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「伊能忠敬と江戸〜商売・勉学・測量・永眠・褒美〜」(香取市)
 本日ご紹介するのは、となりまち「香取市」「伊能忠敬記念館」で10月1日(火)〜11月17日(日)の期間開催されます「伊能忠敬と江戸〜商売・勉学・測量・永眠・褒美〜」です。

 「佐原の町並み」は、「香取市」「佐原」の「市街地」にある「歴史的」な「建造物」が残る「風情」のある「町並み」です。
 「商家町」の「歴史的景観」を残す「佐原の町並み」は「重要伝統的建造物群保存地区」として選定されています。
 「佐原」は、江戸時代に「利根川東遷事業」により「舟運」が盛んになると、「小野川」(2012年9月7日のブログ参照)沿いなど「物資の集散地」として栄え始めたそうで、「小野川」には「物資」を「陸」に上げるための、「だし」と呼ばれる「河岸施設」が多く作られました。
 明治以降もしばらく「繁栄」は続き、「自動車交通」が発達し始める昭和30年頃までにかけて、「成田」から「鹿島」にかけての「広範囲」な「商圏」を持つ「町」となっていました。
 「佐原の町並み」は、「佐原」が最も栄えていた江戸時代末期から昭和時代前期に建てられた「木造町家建築」、「蔵造り」の「店舗建築」、「洋風建築」などから構成されています。
 「重要伝統的建造物群保存地区」内の、「市街地」を「東西」に走る「通称」「香取街道」、「南北」に流れる「小野川」沿い、および「下新町通り」などにその「町並み」を見ることができます。

 「伊能忠敬」(2011年3月5日のブログ参照)は、江戸時代、「日本国中」を測量してまわり、初めて実測による「日本地図」を完成させた「人物」です。
 「伊能忠敬」は、延享2年(1745年)現在の「千葉県」「九十九里町」で生まれ、「横芝光町」で「青年時代」を過ごし、17歳で「伊能家」「当主」となり、「佐原」で「家業」のほか「村」のため「名主」や「村方後見」として活躍します。
 その後、「伊能忠敬」は「家督」を譲り「隠居」して「勘解由」と名乗り50歳で「江戸」に出て、55歳(寛政12年(1800年))から71歳(文化13年(1816年))まで10回にわたり「測量」を行いました。
 その結果完成した「地図」は、極めて「精度」の高いもので、「ヨーロッパ」において高く評価され、明治以降「国内」の「基本図」の「一翼」を担いました。

 「伊能忠敬」が「当主」であった「伊能家」は、代々「名主」を務める「家柄」で「佐原」でも最も「有力」な「商人」だったそうです。
 「伊能忠敬」は、上記のように17歳で「伊能家」「10代目当主」として「婿養子」で迎えられました。
 「伊能家」の「家業」は主に「酒造業」を営んでおり、当時の「屋敷絵図」には、「酒蔵」がいくつも並び盛んであったことがわかります。
 現在「伊能忠敬旧宅」(2012年2月24日のブログ参照)は、「店舗」・「正門」・「書院」・「土蔵」が「国指定史跡」(昭和5年(1930年)4月25日指定)に指定されています。
 また「伊能忠敬旧宅」「敷地内」には、江戸時代につくられた「農業用水路」の「一部」が残っています。
 かつてここを流れた「水」が「小野川」に流れ落ち「ジャージャー」と「音」がしたことから、「樋橋(とよはし)」(2012年2月13日のブログ参照)のことを「通称」「ジャージャー橋」と呼ばれています。
 現在「樋橋」は、当時の様子を復元して、30分ごとに「水」が流れるようになっています。

 「伊能忠敬記念館」(2011年3月5日のブログ参照)は、「小野川」沿いにある「施設」で、「伊能忠敬」の「人生」を「年代順」に展示され、その「業績」の「結晶」である「伊能図」をあますところなく紹介しています。
 「伊能忠敬記念館」の「概要」ですが、「伊能忠敬」50歳までの「前半生」を紹介した「佐原時代」、隠居してからの「勉学」と「全国測量」の「行程」を紹介した「全国測量」、「伊能図」の「数々」を紹介した「伊能図の完成」、「日本地図」の「歴史」や、楽しい「世界」の「地図」を紹介した「地図の世界」という「構成」からなる「記念館」となっています。

