長者の娘「延命姫」の慕(した)うところとなる。
 「晴明」之(これ)を厭(きら)い、夜に乗じて逃れ去る。
 姫追慕、踪跡(そうせき)を尋ねて此(ここ)に至る。
 「晴明」履(くつ)を岩上に残し、去て「真福寺」に入る。
 姫至り之を見て、「晴明」既に死せりとなし、身を踊らして怒涛(どとう)の淵に投ず。
 空洞此(この)時より生じ、随(したがっ)て破るれば随て成る。
 居民此処(ここ)を称して「延命が淵」と云う。」
 と記されています。

 要約しますと「陰陽師(おんみょうじ)」の「安倍晴明」と「夫婦」になった「長者」の「娘」、「延命姫」は、醜い顔の「痣(あざ)」のために「晴明」に嫌われ、逃げられてしまいます。
 後を追った「延命姫」が「通蓮洞」のところに行ってみると、そこには「晴明」の「衣類」と「草鞋(わらじ)」が。
 絶望した「姫」は「晴明」を慕って「海」に「身」を投げてしまいました。
 しかし「晴明」は死んでおらず、「姫」を騙したという「悲しい物語」です。

 上記のような「延命姫伝説」の「舞台」でもある「通蓮洞」は、「旭市」との境にあり、「小浜側」の「男竃」は、「小浜通蓮洞」、「上永井側」の「女竃」は「上永井通蓮洞」と呼ばれていて、「男竃」は明治30年代に消滅し、「女竃」は「岩山」の「残骸」が昭和30年代まで見られ、河口の「砂洲(さす)」が広く美しかったそうです。
 また「岩」が「潮」を噴き上げる壮観な「景観」は、素晴らしく風光明媚(ふうこうめいび)な場所であったそうです。

 現在「通蓮洞」へは「畑」の中の「道」を入った奥にある「空き地」に「車」を停めて、徒歩で「海岸」まで降りていくことになりますが、「通蓮洞」跡へ続く「遊歩道」は現在「立ち入り禁止」となっていています。

 「悲しい物語」の「舞台」であり、風光明媚な「観光地」であった「通蓮洞」。
 「通蓮洞」に想いを馳せ、「景勝地」「屏風ヶ浦」「刑部岬」にお出かけしてみませんか?

 備考
 「陰陽師」「安倍晴明」と「延命姫」にゆかりのある「スポット」のひとつは「川口神社」(2010年12月22日のブログ参照)です。
 「通蓮洞」で「延命姫」が「身」を投げ、「川口」に流れ着いた「姫」の「歯」や「櫛(くし)」を、土地の人が憐れんで、「川口神社」の「丘」に埋め「祠(ほこら)」を建てて祀ったそうです。


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| 地域情報::旭 | 11:08 AM |
「銚子入梅(にゅうばい)いわしまつり」(銚子市)
 本日ご紹介するのは、地元「銚子市」で昨日6月1日(金)〜7月1日(日)の期間開催されます「銚子入梅(にゅうばい)いわしまつり」です。

 「入梅」とは「梅雨(つゆ)入り」を意味する言葉ですが、「歳時記」を記した「カレンダー」には毎年6月11日頃に「入梅」と記してあります。
 この「入梅」は「雑節」(季節の移り変わりを把握したもので「節分(せつぶん)」「彼岸(ひがん)」「八十八夜(はちじゅうはちや)」など)のひとつで、あらかじめ「日付」が決まっています。
 現在は「太陽」の「黄経」が80度に達した日が「入梅」ですが、以前は「立春」から数えて135日目、さらに「昔の暦」では「芒種」のあとの最初の「壬(みずのえ)の日」とされていました。
 こうした日付は実際の「梅雨入り」とは異なりますが、「農作業」の「目安」として重要視されていました。
 ちなみに「梅雨明け」のことは「出梅(しゅつばい)」というそうです。

 「銚子漁港」(1月24日のブログ参照)は、全国屈指の「いわし水揚げ量」を誇る「港」で、中でも「梅雨時」の「マイワシ」は「入梅いわし」(5月17日のブログ参照)と呼ばれ、脂がのって「味」が美味しいことで知られています。
 「銚子市」では「旬」の「魚」を使った「観光キャンペーン」ないし「観光イベント」ができないかと考え、昨年(2011年)から様々な取り組みを始めました。

 その第一弾として、昨年に開催されました「銚子いわしまつり」(2011年7月29日のブログ参照)。
 ちなみに「銚子いわしまつり」は、7月16日(土)〜8月31日(水)の期間開催されました。
 「銚子いわしまつり」参加店は、「銚子駅エリア」6軒、「漁港エリア」5軒、「犬吠埼エリア」6軒、「356エリア」3軒の20軒が参加していました。
 夏場の期間ということもあり、初の試みながら好評で1100食を売り切ったそうです。

