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「笹川の神楽」「諏訪神社」(東庄町)
 本日ご案内するのは、となりまち「東庄町」「諏訪神社」で明後日(あさって)の4月7日(土)に開催されます「笹川の神楽」です。

 「諏訪神社」(諏訪大神社)は、「香取郡東庄町笹川」にある「神社」で、「諏訪さま」(諏訪大神)と呼ばれ親しまれています。
 「諏訪神社」の「御祭神」は「建御名方命(たけみなかたのみこと)」・「事代主命(ことしろぬしのみこと)」・「大国主命(おおくにぬしのみこと)」をお祀りしています。
 「農耕」・「漁業」・「武道」・「商業」の「神」として広く信仰されています。
 創祀は、大同2年(807年)に「坂上田村麻呂」将軍が「東征」の折に「武運長久」・「海上安全」を祈願し勧請したと伝えられています。

 「諏訪神社」には、「相撲の神様」「野見宿禰命(のみすくねのみこと)」の「石碑」があることで知られています。
 「野見宿禰命」は、「土師氏」の「祖」として「日本書紀」などに登場する人物です。
 「天穂日命」の14世の「子孫」であると伝えられる「出雲国」の「勇士」で、「垂仁天皇」の「命」により「当麻蹴速」と「角力」(相撲)をとるために「出雲国」より召喚され、「蹴速」と互いに蹴り合った末にその「腰」を踏み折って勝ち、「蹴速」が持っていた「大和国」「当麻の地」(現「奈良県葛城市當麻」)を与えられるとともに、以後「垂仁天皇」に仕えたといわれています。

 「諏訪神社」の「例大祭」は4月と7月の2回行われ、4月の「例祭」には「笹川の神楽」が奉納され、7月の「例祭」では「奉納相撲」と「山車」の「曳き回し」が盛大に行われます。

 「諏訪神社」の「春季例祭」として、境内の「神楽殿」で「笹川の神楽」が行われます。
 「笹川の神楽」は、近郷でも有名で、昭和40年(1965年)4月27日に「千葉県」の「県指定無形民族文化財」に指定されています。

 「笹川の神楽」の「由緒」ですが、建久2年(1191年)「千葉成胤」が「源頼朝」の「武運長久」を祈り、「千座神楽」を奏したのが始まりといわれ、7つの「区」が「回り番」で担当し、「練習」を重ねた若者によって毎年4月の第1土曜日に開催されます。

 「笹川の神楽」は、800年以上続く「源氏」ゆかりの「神楽」で、「古今和歌集」の「語句」を解説する「古今伝授(こきんでんじゅ)」で有名な「東常縁(とうつねより)」は、「千葉氏」の「直系」にあたり、その「東常縁」によって、文明7年(1475年)に今の「十六座神楽」となったそうです。
 「笹川の神楽」は、「十六座神楽」で「土師流」から出たもので、「お能」と呼ばれる「謡」が特徴となっています。

 「神楽」の「種目」は「天狗の面」・「小屋根の面」・「太玉の命の面」・「乙女の面」・「手力男の面」・「八幡太郎の面」・「榊原の面」・「宇受女命(うずめのみこと)の面」・「恵比寿の面」等で「神楽種目」の「間」に「巫女舞」が加わります。
 「笹川の神楽」は、毎年4月の第1土曜日が「本神楽」、前日を「宵神楽」といい、「本神楽」の翌日に「神納」といって、7つの「区」によって、「回り番」で開催されています。
 今年の「当番区」は「鹿野戸区」となり、「能面」を取って舞う「神納」は、「鹿野戸区集会所」で行われるそうです。

 「東庄町笹川」に伝わる「伝統芸能」「笹川の神楽」を見に「諏訪神社」(諏訪大神社)に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「笹川の神楽」「諏訪神社」詳細

 開催日時 4月7日(土) 

 開催会場 諏訪神社 東庄町笹川い677

 問合わせ 東庄町観光協会 0478-86-1111

 備考
 「諏訪神社」の境内にある「スダジイ」は、「千葉県の巨樹・古木200選」に選定されています。
 また「笹川の神楽」では「いちご狩り」の人気スポット「磯山観光いちご園」(4月4日のブログ参照)の「若旦那」も「踊り」を舞うそうです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1035 |
| 地域情報::香取 | 08:57 AM |
「磯山観光いちご園」その1「いちご狩り」(東庄町)
 本日二つ目にご紹介するのは、となりまち「東庄町」の「いちご狩り」の「人気スポット」「磯山観光いちご園」その1「いちご狩り」です。