 「伊能忠敬と江戸〜商売・勉学・測量・永眠・褒美〜」ですが、本年(2013年)「2回目」となる「企画展」で、10月1日(火)から11月17日(日)の期間開催されています。
 「伊能忠敬と江戸〜商売・勉学・測量・永眠・褒美〜」では、「伊能忠敬」が「人生」の「各時点」でかかわった「江戸」について紹介しています。
 「伊能忠敬」は、「隠居前」の「佐原」にいるころから「江戸」と「かかわり」があったそうです。
 「隠居後」、「伊能忠敬」にとって、「江戸」は「勉学」と「測量」の「拠点」であり、「測量」の「対象」にもなりました。
 そして、「伊能忠敬」「没後」、「孫」が「伊能図」を「幕府」に献上して、その「功績」により「江戸」に「町屋敷」をいただいたそうです。
 今回の「展示」「伊能忠敬と江戸〜商売・勉学・測量・永眠・褒美〜」では、「伊能忠敬」が「人生」の「各時点」でかかわった「江戸」について紹介するそうです。

 「佐原の偉人」「伊能忠敬」の「功績」「足跡」を余すところなく紹介している「記念館」「伊能忠敬記念館」で開催される「企画展」「伊能忠敬と江戸〜商売・勉学・測量・永眠・褒美〜」。
 この機会に「香取市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「伊能忠敬と江戸〜商売・勉学・測量・永眠・褒美〜」詳細

 開催期間 10月1日(火)〜11月17日(日)

 開催会場 伊能忠敬記念館 香取市佐原イ1722-1

 開館時間 9時〜16時半(入館〜16時)

 休館日  月曜日(祝日の場合は開館)

 入館料  大人 500円 小中学校 250円

 問合わせ 伊能忠敬記念館 0478-54-1118

 備考
 「伊能忠敬記念館」の「小野川」を挟んだ向かい側にある「伊能忠敬旧宅」は「復旧工事」のために、「閉館中」だそうです。





















| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1874 |
| 地域情報::香取 | 01:02 PM |
「袋の溜池秋のへら鮒釣り大会」(旭市)
 本日ご紹介するのは、となりまち「旭市」「袋東ため池」で10月27日(日)に開催されます「袋の溜池秋のへら鮒釣り大会」です。

 「旭市」は、「千葉県」の「北東部」にある「市」で、「九十九里浜」(2012年5月11日のブログ参照)の「最北端」に面しており、「夏季」には「海水浴客」で賑わいます。
 「旭市」は、「東京都心」から80km圏、「県庁所在地」「千葉市」から「北東」に約50kmにあります。
 「旭市」の「南部」は「九十九里浜」に面し、「北部」に「下総台地」(北総台地)(2012年7月10日のブログ参照)が広がっています。
 また「旭市」の「中央部」を「東西」に「JR総武本線」と「国道126号線」が通っています。

 「旭市」には、「袋公園」という「公園」があります。
 「袋公園」内には「溜池」があり、「溜池」は、「椿の海」(2011年4月17日のブログ参照)を干拓して現在「干潟八万石」と呼ばれる「耕地」をつくる際、「椿の海」に流れ込む「水」を制御し、またその「水」によって「下郷村々」の「用水」もまかなうのを「目的」として作られました。
 現在では、「袋公園」は「都市公園」として整備され、「溜池」の「周囲」約1400mの「遊歩道」沿いには約500本の「桜」をはじめ、「ツツジ」、「さつき」などが植えられています。

