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犬吠埼観光ホテルホームページ
波打ちぎわの天然温泉露天風呂
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犬吠埼から
一昨日(5月8日)日中に撮影した当館海の見えるテラスからの当館前浜、磯、i岩、波打ち際、水平線、犬吠埼、犬吠埼灯台、長崎公共海水浴場、長崎町の集落等の様子です。


 撮影時、潮が引いており、干潮時の当館前浜の様子を撮影することができました。


 犬吠埼から長崎町にかけての岩場には、海藻が付着し、地元・銚子の特産品・海藻こんにゃく(地域によっては海藻と呼ぶところもあります)の素となるコトノツジマタや、
のげのり(地域によってはフノリと表現されています)が付着しており、漁業法における漁業権を有した漁業就業者により、保全、収穫、販売、管理されています。


 撮影日は天気が良く、海から吹く風にのって、磯の香りが心地良い一日でした。









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| 気まぐれ日記 | 07:07 PM |
銚子の空から




昨日(5月8日)撮影した銚子上空の夕景、JR銚子駅、銚子駅前ロータリー(タクシープール)、銚子市街、利根川等の様子です。

 ゴールデンウィーク明けの平日、天気の良い過ごしやすい気候でした。

 5月4日に緊急事態宣言延長が宣言され、政府対策本部では基本的対処方針が正式に決まり、引き続き、現在の枠組みを維持し、感染拡大の防止の取り組みを進めていく必要があるとし、その上で、特別警戒都道府県とそれ以外では感染の状況が異なるとして、東京都や大阪府など13の特定警戒都道府県では、これまでと同様の行動制限が求められています。

 一方、それ以外の県では、3つの密(通称・三密)を避け、手洗いや人と人の距離の確保といった基本的な対策の継続など 新しい生活様式 を徹底することを前提に、制限の一部を解除する方針が打ち出されており、報道されている通り各都道府県で経済・社会活動再開に向けて動き出しています。

 緊急事態宣言延長に対して、出口戦略を検討することを示している府県が出てくるなど自治体対応も様々な対応を見せていますが、政府は経済・社会活動の再開に際して、上述通り三密(密閉、密集、密接)の回避などの感染症予防対策の徹底を継続しながら、小売店、飲食店、公共施設等の休業制限の緩和、学校の再開などを段階的に地方から進めていきそうです。

 当館、犬吠埼観光ホテルでは政府、自治体の要請を遵守し、臨時休館日を設け休みをとったり、限定営業を行い、営業する際には公衆衛生を徹底し、
営業を継続しています。

 ちなみに今週の営業は、本日(5月9日)、明日(5月10日)となっており、宿泊、日帰りとも限定営業を行なっております。

 政府による対応、日本国民の皆様の耐応・尽力が功を奏し感染症拡大が予防され、普通に生活、営みができるようになることを祈念し、罹患された方々に心よりお見舞い申し上げると共に、関係各所で頑張って社会を支えている方に感謝申し上げます。

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| 気まぐれ日記 | 12:03 PM |
気まぐれ日記
先日撮影した犬吠埼観光ホテルの天然温泉大浴場、檜の露天風呂、檜の露天風呂と岩の露天風呂から見える波打ち際、犬吠埼、犬吠埼灯台等の様子です。

 当館では、定期的に天然温泉大浴場をスタッフが点検しており、不定期に現場確認のため、役員が点検を行なっているのですが、天然温泉大浴場を点検した際、お客様がちょうど出て誰もいらっしゃらなかったので撮影して投稿してました。

 5月に入った犬吠埼は天候に恵まれ、暖かい陽気が続き、風が心地よい気候となっています。

 


自慢の天然温泉露天風呂からは、ご覧のように太平洋と一体したような感覚になる露天風呂からの景観と、湯ざめしにくく殺菌効果のあるナトリウム・カルシウム・塩化物温泉という泉質を持つ当館源泉の犬吠埼潮の湯温泉を楽しむ事ができます。

 ちなみにナトリウム・カルシウム・塩化物温泉は塩化物泉に分類され、掲示用泉質名の分類では、療養泉のうち塩類泉に分類され、塩化物泉の代表的な温泉地は、北海道の登別温泉、定山渓温泉、湯の川温泉、青森県の浅虫温泉、宮城県の秋保温泉、山形県の肘折温泉、湯野浜温泉、福島県のいわき湯本温泉、栃木県の塩原温泉郷、千葉県の鴨川温泉、神奈川県の湯河原温泉、新潟県の瀬波温泉、岩室温泉、弥彦温泉、群馬県の磯部温泉、薬師温泉、長野県の湯田中温泉、渋温泉、静岡県の熱海温泉、伊東温泉、熱川温泉、北川温泉、舘山寺温泉、岐阜県の奥飛騨温泉郷、石川県の和倉温泉、片山津温泉、福井県の芦原温泉、和歌山県の白浜温泉、兵庫県の有馬温泉、城崎温泉、宝塚温泉、鳥取県の皆生温泉、羽合温泉、岡山県の湯郷温泉、長崎県の小浜温泉、熊本県の杖立温泉、大分県の別府温泉郷、鉄輪温泉、宮崎県の宮崎リゾート温泉、鹿児島県の指宿温泉等となっています。
 (犬吠埼潮の湯温泉は上記の温泉、温泉郷と同じ天然温泉の成分区分となっています)

 塩化物泉の特徴としてあげられる事として、湯冷めしにくい事と、傷に効くという事が各温泉サイトや一般的にいわれています。

 政府が宣言した緊急事態宣言に伴い、ストレスの多い日が続いていますが、当館天然温泉・露天風呂から見える犬吠埼、波打ち際の海景をご覧になって、僅かばかりではありますが心を癒していただき、騒動が鎮静化されてきた際は、天然温泉で心と体を癒しにお越しいただければ幸いです。



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| 気まぐれ日記 | 05:46 PM |
気まぐれ日記


先日撮影した銚子の大地に沈みゆく夕陽(落日)銚子上空、銚子市街の様子です。

 赤々とした綺麗な夕陽は素晴らしいのですが、日本語の表現として沈みゆく夕陽を表す表現として日没、落陽、斜陽、落日という表現もあります。

 沈みゆく夕陽の表現の斜陽(しゃよう)、落日(らくじつ)という言葉には別の意として、勢威・冨貴などが衰亡に向かっていること、没落しつつあること、物事の勢いが衰えること等の意味があるそうで、非常にネガティブな表現となっています。

 また斜陽を用いた用語として斜陽産業(英・declining industry)があり、斜陽産業の意味としては、需要が傾向的に減少している産業、産業の発展段階からみて成熟期を過ぎてしまい、活発な需要が派生しない場合や、産業革新などを利用した新しい産業の登場、あるいは外国の競争力の強い競合商品の輸入などによって従来の重要が侵食される場合に見られるとされています。

 しかしながら斜陽産業は歴史的、社会的な条件に基づく相対的な概念で、発展段階の進んだ国では斜陽産業であっても、発展の遅れた国では成長性をもつ場合が多いともされています。

 昨日(5月4日)、政府は政策本部に先立ち、午前に専門家でつくる基本的対処方針等諮問委員会に延長方針を諮り、了承を得て、これを受け、経済再生担当大臣が午後に衆参両院の議院運営委員会に出席、宣言の延長を事前報告をし、政府対策本部で正式に決まった緊急事態宣言の延長(5月31日まで)され、特別警戒都道府県として指定された13の都道府県では、これまでと同様の行動宣言が求められることとなりました。

 また首相は緊急事態宣言延長を発表した記者会見で、政府は5月14日(木)を目処に感染状況などの中間評価を行い、中間評価では感染状況に加え、医療提供態勢の状況も専門家に分析してもらい、可能な県と判断されれば、満了を待つことなく(期限前)に緊急事態宣言を解除したいと明言され、経済再生担当大臣は中間評価の結果次第では、特定警戒都道府県の追加もあり得るとの認識を示しています。

 当館としましては従前、Facebookの投稿でお知らせしている通り、政府、自治体の方針に遵守し、環境衛生につとめて参りますので、投稿をご覧になっている皆様方におかれましては、健康に留意していただければと思っております。