 ご存知の方は多いと思いますが、となりまち「東庄町」は、美味しい「苺」(1月3日のブログ参照)を栽培している「農家」の皆さんが多く、「いちご園」・「いちごの直売所」が集中している「国道356号線」沿いは「いちご街道」(1月10日のブログ参照)と呼ばれています。
 (「いちご街道」には7軒の「観光いちご園」が軒を連ねています。)

 「磯山観光いちご園」は、「国道356号線」(いちご街道)沿いから「東庄町役場」「公民館」「体育館」のある「道路標識」の矢印にそって入っていった「道」の突き当たりの左側にあります。
 「磯山観光いちご園」は、広大な約1ヘクタールの「敷地」で「ステビア」と「イオン水」を使い「良質の堆肥地」と「有機肥料」で「糖度」の高い「いちご作り」を目指し、実践されています。

 「磯山観光いちご園」では、3種類の「品種」を栽培しており、その日の食べ頃の「ハウス」へご案内しています。
 「苺」の「栽培方法」も従来からある「土耕栽培」(品種「アイベリー」・「紅ほっぺ」)と立ったまま「苺」が摘める「バリアフリー設計」の「水耕」と「高設栽培」(品種「ふさの香」)は、「苺」がぶら下がっているので、見た目にも衛生的にも注目されています。

 今シーズンの「いちご狩り」は、「厳冬」で例年以上に厳しい「冷え込み」のため、「苺」の育成が厳しかったそうですが、3月後半から現在の4月に入り「冷え込み」もおさまり、「苺」がたくさん色をついてきたそうです。
 その中でも特に「アイベリー」と「紅ほっぺ」は期待できそうだそうです。

 「磯山観光いちご園」現在の「苺」の状況ですが「アイベリー」は、だいぶ出てきており、4月中旬頃には鈴なりが予想されるそうです。
 また「耳より情報」として「紅ほっぺ」も早い時間ですと「大粒」に巡り会えるようです。
 「ふさの香」は「端境期」だそうで、出来る「ハウス」が少ない状態なのだそうです。

 また「いちご狩り」の現在の「状況」ですが、「春休み」に入り「平日」も賑わっており、「週末」にもなると多少混雑が予想されますので、なるべく早い時間のご来園をオススメしています。
 (「磯山観光いちご園」HP参照)

 また「磯山観光いちご園」では、4月1日〜料金を400円値下げし、小学生以上1100円・3歳〜未就学児900円となりました。
 なお、平日は1日営業できるそうですが、休日の「いちご狩り」は当日分が食べ終わり次第終了となりますのでご注意下さい。

 「いちご街道」を代表するひとつ「磯山観光いちご園」。
 美味しい「苺」を食しに「東庄町」にお立ち寄りしてみてはいかがでしょうか?

 「磯山観光いちご園」詳細

 所在地  香取郡東庄町笹川い4539

 問合わせ 磯山観光いちご園 0478-86-5175 (8時半〜17時)

 備考
 「磯山観光いちご園」は、4月7日(土)は「祭事」の為、休業するそうです。
 なお4月7日(土)は、「東庄町」「諏訪大神社」にて「笹川の神楽」が開催され、「磯山観光いちご園」の「若旦那」も「踊り」を舞うそうです。













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| 地域情報::香取 | 12:52 PM |
「公津しだれ桜ふれあいまつり」(成田市)
 本日ご紹介するのは、近隣市「成田市」「成田市公津公民館」で明明後日(しあさって)の4月7日(土)・4月8日(日)に開催されます「公津しだれ桜ふれあいまつり」です。

 「公津公民館」は、「成田市宗吾」にある「公民館」で、昭和39年に開館しました。
 「公民館」の施設ですが「会議室・実習室」60名、「サークル室」15名、「研修室」36畳、「図書室」、「陶芸小屋・陶芸窯」2、「駐車場台数」40台となっています。

 「公津公民館」の「駐車場」入り口には立派な「垂れ桜(しだれざくら)」があり、その「桜」の前で、今回ご紹介するイベント「公津しだれ桜ふれあいまつり」が行われます。
 「公津公民館」の「垂れ桜」は、「ソメイヨシノ」より早く開花する「桜」で、「公津公民館」「駐車場」にある「桜」は一本だけですが、とても美しい「桜」なのだそうです。

 毎年見事に咲き誇る「垂れ桜」を「背景」に華やかな「サークル発表」が行われ、「花」と「華」の共演に、「観客」の皆さんの目は奪われるそうです。
 しかし昨年(2011年)は、3月11日に起こった「東日本大震災」により「公津しだれ桜ふれあいまつり」は中止になったそうです。