 「袋公園」の「溜池」は、13の「溜井堰」のうちのひとつです。
 「溜池」は「袋の溜池」と呼ばれ、「袋の溜池」は、上記のように「椿の海」は江戸時代に開拓された際に造られたもので、13ある「溜池」の中で最大の「溜池」だそうです。
 「袋公園」には、「道路」を挟んで「東溜池」と「西溜池」があり、どちらも「公園」が設置されています。
 「西溜池」には「池」を渡る「橋」や、「遊歩道」が完備されており、散歩する人々が多く見受けられ、「北側」には「アスレチック」も整備され、「旭市民」の「憩いの場」として賑わっています。

 「溜池」の「東」にある「袋東公園」の「溜池」は「へら鮒」の「釣り場」としても有名で、毎年「春」と「秋」に「釣り大会」が行われています。
 「釣り大会」は「袋の溜池へら鮒釣り大会」として開催され、「旭市」内外から「大勢」の「太公望(たいこうぼう)」が訪れ、「釣果」を競っています。

 「ヘラブナ」は、「ゲンゴロウブナ」の「体高」の「異常」に高い「突然変異体」を育て品種改良されたもので、「カワチブナ」の「別称」、単に「ヘラ」ともよばれ、「釣り」の「対象魚」です。
 「ゲンゴロウブナ」(源五郎鮒・学名Carassius cuvieri)は、「コイ目コイ科コイ亜科フナ属」の「淡水魚」です。

 「ヘラブナ釣り」ですが、昔から

 「釣りはフナにはじまりフナに終わる」

 と言い習わされてきましたが、「始まり」の「フナ」は「マブナ」で、「終わり」の「フナ」は「ヘラブナ」であるなどとも言われています。
 「釣り」の「難易度」と「釣趣」で「鮎とへらは最高峰」とも言われていますが、「釣り堀」や「管理釣り場」であれば「初心者」でも比較的容易に楽しむことができるそうです。

 反対に、「野池」や「ダム湖」などに放流されて「半野生化」したものや、「自然」に繁殖し成長した「地べら」は「警戒心」が強く、「魚影」も薄いため釣り上げるのが「困難」であることが多いですが、「自然」の中に遊ぶという「釣り」本来の「趣向」を持ち合わせており「愛好者」も多いそうです。

 「袋の溜池秋のへら鮒釣り大会」(2012年10月26日・2011年10月22日・2010年10月22日のブログ参照)は、「旭市」の「秋」の「恒例」の「釣り大会」です。
 「袋の溜池のへら鮒釣り大会」は、毎年「春」(4月)と「秋」(10月)の2回行われています。
 「袋の溜池春のへら鮒釣り大会」(2013年4月17日・2011年4月15日のブログ参照)と「袋の溜池秋のへら鮒釣り大会」では「ルール」は同じで「釣ったヘラブナ」の「総重量」で「順位」を決定するそうです。

 「袋東公園」「袋東ため池」で開催される「恒例」の「釣り大会」「袋の溜池秋のへら鮒釣り大会」。
 この機会に「旭市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「袋の溜池秋のへら鮒釣り大会」詳細

 開催日時 10月27日(日) 5時30分(受付開始)〜

 開催会場 袋東ため池  袋東公園 旭市鎌数4013

 参加費  1000円(中学生以下800円)

 問合わせ 秋のへら鮒釣り大会事務局 0479-63-9077

 備考
 「袋の溜池秋のへら鮒釣り大会」の「参加費」には、「弁当代」も含まれています。
 「ゲンゴロウブナ」(ヘラブナ)は、本来は「琵琶湖」の「固有種」ですが、現在では「人為放流」によって「日本全国」に分布しています。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1866 |
| 地域情報::旭 | 09:47 PM |
「やさしい航空のはなし」「客室乗務員のおはなし」(芝山町)
 本日ご紹介するのは、近隣市「芝山町」「航空科学博物館」で10月27日(日)に開催されます「やさしい航空のはなし」「客室乗務員のおはなし」です。

 「航空科学博物館」(2011年6月7日のブログ参照)は、「成田国際空港」(2012年12月10日のブログ参照)に隣接した「山武郡」「芝山町」にある「日本最初」の「航空専門」の「科学博物館」です。
 1989年(平成元年)8月1日に開館した「航空科学博物館」には、「館内施設」に「本格的」な「飛行機」の「展示物」の数々を見ることができたり、「マニア」垂涎の「航空機器」展示、「屋外展示場」に「各種航空機」を10機以上を展示、また「エアロコマンダー680」、「R-22」、「セスナ175」などの「プロペラの回る飛行機」や「ヘリコプター」に搭乗できる「有料体験装置」があります。