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| 気まぐれ日記 | 05:40 PM |
匝瑳市八社参り単路・長路
秋雨前線の通過により、気温も秋めいてきた銚子市。

今週末には敬老の日、来週は秋分の日と9月は2週に渡って連休となる曜日の並びになっており、
秋のお出かけをどこにしようか思案・計画されている方も多いと思います。

銚子近在にある匝瑳市では、古(いにしえ)の匝瑳を巡る旅、匝瑳市八社参り単路(一昨年完成)、
長路という匝瑳の魅力を巡るコースが今年(2018年)4月に完成したそうです。

匝瑳市八社参りですが、匝瑳市の新たな観光資源であり、
JR八日市場駅前にあるそうさ観光物産センター匝(めぐ)りの里を起点に匝瑳市内の八つの神社を巡る通年型の散策コースで、
平成28年(2016年)に行程約 3kmの単路コースがスタートしており、そして今年(2018年)から より広範囲の長路コースが完成し、
匝瑳を巡る旅が本格始動されているそうです。

匝瑳市八社参り等の企画運営はNPO法人匝瑳市観光物産協会の活動によるもので、
地域を愛する会員の皆さんが、知識やアイデアを結集させて、魅力ある匝瑳に向けたまちづくりに取り組んでいるそうです。
ちなみにNPO法人匝瑳市観光物産協会ですが、匝瑳市内の観光・地域資源を活用して地域の活性化を図り、
魅力的なまちづくりに貢献することを目的とした組織で、総務、企画、物産販売の 3部門で構成されています。

匝瑳市八社参りですが、匝瑳市内に鎮座する八社の神社、白山神社、熊野神社、篭部田水神宮、星宮神社、愛宕神社、山桑稲荷神社、
浅間神社、葦茅神社を巡るコースで、単路コースは上記のように約3kmのコースで、長路コースは単路コースのおよそ4倍、
約4時間12kmを巡るコースとなっており、途中、のんびりとした田園や里山の風景、四季折々の花が参加者の目を楽しませるようなコースとなっているそうです。

匝瑳市八社参りの起点となるそうさ観光物産センター匝りの里で地図付きのパンフレットを受け取ったら早速スタートし、
八社を巡ってスタンプを集め、匝瑳市八社参りのスタンプを達成後は、完拝記念に、八社の御朱印色紙と交換(1000円)できるそうです。
なお匝瑳市八社参りですが、これといった観光がない町に何か通年型のイベントはできないかと39年前のそんな思いから生まれたのが、
八日市場の八にちなんだ八社参りなのだそうで、長い間、構想を形にすることができなかったそうですが、2年前、地域を愛する人たちの協力を得て、
やっと単路コースが誕生、これまで約500人が参加され、長路コースもついに完成、これからは地域限定の土産や食事などにも力を入れていくことで、
企画に付加価値も生まれ、経済効果も期待できるようにするそうです。

自然豊かな匝瑳を体感できる匝瑳市八社参り単路・長路を巡ってみてはいかがでしょうか?


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| 気まぐれ日記 | 08:44 PM |
「第11回匝瑳市植木まつり」(匝瑳市)
 本日ご紹介するのは、近隣市「匝瑳市」「匝瑳市生涯学習センター」で5月3日(祝・水)〜5日(祝・金)期間開催されます「第11回匝瑳市植木まつり」です。

 「匝瑳市」は、2006年(平成18年)1月23日に「八日市場市」と、「匝瑳郡」「野栄町」が合併し誕生した「市」で、「市名」の「由来」ですが、「合併前」の「旧・八日市場市」と「旧・野栄町」が「匝瑳郡」に属していたことから決定したそうです。
 「匝瑳市」の「面積」は101.78平方kmで、「匝瑳市」の「市役所本庁」は「旧・八日市場市役所」を使用し、「匝瑳市」の「市区域」のうち、「旧・八日市場市」は「植木」(苗木)の「産地」として「有名」であり、「匝瑳市」は「植木」の「栽培面積」が「日本一」となっており、「匝瑳市」は、「日本有数の植木のまち」(2011年9月30日のブログ参照)として知られています。

 「庭木(ニワキ)」とは、「庭」に植える「樹木」の「総称」です。
 「樹種」は何でも構いませんが、「庭木」としてして選ばれることの多い「樹種」というものはあります。
 「種」、「苗木」、ある程度成長した「木」のいずれかの状態からでも「庭木」として育てることができますが、「種」からであると「雑草」等との「競合」があるため、発芽させてからの「管理」が大変なのだそうで、逆に大きく育った「木」を移植する場合は重いため、「移植」が大変なのだそうです。
 なお「四季」がはっきりとしている「地域」で「常緑樹」ではない「庭木」の「移植」をするときは、「木」が「休眠状態」になっている「冬」にするのが望ましく、逆に「木」が活動している「夏」等は「移植」をしない方がいいそうです。
 「庭木」は植えるときもさることながら、その後の「水やり」、「雑草抜き」、「労定」、「移植」など、住んでいる「人」との「口常」の「かかわり」が見て取れる貴重な「緑」であるそうです。
 また「住宅地」などでは「地域」の「緑」の「存在形態」として重要でありますし、「生垣」を作って「塀」の代わりにしたりもしますし、「庭木」の「配置」を工夫することは「造園」の要素のひとつとなっています。

 「造園(ゾウエン)」(造苑、英・Landscape architecture)とは、「庭園」等の「空間」を造ることです。
 「造園」ですが、「造苑」とも表記され、「韓国」では「造景」としています。
 「私的」な「空間」である「庭園」や、「公共的」な「空間」である「公園」などの「緑地/緑空間」を「土木的」な「基盤整備」し、「意匠」を「植物」や「水」等の「自然素材」、「石」等の「鉱物資源」等によって造ることです。

 「植物」の「栽培管理」、「水辺」、「海辺」、「山林」や「里山」、「広場」等の「空間」、「水辺」や「森林」等の「空間整備」、「緑」にからんだ「都市計画」、「諸施設」の「外部空間整備」や「各種緑化施策」、「自然環境」の「保全保護」や「農空間」・「田園環境」の創出、「景観」の形成や修正等があります。
 また「諸施設」の「外部空間」等の「空間整備」や「各種緑化施策」、「自然環境」の「保全保護」や「観光農園」や「棚田」などの「農空間」・「田園環境」の創出および、それら一連の「調査計画」〜「維持管理」、「景観」の形成および修正(修景)に関する「分野」、「植木樹木生産管理」、「緑」の創る「植栽基盤整備」、「農園」や「園芸」のうち「家庭園芸」や「ガーデニング」、「花壇」等の「展示植栽」、「園芸療法」に関する「分野」も含まれます。

 「都市公園整備」や「観光農園」や「棚田」等の「農空間整備」と「田園環境」の創出を始めとする「造園資源」や「公的オープンスペース」についても「各種」の助成・規制などの「措置」が講じられ、「環境改善」の努力は進められています。
 目指すべき「魅力的」な「生活空間」は、「都市」では「広場」や「自然」と「オープンスペース」を骨格とし、一人一人が異なった「ライフスタイル」を楽しめ、豊かな「生活風景」を生む「構造」を持っていることが「計画」や「設計」の「鍵」となっています。

 「造園」の対象となる「空間」ですが、上記のような「私的」な「空間」である「庭園」や「公共的」な「空間」である「公園」などの「緑地/緑空間」を「土木的」な「基盤整備」、「意匠」、「植物」の「栽培管理」、「石」等の「鉱物資源」等によって造ることです。
 さらには「水辺」、「海辺」、「山林」や「里山」、「広場」等の「空間整備」、「緑」にからんだ「都市計画」や「地域環境整備」、「諸施設」の「外部空間」等の「空間整備」や「各種緑化施策」、「自然環境」の「保全保護」や「観光農園」や「棚田」等の「農空間」・「田園環境」の創出および、それら一連の「調査計画」〜「維持管理」、「景観」の形成および修正(修景)に関する「分野」、「植木樹木生産管理」、「緑」を創る「植栽基盤整備」、「農園」や「園芸」のうち「家庭園芸/ガーデニング」、「花壇」等の「展示植栽」、「園芸療法」に関する「分野」も含まれます。