 1年ぶりに行われる「公津しだれ桜ふれあいまつり」ですが、今回も様々な「内容」で開催されるそうです。
 「公津しだれ桜ふれあいまつり」の「内容」は、「華道体験・生け花作り」、「茶道体験」、「サークル作品展示」、「サークル発表会」、「模擬店」、「陶芸サークル合同展示・販売」となっています。

 さまざまなイベントが盛り沢山の「公津しだれ桜ふれあいまつり」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「公津しだれ桜ふれあいまつり」詳細

 開催日時 4月7日(土)・8日(日) 10時〜15時

 開催会場 成田市公津公民館 成田市宗吾1-839-1

 「イベント」詳細

 「華道体験・生け花作り」

 4月7日(土) 10時〜正午

 花代  300円 (先着30人)

 (3月28日に申し込みは終了しています。)

 「茶道体験」

 お茶代 200円 (参加を希望する人は当日直接会場へ)

 「サークル作品展示」

 「書道」・「水墨画」・「野草」(販売あり)・「編み物」・「写真」など

 「サークル発表会」

 「フォークダンス」・「カラオケ」・「ウクレレ」・「オカリナ」など

 「模擬店」

 「採れたて野菜の直売」・「赤飯」・「焼きそば」・「パン」・「ワッフル」など

 「陶芸サークル合同展示・販売」

 問合わせ 成田市公津公民館 0476-26-9610

 備考
 「公津しだれ桜ふれあいまつり」の行われます2日間、「公津公民館」の「駐車場」は利用できないそうです。
 「お車」でお越しの方は、付近の「臨時駐車場」をご利用下さいとのことです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1033 |
| 地域情報::成田 | 11:18 AM |
「成田山公園の桜」(成田市)
 本日二つ目にご紹介するのは、近隣市「成田市」「成田山新勝寺」裏手に広がる「成田山公園」の「桜」です。

 「成田山新勝寺」(2010年11月14日・15日・16日のブログ参照)「大本堂」を更に奥に進んだところに高さ58mを誇る荘厳な「平和の大塔」が建っています。
 この「平和」を象徴する「塔」に見守られる様にその眼下には「成田山公園」(2010年11月12日のブログ参照)という「四季」を彩る「庭園」が広がっています。
 「成田山公園」は広さが165000平方メートルという広大な敷地で、「東京ドーム」3個半も入ってしまうほど広さを誇る「自然公園」です。

 「公園」内は「自然」の起伏が巧みに取り入れられ、起伏を縫って「遊歩道」を散策することができるようになっています。
 殊に「園内」中央にある「一の池」(竜智)、「二の池」(竜樹)、「三の池」(文殊)の3つの「池」の周囲は、「春」には「梅」に「桜」、「初夏」には「新緑」、「秋」の「紅葉」と四季折々の表情を見せています。

 「成田山公園」は「梅の名所」として知られ、「成田の梅まつり」(2月9日・3月9日のブログ参照)の会場としても有名ですが、「桜の名所」でもあります。
 「成田山公園」に咲く「桜」は約350本で、「桜」の「種類」は「ソメイヨシノ」、「河津桜(かわづざくら)」、「垂れ桜(しだれざくら)」で、満開になると「成田山」全体をピンク色に染め、華やいだ雰囲気に包まれるそうです。
 「成田山公園」の「桜」の見処は「庭園」の「池」のほとりの「桜の風景」がきれいで、おすすめ「花見スポット」になっています。

 現在の「成田山公園」の「桜」の「様子」ですが、4月3日現在、まだ「つぼみ」で全く開花していない状態だそうです。
 4月中旬から下旬頃には「見頃」をむかえるようになるといわれています。

 「成田山新勝寺」のお膝元「成田山公園」に季節の花「桜」を愛でに訪れてみてはいかがでしょうか?