 「航空科学博物館」には、「大型旅客機」の「シュミレーション」「DC-8シュミレーター」(当分の期間休止中)や「パイロット気分」で「コックピット」に乗り込むことのできる「747-400大型可動模型」などがあります。
 また「航空科学博物館」「展望台」(展望室)では「ガイド」の「説明」を参考にしながら「成田国際空港」に離着陸する「航空機」を観ることができます。

 「客室乗務員」は、「交通機関」の「運行」(運航)中、「主」として「客室」における「乗客」への「接客サービス」に従事する「乗務員」です。
 「客室乗務員」は、「運航中」の「旅客機」の「客室」において「乗客」への「接客サービス」や「緊急時」の「誘導」などを行う「乗務員」は「キャビンクルー(cabincrew)」、「フライトアテンダント(flght attendant)」と呼ばれます。
 「日本」の「TV」等で使用している「CA」ないし「キャビンアテンダント」は「和製英語」として生まれたそうです。

 「客室乗務員」の「業務内容」ですが、「主」に「機内サービス」や「機内清掃」、「保安業務」や「緊急時対応」などの「業務」を「主」に行っています。
 「日本」の「大手航空会社」の場合、「新人」は「入社後」2、3年程度「国内線」のみを担当し、その後「国際線移行訓練」を受けてから「国際線」も担当します。
 なお、「外国航空会社」の「日本人乗務員」は、「日本人乗客対応」が「主」な「採用」、「乗務理由」であることもあり、「本拠地」と「日本」を往復する「路線」のみを担当する「ケース」が多いようです。
 なお「客室乗務員」の「業務」の多くが「機内サービス」であるにもかかわらず、「日本」や「欧米諸国」の「航空会社」の「客室乗務員」の「労働組合」の多くは、「会社側」との「賃金」および「待遇交渉上」の「観点」から「サービス要員」ではなく、「保安要員」であることを強調していますが、これらの「労働組合」は本来「保安要員」として「女性」より適している「男性客室乗務員」の「増員」をほとんど主張していないそうです。
 また「男性客室乗務員」が搭乗している場合、「厨房内」の「仕事」や「力仕事」などの「業務」に回される「ケース」が多いですが、「日本」の「航空会社」の場合「男性客室乗務員」の「数」が「非常」に少なく、特に「日本人」の「男性客室乗務員」が乗務していない「ケース」も多いそうです。

 「客室乗務員」の「乗務人数」ですが、「各国」の「法令」で「機材」の「仕様」(ドア数)や「座席数」、「飛行時間」により「最低乗務人数」が決められています。
 (実際に搭乗している「乗客数」にかかわらず、固定されています。)
 通常は「乗客」約50名に対して「客室乗務員」が1名以上、それ以上の「大きさ」の「機材」の場合は「ドア数」に合わせた「人数」が乗務することが「基本」となっており、「国際線」ではそれを「基本」にして「旅客数」や「サービス内容」に応じて「サービス要員」として「人数」が増えます。
 通常は、「近距離」向け「ターボプロップ機」の「ボンバルディアDHC-8シリーズ」の場合1〜2人、「中型ジェット機」の「ボーイング737」や「エアバスA320」の場合は6〜10人、「超大型ジェット機」の「ボーイング747型機」の場合は、「国内線」は12人程度、「国際線」は14〜28人程度乗務しています。
 また「日本国内」においては、「定員」が19人以下の「機種」(ビーチクラフト1900Dやブリテン・ノーマンアイランダーなど)には「客室乗務員」を乗務させる「必要」はないそうです。