 近年では「テーマパーク」等の「施設」から、「集落」や「都市」の「環境改善」、「自然風景地」等にいたる様々な「空間」を対象に、「計画」、「デザイン」、「施工」、「管理」にまたがる「技術」の「体系」で、「造園」そのものは古代から多くの「文明」で行われてきましたが、「職能」の分化が明確になる近代では、「建築」、「土木」や「都市計画」等とともに「環境づくり」、「環境デザイン」の「主要分野」のひとつを成します。
 また「農学分野」の中でも「美的側面」を重要視する「専門領域」です。
 最近では「専門領域」の区別はあいまいになり、「分野間」の「コラボレーション」や「役割の入れ替わり」などが起こっています。
 特に「景観」の保全や整備に関する「研究」、「計画」、「デザイン」などはどの「分野」でも行われています。

 「造園」の扱う対象の範囲を考えてみますと、「造園」が広義の「生活環境」を創造・保全するものであるとすれば、「空間的」に「造園」の範囲は、小さくは「個人」の「庭空間」から「日常生活空間」から「広場」等の「都市諸施設」や「国土的スケール」の「生活空間」まで含まれます。
 そして「造園」において「造る」という「行為」は、実際「土木工学」と同じようにその一連の「調査計画」〜「維持管理」まで拘わることとなります。
 特に「個人」の「庭空間」や「農園」および「農風景」の創出から発した「造園」は人間のあらゆる「生活空間」において「快適性」の「享受」等を行うことを目的としていることから、「地域環境整備」、「諸施設」の「外部空間」等や「住む」、「働く」、「くつろぐ」、「交通」という「生活」の様々な「活動すべて」にかかわる場が「造園」の「対象範囲」となるといえます。

 「匝瑳市」の「植木生産」ですが、明治時代に始まったといわれ、大正時代になって「職業」として「本格化」したそうです。
 しかし、当時の「植木生産農家」は、わずか5〜6戸で、限られた「富裕層」を「対象」に、「小ぶり」の「観賞用樹木」を「細々」と供給しているに過ぎなかったそうです。
 ところが、大正12年(1923年)「大阪府」「池田」の「植木買い付け業者」の「阪上亥之助」が、「病害虫」や、「寒さ」に強い「八日市場」の「イヌマキ」に「目」をつけ、これを「関西方面」に出荷したことが「きっかけ」となり、「植木生産」が広がり、現在では「匝瑳市」は、「日本有数」の「植木」の「栽培面積」を誇る「植木」の「大産地」となっています。
 「匝瑳市」の「植木栽培」ですが、「匝瑳市」の「市内各所」で盛んに営まれていますが、特に「匝瑳市」の「中心部」を通っている「JR総武本線」の「線路」から「南側」の「地域」で盛んに営まれており、また「農家」の「垣根」として、「匝瑳市内」には「槙塀」がよくみられ、なかには「高さ」7mほどのものまであるそうです。

 「匝瑳市」の「市の木」ですが、「匝瑳市」の「特産」の「イヌマキ」で、「日本一の植木のまち」にふさわしい「木」です。
 「匝瑳市」の「市の木」「イヌマキ」ですが、「観賞用」として「人気」があり、「匝瑳市域」には「イヌマキ」の「生垣」も多く見られるそうです。
 「千葉県」は、「全国有数」の「植木生産県」であるため、「千葉県」では「植木産地発展」の「基礎」を築いた「伝統的」な「樹芸技術」を保存・継承し、今後の「植木生産」に役立てるため、「千葉県植木伝統樹芸士・植木銘木100選」を認定しています。
 「植木伝統樹芸士」ですが、「植木屋さん」のなかでも、特にその「実力」が認められている「存在」なのだそうです。
 「千葉県植木伝統樹芸士」ですが、平成20年度末現在、39名いらっしゃるそうですが、26名の方が「匝瑳市内」「在住者」だそうです。
 なお「千葉県植木伝統樹芸士・植木銘木100選」の「認定」を受けている「植木銘木」ですが、「植木職人」の「技」により、「造形木」として「芸術的」な「美しさ」を持っていますが、平成20年度末現在、41本が「認定」を受けており、その内の21本が「匝瑳市内」にあるそうで、以上のことからも「匝瑳市」の「植木産業」の「水準」の「高さ」がわかります。

 「匝瑳市植木まつり」(2016年5月2日・2015年5月2日・2014年5月3日・2013年5月1日・2012年5月2日・2011年5月1日のブログ参照)は、平成19年(2007年)に始まった「イベント」です。
 「匝瑳市植木まつり」ですが、「野栄植木まつり」として「ゴールデンウィーク」中の「レジャー」を兼ねた「恒例行事」として定着していた「イベント」で、「匝瑳市」の「合併」に伴い、新たに誕生した「匝瑳市植木組合」の「主催」による「第1回匝瑳市植木まつり」が5月4日から5月6日までの「3日間」、「野栄農村環境改善センター」「駐車場」(野栄総合支所隣)を「会場」に開催され、1500人を超える「来場者」で賑わったそうです。
 「第1回匝瑳市植木まつり」「会場」の「野栄農村環境改善センター」「駐車場」には、4000点の「各種造形樹」、「緑化樹」、「鉢植木」等が並び、訪れた「人々」の目を楽しませてくれたそうです。
 上記のように「匝瑳市」では、毎年「ゴールデンウィーク」に「匝瑳市植木まつり」が開催され、「植木」・「草木」・「観葉植物」・「鉢植木」・「苗木」等の「植木即売会」では、「市場」より「安価」で購入できるようになっています。

 「第11回匝瑳市植木まつり」ですが、「匝瑳市生涯学習センター」(野栄総合支所隣り)前「駐車場」を「会場」に5月3日(祝・水)13時00分から16時00分まで、5月4日(祝・木)・5月5日(祝・金)9時00分から16時00分まで開催される「イベント」です。
 「第11回匝瑳市植木まつり」では、「植木」の「出来栄え」を競う「共進会」や、「展示直売会」を開催し、「職人仕立て」の「植木」が思わぬ「価格」で入手できるそうです。
 「第11回匝瑳市植木まつり」「植木共進会・即売会」の「内容」ですが、「植木」・「草花」・「観葉植物」・「鉢植木」・「苗木」ほかの「市価」の30%〜50%安の「販売」、「庭園樹・公共緑化樹大特売」(生産者出荷価格)となっています。
 なお「第11回匝瑳市植木まつり」には、「東日本大震災義援金コーナー」が設けられ、「植木組合青年部」による「ボランティア活動」が行われ、「東日本大震災義援金コーナー」の「売上金」は「被災者」の方々に寄贈するそうです。

 「匝瑳市生涯学習センター」前「駐車場」(野栄総合支所隣り)で開催される「植木のまち」「匝瑳」の誇る「大展示即売会」「第11回匝瑳市植木まつり」。
 この機会に「匝瑳市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「第11回匝瑳市植木まつり」詳細

 開催日時 5月3日(祝・水) 13時〜16時
      5月4日(祝・木) 9時〜16時
      5月5日(祝・金) 9時〜16時

 開催会場 匝瑳市生涯学習センター 匝瑳市今泉6489-1

 問合わせ 匝瑳市野栄総合支所 0479-67-3111

 備考
 「第11回匝瑳市植木まつり」「開催時間」ですが、「初日」5月3日(祝・水)は、13時00分から16時00分まで、「2日目」5月4日(祝・木)、「最終日」5月5日(祝・金)は、9時00分から16時00分までとなっています。
 「第11回匝瑳市植木まつり」「即売」に関しては、5月3日(祝・火)13時00分から16時00分の間に、「商談」ができるそうです。

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| 気まぐれ日記 | 08:26 PM |
「平成29年雲井岬(クモイガサキ)つつじまつり」(東庄町)
 本日ご紹介するのは、となりまち「東庄町」「東大社」「雲井岬(クモイガサキ)つつじ公園」で5月1日(日)〜5月中旬の期間開催されます「平成29年雲井岬(クモイガサキ)つつじまつり」です。