 「成田山公園」詳細

 所在地  成田市成田1

 問合わせ (社)成田市観光協会 0476-22-2102

 備考
 「成田山公園」内各所には、「松尾芭蕉」や「高浜虚子」など著名な「文人達」の「句碑」が建っており、当時の「成田」でも「俳句」や「歌」にたしなんでいた人々が多くいたという事を物語っています。
 そのため、「成田山公園」の「自然」の中にも様々な「先人の知恵」や「足跡」が残されています。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1032 |
| 地域情報::成田 | 09:22 PM |
「高松湯立て」(富里市)
 本日ご案内するのは、近隣市「富里市」「高松香取神社」で明後日(あさって)の4月5日(木)に開催されます「高松湯立て」です。

 「高松香取神社」のある「富里市高松」は、江戸時代に「継立場(つぎたてば)」と「宿(しゅく)」があり、「佐倉藩」の「役人」が「佐倉」と「木戸小屋」までの「往路」で、くつろげる場所であったと思われています。
 「みどりや」、「ふじや」、「まつや」の3軒の「宿」があり、昼食を取ったり宿泊をしたりと、「富里」では「根木名」とともに重要な役割を果たしていたところであったそうです。
 また、「継立場」と「宿」があったところは「北盛松(きたさかりまつ)」と「南盛松」という「地名」で、昔は高い「松」が茂って、旅人の目印になっていたそうで、「高松」という「地名の由来」になっているそうです。

 「高松」には「門戸(かど)」という「小字名」があり、「門戸」には「普門寺」があり、明治6年には「高松小学校」が開校、その後明治31年から昭和20年ころまで「私立高松学館」があったそうです。
 また「門戸」には「香取神社」があり、4月5日に「湯立て神事」が行われることで知られており、「五穀豊穣」と「無病息災」を願うものとして行われています。
 「湯立て神事」では、「香取神社」に「祝詞(のりと)」と「玉串(たまぐし)」を上げ、「大釜」で「湯」を立たせて「豊作」を占い、「笹」で「湯」をかけたり、その「お湯」を飲むと「病気」にならないといわれています。
 また「湯立て」に使った「笹」は来た人に配られ、「家」に持ち帰り「荒神様(こうじんさま)」に供え、「炭」は「家」の「門」(ジョウボ口)の「角」に置いて「火事避け」にするそうです。

 「湯立て」は、日本古来からの「神事」で、別名「湯の花の神事」ともいわれています。
 「高松の湯立て」は、「高松香取神社」の境内「拝殿」前の庭にて、「荒菰」を敷き、「神主」が「大釜」に「湯」を沸かし、「笹」をもって「我が身」(氏子)や「参列者」にふりかける「式」で、「無病息災」、「五穀豊穣」を祈願して行います。

 「春の訪れ」を告げる「富里市高松」の「伝統行事」「高松の湯立て」。
 「高松の湯立て」の行われる「高松香取神社」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「高松湯立て」詳細

 開催日時 4月5日(木) 13時頃

 開催会場 高松香取神社 富里市高松101

 問合わせ 富里市生涯学習課 0476-93-7641

 備考
 「高松香取神社」行きの「バス」は、「京成線京成成田駅」より出ており、「バス」で約30分「住野四ツ角」下車「徒歩」約20分となります。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1031 |
| 地域情報::成田 | 08:31 PM |
「妙光寺千部会(せんぶえ)」(多古町)
 本日ご三つ目に案内するのは、近隣市「多古町」「妙光寺(みょうこうじ)」で明日、4月3日(火)に開催されます「妙光寺千部会(せんぶえ)」です。

 「妙光寺」は、「香取郡多古町居射」にある「日蓮宗」の「寺院」で、山号は「妙院山」です。
 「妙光寺」の「御本尊」は「釈迦多宝四菩薩」で、この「寺」の「祖師像」(日蓮像)は、「髭の祖師像」として信仰されているそうです。
 また「妙院山妙光寺」は、400〜500の「檀家」を有する「多古町」最大の「日蓮宗」の「寺院」です。

 「妙光寺」は鎌倉時代の弘安年間中期(1278年〜1288年)「日蓮上人」の高弟「日朝」の開山により創建されたといわれています。
 「妙光寺」は「多古居射」のほか「島」・「唐竹」にもありますが、いずれも「日朝」によるものと伝えられ、これらを「下総三妙寺」と称されています。
 また「妙光寺」は、「多古城主」「牛尾氏」の「尊崇」が厚かったそうです。

 「妙光寺」はもともとは「染井原」、「小井戸」の付近にあり、のちに「居射」に移ったといわれています。
 「多古由来記」には、寛永4年(1627年)に「江戸谷中」(現「文京区」)の「報恩寺」の「堂」を移して「寺堂」としたそうで、現在の「堂」は享保14年(1729年)の「建立」としるされているそうです。