 「やさしい航空のはなし」「客室乗務員のおはなし」ですが、10月27日(日)13時から「航空科学博物館」「館内」1F「多目的ホール」で開催される「講演会」です。
 「やさしい航空のはなし」「客室乗務員のおはなし」の「内容」ですが、「客室乗務員」を「講師」に迎え、「仕事」の「魅力」や「体験談」など「生」の「声」を聞くことのできる「講演会」となっています。
 「航空科学博物館」では、特に将来「客室乗務員」を目指している方には、「貴重」な「機会」となりますので是非「ご参加」下さいと呼びかけています。
 なお、「やさしい航空のはなし」「客室乗務員のおはなし」は、「入館料」のみの「講演会」だそうです。

 「日本最初」の「航空専門」の「科学博物館」「航空科学博物館」で開催される「航空科学博物館」ならではの「講演会」「やさしい航空のはなし」「客室乗務員のおはなし」。
 この機会に「芝山町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「やさしい航空のはなし」「客室乗務員のおはなし」詳細

 開催日時 10月27日(日) 13時〜

 開催会場 航空科学博物館 山武郡芝山町岩山111-3

 開館時間 10時〜17時(入館は〜16時半)

 休館日  月曜日(祝日の場合は翌日)

 入館料  大人500円 中高生300円 4歳以上〜小学生200円

 問合わせ 航空科学博物館 0479-78-0557

 備考
 「航空科学博物館」の「DC-8シミュレーター」は、「コンピュータ」・「電気系統」の「不具合」により「DC-8シミュレーター」の「運航」を「当分の期間」、「休止」となるそうです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1861 |
| 地域情報::成田 | 10:57 AM |
「日本寺平家物語公演」(多古町)
 本日ご案内するのは、近隣市「多古町」「日本寺(にちほんじ)」で10月27日(日)に開催されます「日本寺平家物語公演」です。

 「日本寺」(2012年6月30日のブログ参照)は、「香取郡」「多古町」にある「本山」「由緒寺院」で、「山号」は「正東山」です。
 「日本寺」は1319年(元応元年)12月1日に「開基」され、「中山法華経寺」「三世」の「日祐上人」により建立されました。
 「日本寺」の「御本尊」ですが「釈迦牟尼仏」で、「日蓮宗」の「名刹」のひとつです。

 「日本寺」は、「仏教史上」有名な「日蓮宗」の「檀林」(学校)の「中村檀林」として慶長4年(1599年)から明治8年(1875年)の「廃檀」するまで270余年間「隆盛」を極め、「飯高檀林」(2011年10月7日・4月22日・2010年10月9日のブログ参照)とともに知られています。
 「日本寺」には、「15世日円上人」の「学徳」を慕って時には500人を越える「学僧」がここで「討論学習」をしたといわれ、その様子を再現した「新談義絵図講堂」の「図」が残っています。
 「日本寺」「境内」には、8000株もの「紫陽花(あじさい)」(2011年6月12日のブログ参照)が並んでおり、「種類」によって「咲き方」、「色の変化」が違っており、色鮮やかな「紫陽花」が咲き誇っているそうです。
 「日本寺」は、「紫陽花」が咲く時期に、「アジサイ祭り」が行われ、多くの「観光客」、「参拝客」、「地元客」が訪れています。