 前回の「銚子いわしまつり」に続く第二弾として「銚子入梅いわしまつり」が行われます。
 「銚子市」で「梅雨時」に水揚げされる「いわし」を堪能できる「入梅いわしまつり」は、「銚子市内」14の「店舗」が、「統一メニュー」「入梅いわし丼膳」(1200円〜1600円)を販売します。
 「統一メニュー」「入梅いわし丼膳」の「内容」ですが、「主食」は「入梅いわし」を使った「丼もの」1品、「副菜」は「いわし」を調理したもの1品、「汁物」は「いわし」を「具材」としたもの(「団子汁」等)1椀となっています。

 また「銚子入梅いわしまつり」開催期間中、「統一メニュー」「入梅いわし丼膳」を食べていただいた方に、「オリジナルしおり」をプレゼントするそうです。

 「梅雨時期」に「銚子港」に水揚げされ、最も脂がのって美味しい「入梅いわし」。
 美味しい「いわし料理」を食べに、「銚子市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「銚子入梅いわしまつり」詳細

 開催期間 6月1日(金)〜7月1日(日)

 開催会場 入梅いわしまつり参加店 銚子市内各所

 問合わせ 銚子いわしまつり・生まぐろまつり実行委員会 (銚子市産業観光部観光商工課観光班) 0479-24-8707

 備考
 「銚子入梅いわしまつり」の「パンフレット」に描かれている「縞柄(しまがら)」は、「千葉県指定無形文化財」「千葉県伝統的工芸品」である「銚子ちぢみ」(1月11日のブログ参照)の「いわし柄」だそうです。







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| 地域情報::銚子 | 11:13 AM |
「嫁入り舟」(香取市)(潮来市)
 本日ご紹介するのは、となりまち「香取市」「水郷佐原水生植物園」で開催されている「水郷佐原あやめ祭り」と「茨城県潮来市」「前川あやめ園」他で開催されている「水郷潮来あやめまつり大会」期間中に行われている「嫁入り舟」です。

 「水郷」とは、「水」のほとりの「村」、または「河川」や「湖沼」が多くある「景勝地」、特に「千葉県」・「茨城県」にまたがる「利根川」下流域から「霞ヶ浦(かすみがうら)」にかけての「低湿地帯」の「称」のことです。
 明治時代から昭和の初めにかけて「水郷」は「すいきょう」と呼ばれ、「水」のほとりの「村」を指していました。
 このころ「文人墨客」により「日本」の各地で「水郷」と呼ばれている場所がありましたが、その中でも「利根川」「下流」から「霞ヶ浦」にかけての「地域」を「水郷(すいごう)」と呼ぶようになりました。
 現在では、「河川」の「合流部」や「下流」の「三角州地域」、「湖沼」の近くなどの「低湿」な「水辺地域」のことを「水郷」と呼ぶことが多いです。
 また「水郷」では、一般的に「移動手段」として「舟運」が発達していました。

 「水郷」(潮来・香取)では、「利根川」下流には、「利根川」によって持ち運んでくる「土砂」のため「三角洲」ができました。
 江戸時代、天正7年(1579年)時(とき)の「代官」「吉田主馬亮」の「指揮」により、「新田開拓」が始められ、「加藤洲十二橋」のある「加藤洲」が寛永3年(1626年)に整地されたそうです。
 「加藤洲地区」は「千葉県香取市」と「茨城県潮来市」の「県境」を流れる「常陸利根川」の南岸に位置し、地区内を流れる「新左衛門川」の両側に並ぶ「民家」をつなぐように12本の「橋」がかけられています。
 ここでは、「一島二戸」の「生活」が営まれ「隣家」との往復のため設けられた「橋」が、「十二」あることから「十二橋」の「名」がつけられました。

 現在開催中の「水郷佐原あやめ祭り」(5月24日のブログ参照)と「水郷潮来あやめまつり」(5月14日のブログ参照)。
 両「あやめまつり」ともいよいよ「あやめ」の見頃「6月」を迎え、ますます賑わいを見せます。
 「あやめ」「花菖蒲」が咲き誇る「水郷あやめまつり」の「会場」で、「嫁入り舟」が行われます。

 「嫁入り舟」は、「水郷地区」で、昭和30年代まで行われていた「小船」による「嫁入り」です。
 「土地改良事業」をはじめとする「開発事業」が行われる昭和30年前半までは、「水郷地方」は「水路」によって形成された「生活形態」であったことから、「嫁入り」する際の「花嫁」や「嫁入り道具」等を運搬するときにも「サッパ舟」が使われており、これが「嫁入り舟」のはじまりだとされています。