 元禄4年(1691年)には「水戸光圀」(徳川光圀)が参詣、宝暦4年(1754年)になると「葵の紋章」を使うことを許されました。
 「山門前大題目塔」は宝暦9年(1759年)、「大常夜燈」は寛永2年(1849年)の建立と、いずれも長い時間を経てきた貴重なものなのだそうです。
 昭和35年には「大原内」の「妙見堂」から、中世、「多古地方」を支配した「千葉氏一族」の「守護神」である「妙見像」が移されました。
 「兜」をいただき、「甲冑」をつけて「刀印」を結ぶ勇ましい「武装形」で、「目」を大きくこらした「形相」は力強さを感じさせるそうです。

 「桜」が満開の時期に、「妙光寺」では「千部会」を行います。
 「千部会」とは、「追善」や「祈願」のために同じ「経千部」を「五百」ないし「千人」で、または一人の「僧侶」が「千部」すべてを唱える「法会」として、毎年4月3日に行われます。
 前夜の「お逮夜法要」に始まり、3日には「妙光寺」境内に設営された「舞台」で、「踊り」や「歌」の披露、「多古町名産品」が当たる「福引」などが催されます。
 また「妙光寺」境内には「露店」も並び、参詣する「老若男女」で賑わい、「植木」や「花」などの「市」も開かれるそうです。

 「妙光寺」には、上記に記した「日蓮上人」の「顎鬚」を付植したとされる「髭の祖師像」のほか、「支配者」であった「千葉氏」の「守護神」とされる「妙見像」、「多古城主」が「娘」の「病気平癒」を祈願した「鰐口」などがあるそうです。

 「多古音頭」にも歌われる「多古町最大」の「寺院」「妙院山妙光寺」。
 「妙光寺」で行われる「千部会」を拝見しに「多古町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「妙光寺千部会」詳細

 開催日時 4月3日(火) 11時〜15時半頃

 開催会場 妙光寺 香取郡多古町多古2550

 問合わせ 妙院山妙光寺 0479-76-2920

 備考
 「妙院山妙光寺」の「妙見像」は「千葉県」の「県指定有形文化財」に指定されており、「鰐口」は「多古町」の「町指定有形文化財」に指定されています。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1030 |
| 地域情報::成田 | 09:55 PM |
「成田のおどり花見」(成田市)
 本日二つ目にご紹介するのは、近隣市「成田市」「成田山表参道」及びその周辺地域で明日、4月3日(火)に開催されます「成田のおどり花見」です。

 「成田」では毎年4月3日に、旧「成田町」を形成していた「東町」・「本町」・「仲町」・「上町」・「幸町」・「花崎町」・「田町」の7ヵ町で「おどり花見」が行われています。
 この「おどり花見」は、江戸時代の元禄年間頃から伝承されているといわれています。

 各町内には「女人講(にょにんこう)」と呼ばれる「女性」たちの「集まり」があり、「おどり花見」は「女人講」によって行われています。
 7年に一度まわってくる「年番」にしたがって、「成田の鎮守」である「三ノ宮植生神社」に集まり、ここをはじめに各町内に祀られている16の「神仏」に詣で、それぞれの場所で「弥勒(みろく)踊り」という「踊り」を奉納します。

 旧「成田町」7町の「女人講」が1年間、順番に「お篭(=ご神体)」の保管をします。
 1年の保管が終わって次の「女人講」に受け渡した「女人講」は、その責任から解放された喜びから、「やれ、うれしや」とサクラの季節の4月3日に踊ることから「おどり花見」なのだそうです。
 普通ならば「花見おどり」というべきところですが、「おどり花見」と呼んでいるところから、「花見」ではなく「おどり」が主であることがわかります。

 「弥勒踊り」の「弥勒」とは、「末法」の「世界衆生」を救うという「経典」に基づく「救世菩薩」で、日本では11世紀頃から盛んになった信仰なのだそうです。
 「弥勒踊り」は、「鹿島神宮」(2010年11月8日・9日・10日のブログ参照)を中心に「茨城」・「千葉」・「埼玉」地方から「伊豆方面」に広く分布している「郷土舞踊」で、「神仏」をなぐさめ、「悪霊退散」を祈り、「五穀豊穣」を願う「踊り」で、「女人講」の「婦人」たちはおそろいの着物を着て、7町内16の「神社」や「仏堂」をまわってお参りをし、「踊り」を奉納します。

 「成田のおどり花見」の「巡拝コース」ですが、各町内ごとに祀られた「神仏」を回りますが、「回り方」は町内ごとに異なっているそうです。
 ただし、始まりが「成田の鎮守」である「三ノ宮植生神社」であるところは共通しており、毎年午前7時〜8時頃から「おどり花見」が始まるそうです。
 (巡拝コースは下記詳細に記載)

 「成田」の「伝統」を伝える「春の踊り」「成田のおどり花見」を見に「成田市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「成田のおどり花見」詳細