 「平家物語」は、「平清盛」を中心とする「平家一門」の「興亡」を描いた「歴史物語」で、「平家の物語」として「平家物語」と呼ばれていますが、古くは「治承物語(じしょうものがたり)」の「名」で知られ、「3巻」ないし「6巻」ほどの「規模」であったと推測されています。
 それがしだいに増補されて、13世紀中ごろに現存の12巻の形に整えられたものとものと思われます。
 「平家物語」は、「作者」についは、て多くの「書物」にさまざまな「伝え」があげられていますが、「兼好法師(けんこうほうし)」の「徒然草(つれづれぐさ)」(226段)によりますと、13世紀の「初頭」の「後鳥羽院(ごとばいん)」のころに、「延暦寺(えんりゃくじ)」の「座主」「慈鎮和尚(じちんかしょう)」(慈円)のもとに「扶持(ふち)」されていた「学才」ある「遁世者(とんせいしゃ)」の「信濃前司(しなのぜんじ)行長(ゆきなが)」と、「東国出身」で「芸能」に「堪能(たんのう)」な「盲人生仏」なる「者」が協力しあってつくったとされています。
 「後鳥羽院」のころといえば、「平家一門」が「壇ノ浦」で滅亡した1185年(寿永4年)から「数十年」のちということになりますが、そのころには「この書」の「原型」がほぼ形づくられていたとみることができます。
 この「徒然草」の「記事」は、たとえば「山門」のことや「九郎義経(くろうよしつね)」のことを詳しく記している半面、「蒲冠者範頼(かばのかじゃのりより)」のことは「情報」に乏しくほとんど触れられていないとしているところなど、現存する「平家物語」の「内容」と符合するところがあり、「生仏」という「盲目」の「芸能者」を介しての「語り」との「結び付き」など、「この書」の「成り立ち」について「示唆」するところがすこぶる多いそうです。
 ことに注目されるのは、「仏教界」の「かかわり」の深い「慈円」(慈鎮)のもとで、「公家(くげ)出身」の「行長」と「東国」の「武士社会」との「かかわり」の深い「生仏」が提携して事にあたったとしていることで、そこに他の「古典作品」とは異なる「本書」の「成り立ち」の「複雑さ」と「多様さ」が示されています。

 「波紋音(はもん)」は、「鉄」の「作家」・「斎藤鉄平」氏の「作品」で、「鉄」の「円筒」を作り、その「上面」にいくつもの「切れ込み」が入っており、それを叩くと、「平均律」とは違った「複雑」な「音階」が発生します。
 「波紋音」は、「楽器」としてだけでなく、「美術的価値」も高く、1999年(平成11年)〜2003年(平成15年)にかけて制作されています。

 「永田砂知子」(sachiko nagata)さんは、「日本」の「打楽器奏者」、「即興演奏家」で、「鉄」の「スリットドラム」(波紋音)の「ソリスト」として「日本」を中心に「国内外」で活躍されています。
 「永田砂知子」さんは、「ソロ」以外にも「ダンス」、「華道」、「美術」、「語り」など様々な「分野」の「アーティスト」との「コラボレーション」を「積極的」におこなっています。

 「永田砂知子」さんは、幼いころより「ピアノ」に親しみ「クラシック音楽」の「基礎」を学ばれ、13歳より「小宅勇輔」氏に「打楽器」を学び、「東京芸術大学付属高校」を経て「東京芸術大学」「器楽科」・「打楽器専攻」を卒業、「高橋美智子」氏・「有賀誠」氏に師事、卒業後「クラシック」の「分野」で活動していましたが、90年代より「即興ベース」の「吉沢元治」氏との「共演」を「きっかけ」に「即興演奏」により「ボーダレス」な「世界」で活動開始。
 1997年(平成9年)に「芸術家」・「斎藤鉄平」氏が「水琴窟」に「インスピレーション」を受けて創作した「鉄」の「スリットドラム」「波紋音」に出会い、「波紋音」だけを使った「演奏活動」を始められました。
 「永田砂知子」さんは、他にかかわった「美術家」の創作した「サウンドオブジェ」として、1995年(平成7年)〜2005年(平成17年)「金沢健一」氏「音のかけら」、2000年(平成12年)〜「渡辺泰幸」氏「土の音」があります。

 「語り」「金子あい」さんは、1968年(昭和43年)10月26日生まれ、「東京都」出身の「女優」です。
 「金子あい」さんは、「東京芸術大学」「美術学部」「大学院」「デザイン科」修了、「特技」は「仕舞」、「謡」、「語り」、「タンスパフォーマンス」、「日本舞踏」、「殺陣」、「デザイン」だそうです。