 「東大社」(2011年4月24日のブログ参照)は、「香取郡」「東庄町」(下総国香取郡)に鎮座する「神社」で、「東大社」の「旧社格」ですが、「県社」となっています。
 「東大社」ですが、明治6年(1873年)に「郷社」に列し、大正8年(1919年)に「県社」に列しています。
 「東大社」の「御祭神」ですが、「玉依姫尊(タマヨリビメノミコト)」を「主祭神」として祀っており、「鵜葺草葺不合尊(ウガヤフキアエズノミコト)」を配祀しています。
 ちなみに「玉依姫尊」ですが、「綿津見大神(ワタツミノオオカミ)」(海神)の「子」で、「豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)」の「妹」であり、「鵜葺草葺不合尊」ですが、「豊玉姫命」の「子」であり、「鵜葺草葺不合尊」は「玉依姫尊」の「夫」なのだそうです。

 「東大社」の「由緒」ですが、「景行天皇」が「東国巡幸」の折に、「春臣命」に命じて「一社」を造営、「玉依姫尊」を祀って「東海の鎮護」をしたことが「はじまり」であるといわれています。
 「東大社」は「創建」以来、「歴代天皇」の「崇敬」が篤い「神社」で、康和4年(1102年)に「堀河天皇」より「総社玉子大明神」の「御称号」を受け、享徳3年(1454年)には「後花園天皇」から「勅額」が贈られているそうです。
 「東大社」には、「歴代天皇」の他、寿永3年(1184年)「源頼朝(ミナモトノヨリトモ)」が「御厨一処」を寄進しており、「徳川家康(トクガワイエヤス)」も、天正10年(1591年)に「神領」10石を寄進しています。
 また「東大社」は、「下海上」の「総社」として、「東荘」(別称「橘荘」、中世「下総国海上郡」の「荘園」)の「総氏神」として「遠近」の「信仰」が篤く、特に「東氏」は「東大社」「社殿」を造営し、あるいは「神領」を奉納する等、「代々」崇奉されていたそうです。
 「東大社」は、「東左馬助胤家」が、応永2年(1395年)に「社殿」を造営していますが、現在の「東大社」「社殿」ですが、「本殿」は文政9年(1826年)に、「拝殿」は文政10年(1827年)に再建されたものだそうです。
 その後、「東大社」は、明治6年(1873年)に「郷社」に列し、大正8年(1919年)には「県社」に列しています。

 「雲井岬(クモイガサキ)つつじ公園」(2012年4月29日のブログ参照)は、「東大社」の「裏山」にある「公園」で、「春」になると「全山」が「つつじの花」が埋まってしまうほどの「風景」が広がり、特に「雲井岬(クモイガサキ)つつじ公園」の「突端」からの「眺望」ですが、素晴らしい「景色」が望めるそうです。
 「雲井岬(クモイガサキ)つつじ公園」は、「自然公園」で、「東大社」の「神苑」として開かれた「公園」です。
 「雲井岬(クモイガサキ)つつじ公園」は、「雲井岬」という「地名」のとおり、「公園」の「一番奥」が切り立った「崖」となっており、そこが昔「岬」であった「地形」を残し、「岬」からは「眼下」に「東庄町」の「北」を流れる「利根川」(2011年10月9日のブログ参照)を望むことができます。
 「雲井岬(クモイガサキ)つつじ公園」の「見どころ」ですが、上記のように「雲井岬」と呼ばれた「突端」からの「景観」と、「東大社」の「神苑」であった「広大」な「敷地」に咲き誇る「つつじ」です。
 「雲井岬(クモイガサキ)つつじ公園」の「つつじ」ですが、「おおむらさき」、「やまつつじ」、「琉球つつじ」、「久留米つつじ」等となっており、「雲井岬つつじ公園」の広大な「敷地」には、約3000本の「つつじ」が植えられています。
 「雲井岬(クモイガサキ)つつじ公園」の「つつじ」の「見頃」は、5月上旬から5月中旬頃で、「雲井岬(クモイガサキ)つつじ公園」の「つつじ」ですが、「品種」によって「開花の時期」が多少「違い」があるため、長い「期間」「つつじ」が楽しめるそうです。
 「雲井岬(クモイガサキ)つつじ公園」の大きな「株」を形成する「つつじ群」ですが、まるで「つつじ」の「迷路」のようになっているそうです。

 「雲井岬(クモイガサキ)つつじ公園」では、「つつじ」の「見頃」を迎える5月に毎年「雲井岬(クモイガサキ)つつじまつり」(2016年5月1日・2015年5月1日・2014年5月2日・2013年4月30日・2012年5月9日・2011年4月29日のブログ参照)が行われています。
 「平成29年雲井岬(クモイガサキ)つつじまつり」では、「会場」の「雲井岬(クモイガサキ)つつじ公園」の「つつじ」の「花」を愛でることができ、「平成29年雲井岬(クモイガサキ)つつじまつり」「期間中」の「日曜日」には、「イベントデー」として、「特産品」や「産直品」を販売する「テント村」を設営し、「ミニステージ」にて「郷土芸能」の「発表」や、「お笑い芸人」の「ライブ」、「アーティスト」の「ライブ」、「ダンス」、「キッズダンス」等が行われ、「おまつり気分」を楽しめます。

 「平成29年雲井岬(クモイガサキ)つつじまつり」「期間中」の「日曜日」には「イベントデー」(5月6日(土)10時00分から14時00分まで)として、「特産品」や、「産直品」を販売する「テント村」を設営するそうです。
 「テント村」の「出店内容」は、下記の通りです。

 「テント村」「出店内容」

 いちご
 いちごスイーツ
 せんべい
 焼きそば
 ピザ
 焼き鳥
 豚もつ焼きホルモン
 植木
 まぜごはん
 野菜

 等々

 「平成29年雲井岬(クモイガサキ)つつじまつり」「ステージ」では、「橘小学校」「児童」による「東大社」「浦安の舞」、「岡本幸太」さんの「ステージ」、「Ninja Baller TOMMY」の「ステージパフォーマンス」、「ZUMBA KIDS」、「やまちゃんバンド」、「ピアダンス」、「フラハラウホアロハワイ」も出演が予定されており、「平成29年雲井岬(クモイガサキ)つつじまつり」「ステージ」を盛り上げるそうです。

 「東大社」「浦安の舞」ですが、「橘小学校」「児童」による「舞」で、昭和8年(1933年)の「歌会始」「海(うみ)」という「題」で「世界平和」を祈られ「お読み」になられた

 「天地の神にぞ祈る朝なきの
 海のごとくに波たたぬ世を」

 という「昭和天皇」「御製」に昭和15年(1940年)に皇紀2600年を記念し「宮内庁楽部」の「多忠朝」「先生」が「作曲」・「振り付け」をしたが「浦安の舞」なのだです。

 「岡本幸太」さんですが、「第32回日本大衆音楽祭」で「内閣総理大臣賞」を受賞し、「日本一」に輝いています。
 「岡本幸太」さんは、「テレビ東京」「THEカラオケ☆バトル」に2度出演。
 また「アニメ」「イナズマイレブン」の「テーマソング」を歌う「pugcat's」の「メンバー」としても活動中です。

 「Ninja Baller TOMMY」ですが、「リフティング」の「進化系エンターテイメント」・「フリースタイルフットボーラー」であり、「音楽」に合わせた「ダンス」のような「ステージパフォーマンス」が得意。
 「忍者」ならではの「身軽」な「アクロバティック」な「技」で、老若男女問わず「観客」を魅了するそうです。
 「平成29年雲井岬(クモイガサキ)つつじまつり」「ステージ」では、その他、上記のように「ZUMBA KIDS」、「やまちゃんバンド」、「ピアダンス」、「フラハラウホアロハワイ」も出演予定となっています。
 (ステージ・出店内容については変化になる場合があるそうです。)

 さらに「平成29年雲井岬(クモイガサキ)つつじまつり」「イベントデー」では、「スタンプラリー」が初開催され、「豪華賞品」が用意されているそうです。
 「スタンプラリー」ですが、まるで「迷路」のような「雲井岬(クモイガサキ)つつじ公園」内を回って「スタンプラリー」を行う「イベント」で、「参加賞」も用意されているそうです。