 開催日時 4月3日(火) 8時〜18時(予定)

 開催会場 成田山表参道 及び その周辺地域 成田市成田1

 平成24年(2012年)の「巡拝コース」詳細

 1 7時00分 植生神社 (三の宮様)

 2      植生神社 (天王様)

 3 8時00分 幸町 薬師様

 4 9時00分 上町 道祖神様

 5 10時00分 花崎町 権現様

 6 11時00分 成田市役所

 7 12時00分 仲町 愛宕様

 8 13時30分 本町 愛宕様

 9 15時00分 成田山 御不動様 (大本堂前)

 10      成田山 清瀧権現様 (光明堂脇)

 11      噴水公園

 12      成田山 新勝寺様 (光輪閣玄関前)

 13 16時30分 田町 道祖神様・愛宕様

 14 17時30分 東町 子安様・愛宕様

 道路状況などにより、時間が前後することがありますので、ご了承下さい。

 問合わせ (社)成田市観光協会 0476-22-2102

 備考
 「成田のおどり花見」の「弥勒踊り」は、「茨城県」から「伊豆地方」に広く分布する「弥勒信仰」のひとつですが、「成田」の場合は「歌詞」の最後に「あんば大杉大明神、悪魔祓ってヨイヤサ」とあるように、江戸時代に「疱瘡除け」の「神」として流行した「茨城県稲敷郡」(旧「桜川村」)の「大杉神社」(2011年2月3日のブログ参照)信仰が加わった「踊り」だそうです。
 「成田のおどり花見」は、昭和39年4月28日に「千葉県」の「県指定無形民族文化財」に指定されています。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1029 |
| 地域情報::成田 | 01:38 PM |
「久能獅子舞」(富里市)
 本日ご案内するのは、近隣市「富里市」「駒形神社」で明日、4月3日(火)に開催されます「久能獅子舞(くのうししまい)」です。

 「富里市七栄」にある「7Aスクエア」前の「交差点」を「久能方面」に進み、「久能カントリー倶楽部」の「コース」が道路の両脇に広がる先に、「久能獅子舞」が行われる「駒形神社」が在ります。
 「駒形神社」周辺には、小さな「公園」と「消防団」があり、「参道」を入って左右に「境内社」が鎮座しています。
 「境内社」は「妙正大明神」・「廿三夜月天王」・「五社様」(五角柱地神塔)他と「鳥居」外に「南無道祖神」があります。

 「久能獅子舞」は、江戸中期から始まった「伝統的行事」で、例年4月3日と8月に「五穀豊穣」や「交通安全」を願って「駒形神社」の「殿前」で演じられています。
 約300年前から行われていると言い伝えられており、「富里市」に現存する「郷土芸能」の中で最も古いものといえます。

 「獅子舞」は、「頭」の大きなものから順に「雄獅子」、「中獅子(雄)」、「雌獅子」と呼ばれる3匹の「獅子」によって演じられ、「笛」や「大小太鼓」の「囃子」に合わせて「舞」を踊ります。
 また「久能獅子舞」は、別名「やきもち獅子」とも呼ばれており、1匹の「雌獅子」をめぐる2匹の「雄獅子」のストーリーが展開されます。
 「獅子舞」は、1匹の「雌獅子」を2匹の「雄獅子」が取り合いをする「喧嘩(けんか)の舞」、「争い」の「愚かさ」を知り、仲直りをする「仲直りの舞」、その他、「三切太鼓」、「雄獅子の舞」、「雌獅子の舞」、「中獅子の舞」から構成されています。

 「久能獅子舞」は、4段の「場」から構成されていて、「1段目」の「場」では、「雌獅子」と「雄獅子」がそれぞれの「個性」を表し、「2段目」では、3匹が入り乱れ仲良く踊りに興じます。
 「3段目」では、「雄獅子」2匹による「雌獅子」の「独占争い」が始まります。
 「争い」は、「話し合い」という「形」で始まりますが、何度「話し合い」をしても折り合いがつかず、そのうちに「雄獅子」同士の「喧嘩」が始まってしまいます。
 「喧嘩」の様子はユーモラスで、「勝ち獅子」は右に左にと大きく飛び回り、倒れて「負け獅子」が立ち上がろうとしているところに出向き、「どうだ!参ったか」というような「しぐさ」を見せるそうです。

 結局、「勝負」(喧嘩)は「引き分け」となって「舞」は、「4段目」に移ります。
 2匹の「雄獅子」は「争い」の「愚」を悟り、最初のように「3匹の獅子」は仲直りして「舞」は終わるそうです。