 「金子あい」さんは、「インテリアデザイナー」として「活動後」、「自ら」の「身体」で「空間」を表現するべく「俳優」となりました。
 「美術」の「世界」で培った「センス」と、「能」や「新内」、「日本舞踏」から学んだ「古典」の「所作」、「技術」、「精神」をいかし、「舞台」で「独特」の「存在感」を放っています。
 「金子あい」さんは、「女役」をはじめ、「男役」・「中性的」な「役柄」など「キャラクター」の「幅」が広く、「正統」な「古典」の「語り」から「コンテンポラリー」な「パフォーマンス」まで幅広く活躍しています。
 「金子あい」さんは、「能」は「喜多流」・「栗谷明生」氏に、「新内」は「鶴賀流」・「鶴賀若狭掾(つるがわかさのじょう)」(人間国宝)氏に、「日本舞踏」は「林流」・「林千枝」氏に師事しています。

 「日本寺平家物語公演」は、「由緒」ある「日本寺」で行われる「催し」で、昨年(2012年)も公演されました「平家物語」を上映するそうです。
 「日本寺平家物語公演」は、「激動」の「時代」をいきたひとりひとりの「物語」を、「波紋音」とともに鮮やかに語り演じ、「古典」の「言葉」が躍動する美しく「衝撃的」な「舞台」だそうです。

 「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
 沙羅双樹の花の色…」
 ではじまる「平家物語」。
 「琵琶法師」によって語り継がれ、「人々」に読み継がれたこの「物語」は、「源平」の「武者達」をはじめとする「数多く」の「登場人物達」が、厳しい「運命」を見通しながら、静かに「身」を処していった「精神」の「さわやかさ」を、新しい時代を作り出した「人間」の「逞しさ」を、800年経った今もなお、「私たち」に生き生きと語りかけてきます。
 「大好評」だった昨年の「公演」に引き続き、今年も「日本寺」に「平家物語」がやってきます。
 昨年とは異なる「新作章段」を上演。
 「永田砂知子」さんの「魂」に響く「神秘的」な「波紋音」、「金子あい」さんの「ダイナミック」な「語り」。
 「原文」を読んだことがなくてもその「面白さ」をワクワクドキドキ味わえるそうです。

 「歴史上」「有名」な「檀林」のあった「日蓮宗」の「古刹」「日本寺」で開催される「時空」を超えた700年前の「平家物語」の「世界」を「表現」した「催し」「日本寺平家物語公演」。
 この機会に「多古町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「日本寺平家物語公演」詳細

 開催日時 10月27日(日) 14時開演 18時開演(1日2回公演) 開場は開演30分前

 開催会場 日本寺 香取郡多古町南中1820-1

 入場料  1000円 高校生以下500円 (全席自由)

 問合わせ 日本寺 0479-76-3745

 備考
 「日本寺平家物語公演」が行われる「日本寺」では、「境内」の「森」や「紫陽花」を維持管理していくための「日本寺の森再生基金」と、「森」の「一角」に新たに開設する「あじさい庭園」に「記念植樹」を行っていただく「あじさい庭園基金」を受け付けています。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1860 |
| 地域情報::成田 | 10:41 AM |
「親子農業体験」(サツマイモの収穫)(東庄町)
 本日ご紹介するのは、となりまち「東庄町」「千葉県立東庄県民の森」で10月26日(土)に開催されます「親子農業体験」(サツマイモの収穫)です。

 「東庄町」は、「千葉県」の「北東部」、「首都」「東京」から80km圏に位置し、「面積」は46.16平方kmとなっています。
 「東庄町」「中央部」は「平地」で「水田地帯」と「畑」、「丘陵地」は「森林地帯」となっており、「北端」は「利根川」(2011年10月9日のブログ参照)が緩やかに流れています。
 「東庄町」の「年間」の「平均気温」は15.5℃で、「冬」は「東京」より2〜3℃温かく、「夏」は逆に涼しい「まち」です。
 「東庄町」では上記のような「地域特性」を活かし、「農業」が盛んに営まれています。