 「東庄町」では、「平成29年雲井岬(クモイガサキ)つつじまつり」の「イベントデー」である5月6日(土)に、「雲井岬つつじ公園」行き「臨時バス」が下記の「バスルート」、「運行時間」(時刻表)で運行されるそうです。

 雲井岬つつじ公園行き臨時バス時刻表

 (笹川駅〜東庄町公民館〜会場)

 笹川駅   東庄町公民館(2012年1月26日のブログ参照)

  9時30分発   9時40分発

 10時00分発  10時10分発

 10時30分発  10時40分発

 11時00分発  11時10分発

 11時40分発  11時50分発

 雲井岬つつじ公園行き臨時バス時刻表

 (下総橘駅 〜 オーシャンプラザ ルート)

 下総橘駅    オーシャンプラザ

  9時30分発    9時40分発

 10時00分発   10時10分発

 10時30分発   10時40分発

 11時00分発   11時10分発

 11時50分発   12時00分発

 ※お帰りのバスは、13時00分から30分ごとにバスを運行します。

 ※臨時バスは、7日のみの運行です。

 「由緒」ある「東庄」の「古社」「東大社」の「裏山」に広がる「公園」「雲井岬(クモイガサキ)つつじ公園」で開催される「恒例」の「イベント」「平成29年雲井岬(クモイガサキ)つつじまつり」。
 この機会に「東庄町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「平成29年雲井岬(クモイガサキ)つつじまつり」詳細

 開催期間 5月1日(月)〜5月中旬

 開催会場 雲井岬(クモイガサキ)つつじ公園 香取郡東庄町宮本434

 問合わせ 東庄町観光協会事務局 まちづくり課産業振興係 0478-86-6075

 備考
 「平成29年雲井岬(クモイガサキ)つつじまつり」「期間中」に行われる「イベント」ですが、「小雨決行」となっています。
 今年(2017年)の「つつじ」の「開花状況」は「コジュリンくん」(2011年8月28日のブログ参照)「Twitter(ツイッター)」がお知らせしているそうです。

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| 気まぐれ日記 | 08:26 PM |
「御田植祭」・「流鏑馬神事」(鹿嶋市)
 本日ご案内するのは、近隣市「鹿嶋市」「鹿島神宮」で5月1日(月)に開催されます「御田植祭」・「流鏑馬神事」です。

 「常陸国一宮」「鹿島神宮」(2010年11月8日・9日・10日のブログ参照)は、「茨城県」「鹿嶋市」に鎮座する「神社」で、「全国」に約600社ある「鹿島神社」の「総本社」です。
 「鹿島神宮」は、「千葉県」「香取神宮」(2010年11月5日・6日のブログ参照)、「茨城県」「神栖市」の「息栖神社(イキスジンジャ)」(2010年11月7日のブログ参照)と合わせて「東国三社」(2010年10月23日のブログ参照)と呼ばれ、江戸時代から「東国三社めぐり」として「人気」があったそうで、「初詣」には、「全国」から60万人以上が参拝し、「初詣」の「参拝者数」では「茨城県」2位を誇ります。

 「鹿島神宮」は、「茨城県」「南東部」、「北浦」(2011年12月6日のブログ参照)と「鹿島灘(カシマナダ)」(2012年6月16日のブログ参照)に挟まれた「鹿島台地」上に鎮座し、「鹿島神宮」は、「伊勢神宮」・「香取神宮」とともに、明治維新前に「神宮」の「名称」を使用していた「三社」のうちの「一社」です。
 「鹿島神宮」の「御祭神」「武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)」(建御雷神)で、「鹿島神」という「一般名称」でも知られており、「古事記」では、「伊弉諾尊(イザナギノミコト)」が「軻遇突智(カグツチ)」の「首」を切り落とした際、「剣」についた「血」が「岩」に飛び散って生まれた「三神」のうちの「一柱」とされています。
 「武甕槌大神」は、「香取神宮」の「御祭神」「経津主大神(フツヌシノオオカミ)」とともに、「天孫降臨」に先立ち「国譲り」の「交渉」をしたといわれている「神様」で、「武甕槌大神」は、「武の神」として古くから「皇室」や「藤原氏」の「崇敬」を受け、さらに鎌倉時代以降は「武家政権」の「信仰」も得て、「社殿」・「楼門」・「宝物類」の「奉納」や「所領寄進」が繰り返されてきました。

 「鹿島神宮」「楼門」は、寛永11年(1634年)、「水戸徳川初代藩主」「徳川頼房」公が奉納した「楼門」で「日本三大楼門」のひとつとして知られています。
 「鹿嶋社楼門再興次第記」によれば、「三代将軍」「徳川家光」公の「病気平癒」を「徳川頼房」公が「大宮司」(神宮の最高責任者)「則広」氏に依頼し、「徳川家光」公が快方に向かった為に奉納されたとあり、「浅草」の「水戸藩下屋敷」で130余人の「大工」が切組み、「船筏」で運んで組み立てたそうです。
 「鹿島神宮」「楼門」ですが、昭和15年(1940年)の「大修理」の際、「丹塗り」とし、昭和40年代に「檜皮葺」の「屋根」を「銅板葺」としたそうです。
 また「鹿島神宮」「楼門」は、「鹿島神宮」「境内」「鹿島神宮の森」の「縁」の中にひときわ「朱色」が鮮やかな「楼門」で、「鹿島神宮」「楼門」の「扁額」は「東郷平八郎」「元帥」の「直筆」によるものだそうです。

 「鹿島神宮」「本殿」は、「三間社流造」、「向拝一間」で「檜皮葺」、「漆塗り」で「柱頭」・「組物」等に「極彩色」が施されています。
 風格ある「鹿島神宮」「本殿」は、「江戸幕府」「2代将軍」「徳川秀忠」公より奉納されたもので、「国」の「重要文化財」に指定されています。
 「鹿島神宮」「本殿」ですが、元和5年(1619年)の「造営」までは、現在の「奥宮」の「社殿」を使用されていました。
 「鹿島神宮」「本殿」の背後には「杉の巨木」の「御神木」が立っており、「御神木」ですが、「樹高」43m・「根回り」12mで、「樹齢」約1000年といわれ、さらに後方、「玉垣」を介した位置には「鏡石(カガミイシ)」と呼ばれる「直径」80cmほどの「石」があり、「神宮創祀の地」とも伝えられています。

 「鹿島神宮」「奥宮」ですが、1605年(慶長10年)に「鹿島神宮」「本殿」として奉納された「建物」で、「鹿島神宮」では場所を移して「奥宮」としたそうです。
 「鹿島神宮」「奥宮」周辺ですが、神秘的な「雰囲気」を醸し出しており、「鹿島神宮」「奥宮」には、「鹿島神宮」「御祭神」「武甕槌大神」の「荒魂」が祀られています。
 「鹿島神宮」「奥宮」「社殿」は、元々「江戸幕府」を開いた「徳川家康」公が、上述の「鹿島神宮」「本殿」として奉納したものを、元和5年に「徳川秀忠」公の「社殿」奉納に際し、「現在地」へ引移して「奥宮」「社殿」になったそうで、「鹿島神宮」「本殿」と比べると、「重厚さ」が感じられる「建物」となっています。

 「鹿島神宮」の「境内地」ですが、「東京ドーム」15個分(約70ha(ヘクタール))に及ぶ「大きさ」で、「鹿島神宮」の鎮座する「地」は「三笠山(ミカサヤマ)」と称され、この「境内」は「日本」の「歴史上」、重要な「遺跡」であるとして、「国の史跡」に指定されています。
 (摂社坂戸神社境内、摂社沼尾神社境内、鹿島郡家跡も包括)
 「鹿島神宮」「境内」(70ha)のうち約40haは、鬱蒼(ウッソウ)とした「樹叢」で、「鹿島神宮樹叢」の「大きさ」は、「東京ドーム」約15個分の「広さ」を持ち、「鹿島神宮樹叢」として「茨城県指定天然記念物」に指定されています。
 「鹿島神宮樹叢」には約800種の「植物」が生育し、「鹿島神宮」の長い「歴史」を象徴するように「巨木」が多く、「茨城県内」では随一の「常緑照葉樹林」になっており、木漏れ日の中を散策する等、「森林浴」にも最適な「スポット」となっています。
 その他「鹿島神宮」「境内」には、透き通る「湧水」で「禊(ミソギ)」も行われる「御手洗池」や、「鹿園」等、多くの「見どころ」があります。