 「富里市」近隣で行われている「獅子舞」は、勇壮なものが多いように見受けられますが、「久能獅子舞」は、勇壮な場面の中にユーモラスな動きを含め、「民族芸能」としての「娯楽性」を備えています。

 約300年続く「富里市久能」に伝わる「久能獅子舞」。
 独特でユーモラスでありながら勇壮な「伝統芸能」を見に「駒形神社」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「久能獅子舞」詳細

 開催日時 4月3日(火) 15時頃

 開催会場 駒形神社 富里市久能553-1

 問合わせ 富里市生涯学習課 0476-93-7641

 備考
 「久能獅子舞」は、「富里市」の「市指定民族文化財」(「無形民族文化財」)に指定されています。

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| 地域情報::成田 | 11:30 AM |
「黄門桜」(匝瑳市)
 本日ご紹介するのは、近隣市「匝瑳市」の「黄門桜」です。

 「水戸黄門」は、「水戸藩主」で「権中納言」であった「徳川光圀」の「別称」であり、世直しのために「日本各地」を漫遊したという「物語」の題名でもあります。
 実在の「水戸藩主」である「徳川光圀」は、「国史編纂」(「大日本史」)のために「史局員」の「儒学者」らを「日本各地」へ派遣して「史料蒐集」を行っていますが、「徳川光圀」自身は「世子時代」の「鎌倉遊歴」と「藩主時代」の江戸と国元の往復や領内巡検をしていたそうです。

 「徳川光圀」は同時代の「伝記史料」において「名君」として評されているが庶民の間でも知名度は高く、亡くなったときには「天が下 二つの宝 つきはてぬ 佐渡の金山 水戸の黄門」という「狂歌」が流行ったそうです。
 「水戸黄門漫遊譚」の成立には、この様な名君として評判や、幕末における「水戸学」の浸透が後の「物語」の形成に影響していると思われます。
 また「史実」の「徳川光圀」は、家臣の「佐々十竹」(佐々宗淳)らを各地へ派遣しており、「彰考館」総裁であった「佐々」と「安積澹泊(あさかたんぱく)」(安積覚兵衛)の二人が、後の「助さん」・「格さん」のモデルと見られています。

 「黄門桜」は、元禄11年(1698年)に「水戸黄門」こと「徳川光圀」公が「飯高寺(はんこうじ)」(2010年10月9日・2011年4月22日・10月7日のブログ参照)へ訪れたことを記念して植えられた「並木桜」のうち唯一現存する由緒ある「一本桜」です。

 この「桜」の「由来」は、「飯高寺」所蔵の「飯高檀林御由緒明細書」によりますと、
 「元禄11年(1698年)寅春、黄門源義公様(水戸黄門)、飯高寺へ御入り遊ばしなされ、(中略)元禄12年卯春、黄門様御意にて下総佐原より飯高檀林まで、並木松桜植えられ(下略)」
 とあります。

 このことから、この「桜」は約300年前に「佐原」(現「香取市」)から「飯高檀林」までの間に植えられた「並木」のうちの1本であり、現存する最後の「由緒」ある「黄門桜」であると考えられています。

 「黄門桜」ですが、「幹周り」5.5m、「樹高」約7m、「葉張り」約16mの「山桜」の一種で、「ソメイヨシノ」より一週間くらい遅く「開花」するそうです。
 なお「黄門桜」は、「匝瑳市」の「市指定天然記念物」で、「桜」を保護するために、「駐車場」は「飯高寺」を利用下さいとのことです。

 現存する「並木桜」の唯一の「一本桜」「黄門桜」。
 300年の時を経て、今もなお「匝瑳市飯高」に、その「すがた」をあらわしています。

 「黄門桜」詳細

 開催会場 匝瑳市飯高2088-4

 問合わせ 匝瑳市産業振興課 0479-73-0089

 備考
 「黄門桜」は昨年(2011年)は4月15日に、ほぼ満開になったそうです。
 また「黄門桜」の前の「道」は幅がとても狭いことから「黄門桜」の保護のため、「黄門桜」のそばの「駐車」はご遠慮下さいとのことです。
 そのため、2か所ある「ふるさと自然散策道」の「駐車場」や「飯高寺」の「駐車場」をご利用下さいとのことです。
 また「黄門桜」周辺には「国指定重要文化財」である「飯高寺」を代表とする「寺社」、「杉」や「シイ」などの巨木など見処がたくさんあり、ゆっくり「散策」を楽しめるエリアになっています。