 「水郷佐原水生植物園」の「嫁入り舟」ですが、「新郎」を乗せた「船」が出航、続いて「新婦」を乗せた「船」が続き、2艘の「船」が相前後して「挙式」の行われる「会場」へゆっくりと向かいます。
 「三三九度」「指輪の交換」等の「挙式」が行われた後、「新郎新婦」が同じ「船」に乗り「水郷佐原水生植物園」園内の「水路」を「船」で巡り、「関係者」「観光客」の皆さん方に「お披露目」するそうです。

 「水郷潮来あやめまつり」の「嫁入り舟」ですが、咲き誇る「あやめ」を「背景」に行われ、白い「花嫁衣装」が青い「水面(みなも)」に浮かぶ様は、一幅の「絵」のように美しいそうです。
 この「嫁入り舟」が全国的に知られるようになったのは、昭和31年10月の「松竹映画」「花嫁募集中」とタイアップし「ミス花嫁」を募集したことが「きっかけ」となり、「花村菊江」さんの「潮来花嫁さん」の「大ヒット」によりさらに全国的に知られるようになりました。

 当時「江間(えんま)」という「水路」が網羅されていた「潮来」では、「嫁入り」も「舟」であったそうです。
 しかし、「生活形態」や「交通手段」(「陸運」から「水運」)が変化してしまってからは、「河川」や「水路」(「江間」)も「姿」を消してしまい、「サッパ舟」を使った「嫁入り舟」を見ることが出来なくなってしまったそうです。

 このような中、昭和60年(1985年)に行われた「つくば国際科学技術博覧会」(潮来の日)の際に、「イベント」として「嫁入り舟」を復活させたのがきっかけとなり、現在の「あやめまつり大会」においても「イベント」として行われるようになり、今では「水郷潮来」を代表する「行事」となりました。

 「水郷潮来あやめまつり」の「嫁入り舟」ですが、「前川あやめ園」で行われます。
 まず「潮来花嫁さん」の「記念碑」前に到着後、「船頭」・「仲人(なこうど)」と共に「花嫁」は「園路」を歩き、「前川あやめ園」隣接の「船着場」から、「舟」に乗ります。
 「花嫁」たちは、「祝い舟」に乗って「花婿」の許(もと)に向かいます。
 「嫁入り舟」は「水郷」ならではの「光景」ですが、「新郎新婦」にとって「川」が「バージンロード」になっています。
 「嫁入り舟」「白無垢(しろむく)」の「衣装」を着た「花嫁」を見送ろうと「前川あやめ園」側の川べりには多くの「観光客」や「関係者」の皆さんで賑やかになり、「祝い囃子」の「演奏」の中を船出していきます。
 「花嫁」たちの「祝い舟」が、「花婿」が待つ「向こう岸」の「船着場」に着くと「あやめ園」は「祝福ムード」いっぱいになるそうです。

 ちなみに「嫁入り舟」ですが、「香取市」「水郷佐原あやめ祭り」では、6月3日(日)、9日(土)、16日(土)に行われ、「潮来市」「水郷潮来あやめまつり」では、期間中(5月19日〜6月24日)の「水曜日」「土曜日」「日曜日」に行われています。

 「水郷情緒」溢れる「香取」・「潮来」で行われる「初夏」の「日差し」の中「新たな門出」の「催し」「嫁入り舟」。
 「嫁入り舟」など「イベント」盛り沢山の「旬」の「催し」「水郷佐原あやめ祭り」「水郷潮来あやめまつり」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 備考
 今年(2012年)の「潮来市」の「前川あやめ園」の「嫁入り舟」には、過去最多となる38組が参加するそうです。

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| 地域情報::鹿島 | 01:02 PM |
「龍夢(ドラム)君」「栄町キャラクター」(栄町)
 本日ご紹介するのは、近隣市「栄町」の「キャラクター」「龍夢(ドラム)君」です。

 「栄町」の属する「印旛郡(いんばぐん)」は、「千葉県」の「郡」で、人口43119人、面積51.48平方kmで、「酒々井町(しすいまち)」・「栄町」2町を含む「郡」です。
 ちなみに「郡」は「行政区画」の一種です。

 「印旛郡」の「郡域」ですが、1878年(明治11年)に「行政区画」として発足した当時の「郡域」は、現在の「行政区画」では概ね次の「区域」に相当していました。
 「千葉市」(花見川区大日町、宇那谷町)、「成田市」(下方、台方、江弁須、飯田町、飯仲、並木町以南)、「佐倉市」、「柏市」(呼塚新田、柏堀之内新田、柏下、柏中村下、戸張新田)、「八千代市」(勝田、勝田台、勝田台南を除く「印旛放水路」以東)、「鎌ヶ谷市」(軽井沢)、「四街道市」、「八街市」、「印西市」、「白井市」、「富里市」、「酒々井町」、「栄町」(長門川以西)があり、後に「成田市」(安西、磯部、水掛、四谷、幡谷、土室、芝、大室、十余三、新田、川上以西)、「栄町」(長門川以東)が「下植生郡」から「印旛郡」に編入されています。
 上記が旧「印旛郡」の「区域」で、「印旛郡役所」は現在の「佐倉市」「佐倉市立美術館」の「駐車場」の「位置」に置かれていたそうです。