 「鹿島神宮」の「創建」ですが、2674年前の「初代」・「神武天皇」「御即位」の「年」にあたり、「神武天皇」は、「東征」の「途上」における「大神」の「布津御霊劔(フツノミタマノツルギ)」による「守護」に感謝され、「鹿島の地」に「大神」を勅祭されたそうです。
 これに先立つ神代の昔、「武甕槌大神」は「天照大御神(アマテラスオオミカミ)」の「名」を受け、「葦原中国」といわれた「我が国」の「国譲り」から「国造り」まで、その「建国」に大いにその「御神威」を発揮されました。
 「鹿島神宮」は、その「御威徳」から「武の神」として崇められ、日出づる「東方」に坐します「鹿島立ち」の「御神徳」によって、「事始め」、「起業」、「開運」、「旅行交通安全の神」、「常陸帯」(2012年1月13日・2011年10月16日のブログ参照)の「故事」によって「安産」、「縁結び」の「神」を仰がれています。

 「鹿島神宮」「文化財」ですが、「布津御霊劔(フツノミタマノツルギ)」と称される「長大」な「直刀」が「国宝」に指定されているほか、「鹿島神宮」「境内」は「国」の「史跡」に指定され、「本殿」・「本殿」・「楼門」など「社殿」7棟が、「国」の「重要文化財」に指定されており、そのほか「鹿島神宮」は、「鹿」を「神使」とすることでも知られています。
 「鹿島神宮」は、古くから「朝廷」から「蝦夷(エゾ)」に対する「平定神」として、また「藤原氏」から「氏神」として崇敬され、その「神威」は中世の「武家の世」に移って以後も続き、「歴代」の「武家政権」からは「武神」として崇敬され、現代も「鹿島神宮」は「武道」で篤く信仰されています。

 「鹿島神宮」では80以上もの「年中行事」の中では「祭頭祭」(2017年3月4日・2016年3月8日・2015年3月8日・2014年3月5日・2013年3月6日・2012年3月2日・2011年3月6日のブログ参照)、「神幸祭」(2012年8月26日のブログ参照)、また12年に一度「午年」ごとに行われる「式年大祭御船祭」(2014年8月31日のブログ参照)が特に「有名」で、2014年9月1日(月)には、3日間に渡って「御船祭」が催行されています。
 (「式年大祭御船祭」「前日」8月31日(日)午後には、「御座船清祓式」(2014年8月29日のブログ参照)が執り行われました。)

 「鹿島騁躬(カシマウマユミ)」は、天慶3年(940年)「平貞盛」と、「藤原秀郷」によって「将門追討祈願」のためにはじめられ、鎌倉初期の養和元年(1181年)に「鹿島家」が「総大行司家」として、この「伝統行事」を継ぎ、今日(コンニチ)に至っているといわれています。
 「鹿嶋市宮中地区商店街通り」にある「鹿島神宮」では、毎年5月1日に「御田植祭(オタウエサイ)」・「流鏑馬(ヤブサメ)」を開催しており、「鹿島神宮」「本殿前」にて「御田植祭」、「鹿島神宮」「奥参道」にて「流鏑馬奉納」が執り行われています。
 「御田植祭」は、「童女たち」が「田植舞」を舞い、「御垣内」「御神田」に「苗」を植え、「豊作」を祈る「お祭り」です。
 「御田植祭」は、「鹿島神宮」「本殿」および「御垣内」「御神田」で行われ、「五穀豊穣」を祈願し、「赤いタスキ」をつけた「童女たち」が、「笛」や「太鼓」に合わせて「輪」になり、「田植舞」を舞う「祭」で、「流鏑馬神事」(奉納)は、「鹿島神宮」「奥参道」で行われ、「武士」が「馬上」より「鏑矢(カブラヤ)」を射る「弓技」として知られ、毎年多くの「見物客」、「観光客」の「皆さん」で賑わいます。
 「御田植祭」・「流鏑馬神事」は、「雨天決行」で行われ、「荒天時」には実施を検討するそうです。

 「御田植祭」ですが、「鹿島神宮」「本殿」および「御垣内」「御神田」にて13時00分から執り行われるそうです。
 「御田植祭」は、「鹿島神宮」「本殿」前の「祭場」で「笛太鼓」に合わせて、「花笠」をかけた7歳以下の「童女」が、「赤いタスキ」をつけて「田植姿」となり、毎年多くの「輪」になって「田植舞」を舞い(奉仕し)、「御垣内」の「御神田」に「苗」を植える「豊作祈願」の「お祭り」となっており、植えられた「苗」は、「秋」には豊かな「実り」をもたらし、11月23日の「新嘗祭(ニイナメサイ)」において「神前」に献じられるそうです。
 上述のように「御田植祭」の「舞」を踊る際には「笛」や「太鼓」が演奏され、「笛」や「太鼓」に合わせて「舞」を踊り、「御田植祭」の愛らしく「舞」を踊る「童女」の「姿」を見ると、心が休まるそうです。
 ちなみに「御田植祭」では、7歳以下の「子ども」であれば、「当日」受付し、参加することも可能だそうです。
 「田植え舞」を奉仕する「童女」(小学生以下)の「募集」ですが、5月1日(月)「御田植祭」「当日」の正午までに「鹿島神宮」「社務所」までお越し下さいとのことです。

 「流鏑馬神事」は、「鹿島神宮」「奥参道」で13時30分から「奉告参拝」、「出走時刻」14時00分頃から執り行われます。
 「流鏑馬神事」では、「元(モト)」の「鹿島城主」・「鹿島惣大」「行事家」の「流鏑馬隊」が「馬」を疾駆(シック)させ「流鏑馬」を奉仕するそうです。
 また近年では、「鹿島神宮流鏑馬隊」の「皆さん」による「流鏑馬神事」に引き続き、「倭式騎馬會」(社団法人武道振興會)の「皆様」によります「鹿島流騁弓」が奉仕・披露されているそうです。
 「流鏑馬神事」「当日」、「鹿島神宮」「奥参道」に約200mの「馬場」が作られ、「和種馬」を駆って「的」に「鏑矢」を射り、毎年その「勇壮」な「姿」で、多くの「見物客」で賑わう「流鏑馬神事」では、「的」に「矢」が当たるたびに、大きな「歓声」が上がるそうです。
 「流鏑馬神事」では、駆け抜ける「馬の蹄(ヒヅメ)」の「音」と、「馬上」から放たれた「矢」が当たった「音」が、「会場」の「鹿島神宮」「奥参道」に響き渡るそうです。
 また「流鏑馬神事」で「矢」が当たった「的」ですが、非常に「縁起」の良いものとされています。

 「日本屈指」の「名社」「鹿島神宮」で開催される「恒例」の「催事」「御田植祭」・「流鏑馬神事」。
 この機会に「鹿嶋市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「鹿島神宮」「御田植祭」・「流鏑馬神事」詳細

 開催日時 5月1日(月) 13時〜(御田植祭) 13時半〜(流鏑馬神事)

 開催会場 鹿島神宮 茨城県鹿嶋市宮中2306-1
      御田植祭 鹿島神宮本殿前
      流鏑馬神事 鹿島神宮奥参道

 問合わせ 鹿島神宮社務所 0299-82-1209

 備考
 「御田植祭」・「流鏑馬神事」が催行される「鹿島神宮」では、5月5日(祝・金)に「子供の日祭」が執り行われています。
 「子供の日祭」ですが、「明日」を担う「子供たち」の健やかなる「成長」を、「鹿島」の「大神様」に祈願する「お祭り」なのだそうです。

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| 気まぐれ日記 | 10:17 AM |
「鯉のぼりまつり」(大網白里市)
 本日ご紹介するのは、近隣市「大網白里市」「小中池公園(コナカイケコウエン)」で4月21日(金)〜5月7日(日)の期間開催されます「鯉のぼりまつり」です。