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| 地域情報::匝瑳 | 01:28 PM |
「山倉の白川流十二座神楽」(香取市)
 本日ご案内するのは、となりまち「山倉大神」で明日の4月1日(日)で開催されます「山倉の白川流十二座神楽」です。

 「山倉大神」(2010年12月3日・2011年11月30日のブログ参照)は、創建は弘仁2年(811年)で、「大六天王社」の「総社」として古くから人々の信仰を集めています。
 江戸期までは「真言宗」「山倉山観福寺」別当でありましたが、明治の「神仏分離令」により「大六天王」を「観福寺」に遷座、明治3年(1871年)「山倉大神」と改めたそうです。
 「山倉大神」の創建は「辛卯の霜月」(旧暦11月)「初卯の日」で、この地方に「疫病」が流行した際に、「御祭神」を勧請したそうです。
 「山倉大神」の「主祭神」は、「高皇産霊大神(たかはやすさのおのみこと)」「配祀神」は「建速須佐男尊(たけはやすさのおのみこと)」、「大国主尊(おおくにぬしのみこと)」です。

 「山倉大神」「例祭」は「山倉の鮭祭り」と呼ばれ、平成17年(2005年)に「千葉県」の「無形民族文化財」に指定されています。
 もともとは毎年「旧暦霜月初卯」の「創建の日」に行われ「初卯祭」と呼ばれていましたが、現在は12月の第1日曜日に行われています。
 「山倉の鮭祭り」では、まず奉納された「鮭」を塩漬けにし、「白川流包丁式」の「神事」によって小さい「切り身」にさばき、当日に限り「参詣者」に分け与えられます。
 また「秘伝」の「鮭の黒焼き」にして「山倉大神」「社務所」に常備し「護符」として配られ、「疫病息災」とくに「風邪薬」として有名です。
 これは、諸国行脚していた「空海」が当地に訪れた際、流行っていた「インフルエンザ対策」に考案したものと伝えられています。

 「山倉大神」で行われます「白川流十二神楽」は、文化元年(1804年)時の名主4名が「願主」となり広く村内外の賛同を得て「永代神楽講」を起こしました。
 「神楽道具」、「湯釜」など奉納して「天下泰平」、「万民安泰」、「五穀豊穣」を祈って「八重垣神社」「例大祭」(御神楽祭)を3月20日に奉納されたのが始まりなのだそうです。
 現在「白川流十二座神楽」で演じられている「舞」の「原型」を確立させ指導されたのは、「菅谷新之助」氏で、「白川流十二座神楽」は、昭和42年(1967年)に結成された「山倉芸能保存会」により受け継がれています。
 また「白川流十二座神楽」は、長い間、4月3日に奉納されていましたが、今は4月の第1日曜日に奉納しています。

 「白川流十二座神楽」は、「猿田彦」から始まり「須佐之男尊」まで「十二座」あり、「稚児舞」も奉納されています。
 現在は昔と同じように行われていて、「氏子」の中には「女性」の参加者もいるそうです。

 「神楽」、「白川流」についてですが、第65代「花山天皇」の「王子」・「清仁親王」の「王子」「延信王」が、「神祗伯」(「大宝令」に制定された「神祗」の「祭祀」を司り、諸国の「官社」を総管した「神祗官」の「長官」)に任じられ、「明治維新」までその「後胤」が世襲してきた「白川家」に伝わる「神道」の流れと考えられています。
 大正10年3月30日発行の「香取郡誌」によると、大正2年に「白川家」の末裔「白川」子爵が参詣し、枯れた「龍燈松」の側に「小株」を手植えしたと書かれているそうです。

 「山倉大神」に伝わる「伝統芸能」「山倉の白川流十二座神楽」を見に「香取市山倉」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「山倉の白川流十二座神楽」詳細

 開催日時 4月1日(日) 13時〜17時頃

 開催会場 山倉大神 香取市山倉2347-1

 「白川流十二座神楽」演目

 1 猿田彦
 2 稚児(幣束)舞
 3 天鈿女之命
 4 手力男之命
 5 八幡
 6 三宝荒神
 7 稚児(扇)舞
 8 恵比寿・火男
 9 田神(稲荷)
 10 保食之命
 11 種播
 12 〆切(須佐男之尊)

 問合わせ 香取市生涯学習課 0478-50-1224

 備考
 「山倉の白川流十二座神楽」は、昭和56年(1981年)6月22日に「香取市」の「無形民族文化財」に指定されています。

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| 地域情報::香取 | 12:37 PM |

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