 「印旛郡栄町」は、北に「利根川」が流れ、南には「印旛沼」(2011年2月23日のブログ参照)があり、「成田市」と「印西市」に挟まれ、「茨城県」に隣接する「千葉県」北部の「町」です。
 「栄町」の「町の木」は「山茶花(さざんか)」、「町の花」は「竜胆(りんどう)」です。
 「利根川」と「印旛沼」に囲まれた「自然」豊かな「町」「栄町」には、1300年の「歴史」を誇る「関東最古」の「寺院」のひとつ「龍角寺」(1月2日のブログ参照)や、「方墳」では「関東最大級」の「岩屋古墳」(2月27日のブログ参照)、昭和51年(1976年)に開館し、江戸時代の「佐倉」の「城下町」をモデルとし様々な「体験」ができる「房総のむら」、総面積約32ha(ヘクタール)の自然豊かな敷地に約78基の「古墳」がある「千葉県立風土記の丘」など見処が多い「町」でもあります。
 その中でも「龍角寺」に伝わる「龍神伝説」(1月2日のブログ参照)や「龍角寺」(地名)の「七不思議の民話」(3月5日のブログ参照)は、「北総」の「伝承」として伝えられています。

 「栄町」の「龍角寺」に伝わる「龍伝説」ですが、709年か、「竜女」が現れ「一夜」のうちに「諸堂」を建立したと伝えられる「龍角寺」に伝わる「伝説」です。
 「龍角寺」は、天平3年(731年)の「大干魃(だいかんばつ)」の折、「寺」の「釈命上人(しゃくめいじょうにん)」が「雨乞い」に「祈祷」を行うと、「印旛沼」の「主」の「小龍」が現れ、自らの命を「犠牲」にしてこの「願い」を聞き入れ、「待望の雨」を降らせ、人々や「大地」を生き返らせてくれた「竜の頭部を奉った」という「言い伝え」の残る「龍伝説」の「お寺」です。

 そして、今回ご紹介する「龍夢(ドラム)君」は、上記の「龍伝説」から生まれた「栄町」の「キャラクター」です。
 「龍夢(ドラム)君」の「由来」ですが、「栄町」の「龍伝説」に因(ちな)み、「龍(ドラゴン)」の「ドラ」と、「町民に夢や未来を与える」との「願い」から、「夢」の「ム」を合わせ、「ドラム」と名付けられました。

 「龍夢(ドラム)君」は、「栄町」町内はもちろん、色々な場所、イベントにて「栄町」の「良さ」をPRしているそうです。
 また「栄町」の「ドラムの里情報館」(龍夢事務局)にて「龍夢(ドラム)君」「写真集」を公開中です。

 「龍夢(ドラム)君」グッズですが、「栄町オリジナル」として「龍夢(ドラム)君ポロシャツ」と「龍夢(ドラム)君Tシャツ」があります。
 「龍夢(ドラム)君ポロシャツ」は、「綿100%」で「ポロシャツ」の「胸部分」に「かわいい龍夢(ドラム)君」の「イラスト」入りの「デザイン」で、カラーは、「濃紺」、「白」、「ピンク」、「水色」の4色となっており、「ドラムの里四季彩館・情報館」にて、2450円(税込)で販売されています。
 「龍夢(ドラム)君Tシャツ」は、「胸部分」に「龍夢(ドラム)君」の「ワンポイント」と、「バックプリント」に「栄町」と「龍夢(ドラム)君」がデザインされた「Tシャツ」で、カラーは「白」、「グレー」、「黒」、「濃紺」の4色で、「ポロシャツ」と同じく「ドラムの里四季彩館・情報館」で、1500円(税込)で販売されています。

 また「栄町龍夢(ドラム)君ONLINEショップ」にて、「ドラム君オリジナルキャップ」や「ドラム君ストラップ」、「ドラム君Flash!ピンバッチ」を好評発売中だそうです。

 「龍伝説」が伝わる「印旛郡栄町」の「ゆるキャラ」「龍夢(ドラム)君」。
 「龍夢(ドラム)君」に会いに「栄町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 備考
 「栄町」の「キャラクター」は「龍夢(ドラム)君」ですが、近隣市の「キャラクター」には、「佐倉城下町400年キャラ」「カムロちゃん」や「成田市観光キャラクター」「うなりくん」(2011年1月15日のブログ参照)、「成田空港イメージキャラクター」「クウタン」、「印西市マスコットキャラクター」「いんザイ君」(2月6日のブログ参照)などがあります。









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| 地域情報::成田 | 10:50 AM |

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