 「大網白里市」(2012年12月29日のブログ参照)は、「千葉県」「北東部」に位置する「市」で、「太平洋」、「九十九里浜」(2012年5月11日のブログ参照)に面し、「九十九里平野」(2012年7月6日のブログ参照)の「南西部」に位置しています。
 「大網白里市」は、「房総半島」の「付け根」の「太平洋岸」(九十九里浜)に面しており、「千葉県」の「県庁所在地」である「千葉市」の「東隣」に位置しています。
 「大網白里市」は、「東京都心」から50kmから60km圏域に位置しており、「大網白里市」の「市域」ですが、「東西」に約14km、「南北」に約7km、「海岸線」約3.5km、「面積」58.06平方kmで、「東西」に細長い「市域」は、「西部」の「大網地区」である「丘陵部」、「中央部」の「増穂地区」である広大な「田園部」、「東部」の「白里地区」である「海岸部」を有しています。

 「大網白里市」は、「単独市制施行」前は、「千葉県」の「町」で一番「人口」が多く、2005年(平成17年)以降は「住民登録人口」が5万人を超えていたそうです。
 そして、2010年(平成22年)の「国勢調査」における「人口」も50122人となったことから、「人口」に関しては「市制施行」の「条件」を満たしていることから、「町長」はこれにむけた「取り組み」を行うことを表明したそうです。
 2011年(平成23年)4月1日には、「大網白里町役場」(当時)内に「市制準備室」を設置され、2013年(平成25年)1月の「市制施行」を目指すように準備し、2012年(平成24年)11月15日、「総務省」「告示」「第三百九十六号」により、2013年(平成25年)1月1日に予定通り「市制」を施行されました。
 「大網白里市」の「隣接自治体」ですが、「千葉市」、「東金市」、「茂原市」、「山武郡」「九十九里町」、「長生郡」「白子町」となっています。
 ちなみに「大網白里市」の現在の「人口」ですが50091人、「世帯数」は21210世帯、「男性」24718人、「女性」25373人となっています。
 (2017年・平成29年4月1日現在)

 「小中池公園(コナカイケコウエン)」(2012年4月24日のブログ参照)は、「大網白里市」の「中央部」に位置し、周辺は「千葉県立九十九里自然公園」に指定されており、「自然」と、「人」が触れ合う「場所」として考えられ、「大網白里市」「市民」の「憩いの場」として整備されています。
 「小中池公園」の「小中池」は「ため池」で、「小中池公園」「着工」は1933年(昭和8年)で、「第二次世界大戦」の「影響」等で、「工事」が遅延し、1947年(昭和22年)に完成した「農業用ため池」なのだそうです。
 「小中池公園」の「小中池」ですが、現在も634ha(ヘクタール)の「水田」の「灌漑用水(カンガイヨウスイ)」として利用されています。

 「小中池公園」の「小中池」の周りの「遊歩道」や、「公園」の「随所」に沢山(タクサン)の「桜」(ソメイヨシノ)(400本を超す「数」の「桜」)が植栽されており、「お花見」も楽しめる「公園」となっており、「小中池公園」「遊歩道」沿いには、「桜」のほか、「紫陽花(アジサイ)」、「紅葉(モミジ)」が植樹されていることから、「ハイキング」や、「森林浴」が楽しめます。
 また「小中池公園」「園内」には、「数種類」の「遊具」があり、特に「県内有数」の「規模」を誇る「全長」約90m(94m)の「ローラー滑り台」や、「アスレチック遊具」等で遊ぶことができ、「入園」・「駐車場」が「無料」なことから、「子供連れ」の「家族」で賑わうことも多いそうです。

 「小中池公園」の「小中池」の周辺では、「コガモ」、「シジュウカラ」、「モズ」、「ウグイス」、「ホオジロ」、「ヒヨドリ」、「ツグミ」等の「野鳥」を観察できることから、「バードウォッチング」などに適しており、また「小中池」には100匹を超す「錦鯉(ニシキゴイ)」が放流されているそうで、「小中池」の「周囲」に整備された「デッキ」から「錦鯉」が「群れ」をなして泳ぐ「姿」を見ることができるそうです。
 「小中池公園」では、「春」は「桜」、「秋」には「紅葉」と、「四季」を通じて「自然」の「景観」を楽しむことができます。

 「大網白里市民」の「憩いの場」「小中池公園」では、毎年4月下旬から5月初旬にかけて、「地元」の「ボランティア」の方々が、「子どもたち」の健(スコ)やかな「成長」と、「地域」の「発展」を願い、「色とりどり」の「鯉のぼり」約60匹を300mにわたり掲揚(ケイヨウ)する「名物」の「鯉のぼりまつり」が催されています。
 今年(2017年・平成29年)の「鯉のぼりまつり」ですが、4月21日(金)から5月7日(日)の期間開催され、「風光明媚(フウコウメイビ)」な「小中池公園」「小中池」の「上空」に、「大網白里市」の「市の将来」を担う「子どもたち」の「成長」を願い、「迫力」ある「鯉のぼり」が舞うそうです。

 「新緑」に囲まれた豊かな「自然」の中にある「大網白里市民」の「憩いの場」「小中池公園」で開催される「雄大」に泳ぐ「鯉のぼり」が美しい「恒例イベント」「鯉のぼりまつり」。
 この機会に「大網白里市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「鯉のぼりまつり」詳細

 開催期間 4月21日(金)〜5月7日(日)

 開催会場 小中池公園 大網白里市小中1703

 問合わせ 大網白里市都市整備課街路公園班 0475-70-0360

 備考
 「鯉のぼりまつり」が開催される「小中池公園」ですが、「つり」、「バーベキュー」等は「禁止」となっています。

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| 気まぐれ日記 | 09:32 PM |
「妙見様藤まつり」「妙見宮千部会大祭」(銚子市)
 本日ご案内するのは、地元「銚子市」「海上山妙福寺」で4月29日(祝・土)〜5月7日(日)に開催されます「妙見様藤まつり」「妙見宮千部会大祭」です。

 「JR銚子駅」(2011年5月7日のブログ参照)から程近く「ヤマサ醤油工場」(2010年12月6日のブログ参照)の向かい、「皇室」、「幕府」との厚い「信頼」を結んでこられた「海上山妙福寺」(2011年4月27日のブログ参照)があります。
 「海上山妙福寺」ですが、「日蓮宗」の「寺院」で、「妙福寺」「境内」に「妙見菩薩」を祀る「妙見宮」が鎮座していることが、「町名」である「妙見町」の由来となっています。
 上記のことから、「銚子市民」は、「海上山妙福寺」のことを、「妙見様」と親しみを込めて呼ばれています。

 「海上山妙福寺」の「縁起」ですが、正和3年(1314年)に、「日蓮大聖人」の「直弟」「中老」「日高上人」を「開基」として、「旧・八日市場市」(現・匝瑳市)「山崎地区」に、「大本山中山法華経寺三世」「浄行院日佑聖人」によって「開創」されたそうです。
 「開創」「当初」は、「般若寺」と呼ばれ、「真言宗」に属していましたが、「当時」の「住職」「円学」が「別」の「信仰」へと「改宗」し、1300年代に「現在の地」に移転して「海上山妙福寺」としたそうです。
 (その際、「円学」は「日正」の「名」を与えられました)

 現在の「海上山妙福寺」の「姿」が完成したのは、「第25世紫雲院日逢上人」から「第27世開示院日邵上人」の間、約33年の「歳月」が費やされたそうです。
 そして「中御門帝」の時、「海上山妙福寺」は、「勅願」の「寺跡」として「表高十万石」を与えられました。
 「海上山妙福寺」の「正面」にある「升形」の「石垣表門」は、その「寺格」を表したものなのだそうです。

 「海上山妙福寺」内「妙見宮」「本殿」には、「聖徳太子」の「御作」「本町北辰尊像造立」の「濫觴(ランショウ)」(初めての作)と伝えられる「北辰妙見大菩薩像」が祀られています。
 この「尊像」は、「千葉県」にゆかりの深い「源満仲」公が、深く尊信したもので、代々「源家」に伝えられてきたものなのだそうです。
 「尊像」ですが、「右大将」「源頼朝」公、後に「豊臣秀吉」公も、尊崇するようになったそうです。
 また「加藤清正」公が「三韓征伐」に出発するとき、「清正」公に授けられましたが、「帰朝」のあとは、「大阪城」内に、奉祀したそうです。
 江戸時代に入り、「江戸城」内から、さらに「多古城主」「松平家」に伝わり、正徳5年になって「平山久甫」氏をはじめ、「幕府」及び「松平家」などが「発起人」となり、「東海鎮護」の「妙見大士」として「妙見宮」に祀られるようになったそうです。
 以来、「天下泰平」、「開運勝利」、「福利増進」、「除災得幸」等の「願い」が成就するといわれ、今でも「銚子の妙見様」として、「尊信」、「敬持」する「人」があとをたたないそうです。

 「臥龍の藤(ガリュウノフジ)」ですが、「銚子市」「妙見町(ミョウケンチョウ)」にある「海上山妙福寺」「境内」にある「藤棚」に咲く「藤」の「呼称」です。
 「臥龍の藤」は、平安時代に「京都」から移植されたもので、「樹齢」750年以上と伝えられています。
 この「藤」は、「野田藤」と呼ばれる「種類」のもので、「海上山妙福寺」がこの地(銚子)に「法城」を築いた頃、「平山家」(南朝側の「忠臣」)等の「力添え」により、「京都御所内」に植えられていた、この「藤」を「京都」から「川下り」で、「大阪湾」に運び、「船便」で「銚子」へ「廻航」して移植されたものなのだそうです。

 「藤」(学名・Wisteria floribunda)ですが、「マメ科」「フジ属」の「つる製落葉木本」で「ノダフジ」(野田藤)ともいわれています。
 「ノダフジ」(野田藤)の「名」は、この「種」が「植物学者」の「牧野富太郎」氏により「命名」される「きっかけ」となった、「フジの名所」であった「大阪府」「大阪市」「福島区」「野田」にちなんで名付けられたそうで、「福島区」「玉川」の「春日神社」には、「野田の藤跡碑」が建立されています。

 「藤」ですが、「蔓(ツル)」が「木」に巻きついて登り、「樹冠」に広がり、「右巻き」(上から見て中心から外側へ「時計回り」に見える巻き方)で、かなり太くなり、「ヤマフジ」とは「蔓」の「巻き方」が「逆」です。
 「藤」の「花序」は、長くしだれて、20cmから80cmに達し、「花」は「うすい紫色」で、「藤色」の「色名」は、これに由来するそうです。
 「藤」の「分布」・「生育地」ですが、「日本固有種」で、「本州」・「四国」・「九州」の「温帯」から「暖帯」に分布し、「山野」に普通に生育しています。

 「臥龍の藤」の「名称」の「由来」ですが、「藤」の「花」の「根元」が「龍」の「寝姿」(龍の寝ている姿)に似ているところから、「臥龍の藤」と呼ばれています。
 「臥龍の藤」ですが、「見頃」の5月を迎えると、「見事」な「紫(ムラサキ)」の「花簾(ハナスダレ)」を見せてくれます。
 1本の「幹」から12本に分かれており、「高さ」2.5m、10m「四方」の「藤棚」から下がる、「長さ」1m以上の「紫の花簾」は、訪れる「人々」を魅了し、「地域」の「人々」に親しまれています。
 「臥龍の藤」ですが、平成21年(2009年)2月より「栃木県」「足利フラワーパーク」の「園長」・「樹木医」「塚本こなみ」氏による「抜本的治療」が行われたそうです。

 「銚子市」の「藤の名所」であり、「樹齢」750年を超える「臥龍の藤」が「見頃」を迎える「海上山妙福寺」では、この度(タビ)「妙見様藤まつり」、「妙見宮千部会大祭」が催行されます。
 「妙見様藤まつり」「妙見宮千部会大祭」「内容」ですが、4月29日(祝・土)に「定例茶会」、4月30日(日)に「バンド」「フォーリング スターズ」による「歌」と「演奏」、5月5日(祝・金)に「吟遊詩人」「芳晴」氏(二胡奏者)による「東日本大震災復興支援チャリティーコンサート〜絆ふたたび〜」、5月6日(土)に「読経祈願」、5月7日(日)に「千部会」(妙見宮大祭)、「読経祈願」、「妙見宮御神輿渡御」となっています。
 「妙見宮千部会大祭」ですが、1年に一度の大切な「妙見宮」の「大祭」で、「妙見宮千部会大祭」は「当日」10時00分より「終日」執り行われ、「海上山妙福寺」「妙見宮」の「御宝前」にて「一千部」の「御経」を捧げ、「国家」も、「各家」も「安泰」であるように祈願するそうです。

 「定例茶会」ですが、4月29日(祝・土)に開催される「催し」で、「海上山妙福寺」を「会場」に「千葉科学大学」「茶道部」「澪學会」の「皆さん」による「茶会」が行われます。
 「定例茶会」の「開催日時」ですが、4月29日(祝・土)10時00分から15時30分まで、「受付終了」は15時00分となっています。
 「定例茶会」の「席料」ですが、500円となっており、「雨天」の場合は中止となっています。

 「読経祈願」ですが、5月6日(土)・5月7日(日)の「両日」開催されます。
 「読経祈願」の「日程」は、下記の通りです。

 5月6日(土)

 10時00分〜11時00分・14時00分〜15時00分

 5月7日(日)

 10時00分〜11時00分・13時00分〜14時00分・15時00分〜16時00分

 「バンド」「フォーリングスターズ」は、4月30日(日)に「海上山妙福寺」「本堂」前を「会場」に行われる「歌」と「演奏」です。
 「バンド」「フォーリングスターズ」の「歌」と「演奏」の「開催日時」は、4月30日(日)11時00分から12時00分までと、13時00分から14時00分までとなっており、「開催日」が「雨天」の場合は中止となっています。

 「バンド」「フォーリング スターズ」の「プロフィール」は、下記の通りです。

 フォーリングスターズは昭和51年に結成、今年で41年目を迎えました。
 総勢18名で定例演奏会、地域イベント参加、神栖・銚子地区の老人ホーム慰問等、活動しております。
 昭和63年には、茨城県知事より「ばら賞」(郷土づくりに積極的に貢献)という賞を頂きました。
 メンバーは91歳のピアノを筆頭に、歌謡曲・ポピュラー・ジャズ等、色々なジャンルに取り組み頑張っております。
 今後共宜しくお願い致します。

 「妙見宮御神輿渡御」ですが、5月7日(日)に執り行われる「行事」で、「妙見宮」の「御宝前」にて「一千部」の「御経」を捧げた後、「妙見宮御神輿渡御」が13時00分より催行されるそうです。
 「妙見宮御神輿渡御」ですが、「雨天」の場合は中止となるそうです。

 「東日本大震災復興応援チャリティーコンサート〜絆ふたたび〜」ですが、5月5日(祝・金)「こどもの日」に開催される「イベント」で、「海上山妙福寺」「本堂」を「会場」に行われるそうです。
 「東日本大震災復興応援チャリティーコンサート〜絆ふたたび〜」ですが、「入場無料」の「イベント」で、5月5日(祝・金)12時00分から13時30分まで行われ、「吟遊詩人」で、「二胡奏者」「芳晴」さんによる「チャリティーコンサート」だそうです。

 「海上山妙福寺」「住職」が毎年に、直接「被災地」へ「義援金」としてお届けしているそうです。
 「海上山妙福寺」では、「東日本大震災復興義援金箱」へのご協力を呼びかけています。

 「由緒」ある「古刹」「海上山妙福寺」で催行される「藤」の「季節」に行われる「行事」「妙見様藤まつり」「妙見宮千部会大祭」。
 この機会に「銚子市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「海上山妙福寺」「妙見様藤まつり」「妙見宮千部会(センブエ)大祭」詳細

 開催期間 4月29日(祝・土)〜5月7日(日)

 開催会場 海上山妙福寺 銚子市妙見町1465

 問合わせ 海上山妙福寺 0479-22-0650

 備考
 「妙見様藤まつり」「妙見宮千部会大祭」の「会場」「海上山妙福寺」「境内」は、駐車できませんので、なるべく「公共交通機関」の「利用」を呼びかけています。

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| 気まぐれ日記 | 09:26 PM |

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