 「千葉県立東庄県民の森」(2011年4月22日のブログ参照)は、「緑」豊かな「下総台地」(北総台地)(2012年7月10日のブログ参照)にあり、「自然環境」の素晴らしいところにあります。
 「千葉県立東庄県民の森」の「施設」ですが、「テニスコート」、「弓道場」、「バーベキュー広場」、「森林館」(管理事務所)、「ふるさと館」、「芝生広場」、「展望台」、「水鳥観察舎」、「フィールドアスレチック」、「水鳥広場」、「野鳥の広場」などとなっています。
 「千葉県立東庄県民の森」は、「休日」になると「近隣」より多くの「自然」を楽しむ「人々」ですが賑わう「人気スポット」となっています。
 また「千葉県立東庄県民の森」では、「野鳥観察会」や「森のクラフトづくり」等といった「体験」など「毎月」様々な「イベント」が開かれています。

 「サツマイモ」(薩摩芋、学名・Ipomoea batatas)は、「ヒルガオ科」「サツマイモ属」の「植物」、あるいはその「食用部分」である「塊根」(養分を蓄えている肥大した根)で、「別名」に、「甘藷(かんしょ)」、「唐芋(からいも、とういも)」、「琉球薯(りゅうきゅういも)」、「仲間」に、「アサガオ」や「ヨウサイ」(アサガオ菜)があります。

 「サツマイモ」の「概要」ですが、「花」は「ピンク色」で「アサガオ」に似ていますが、「鈍感」な「短日性」であるため「本州」などの「温帯地域」では開花しにくく、「品種」や「栽培条件」によってまれに開花する程度だそうです。
 また、「花」の「数」が少なく「受粉」しにくい上に、「受粉」後の「寒さ」で枯れてしまう事が多い為、「品種改良」では「種子」を効率よく採るために「アサガオ」など数種類の「近縁植物」に接木して、「台木」から送られる「養分」や「植物ホルモン」等の「働き」によって「開花」を促進する「技術」が使われています。

 1955年(昭和30年)に「西山市三」が「メキシコ」で「祖先」に当たる「野生種」を見つけ、「イポメア・トリフィーダ」と名付けたそうです。
 後に「他」の「学者達」によって「中南米」が「原産地」とされ、若い「葉」と「茎」を利用する「専用」の「品種」もあり、「主食」や「野菜」として「食用」にされ、「サツマイモ」の「原産」は「南アメリカ大陸」、「ペルー熱帯地方」とされています。
 「サツマイモ」は、「スペイン人」或いは「ポルトガル人」により「東南アジア」に導入され、「ルソン島」(フィリピン)から「中国」を経て1597年(慶長2年)に「宮古島」へ伝わり、17世紀の初め頃に「琉球」、「九州」、その後「八丈島」、「本州」と伝わりました。
 「サツマイモ」は、「アジア」においては「外来植物」であり、「中国」(唐)から伝来したため、「唐芋」とも呼ばれています。
 「サツマイモ」は、「ニュージーランド」へは10世紀頃に伝播し、「クマラ」(kumara)の「名称」で広く消費されています。
 「サツマイモ」は「西洋人」の「来航前」に既に「ポリネシア域内」では広く栽培されていたため、「古代ポリネシア人」は「南米」までの「航海」を行っていたのではないかと推測されています。

 「親子農業体験」(サツマイモの収穫)は、「千葉県立東庄県民の森」の「イベント」で、10月26日(土)に開催されます。
 「親子農業体験」の「受付時間」は9時00分から「東庄県民の森管理事務所」にて行い、「収穫」・「試食会」を9時30分から12時くらいまで行われるそうです。
 「親子農業体験」の「実施内容」ですが、「サツマイモ」の「収穫」・「石焼イモ試食体験」となっており、「収穫」した「サツマイモ」の「お土産」付きだそうです。
 「親子農業体験」の「参加費」ですが、お1人200円で、「募集」、「参加対象」ですが、20名程度で、「小学生」以上どなたでもとなっています。

 「緑」豊かな「千葉県立東庄県民の森」で開催される「収穫・試食体験」「親子農業体験」(サツマイモの収穫)。
 この機会に「東庄町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「親子農業体験」(サツマイモの収穫)詳細

 開催日時 10月26日(土)9時半〜12時

 開催会場 千葉県立東庄県民の森 香取郡東庄町小南639

 問合わせ 千葉県立東庄県民の森 0478-87-0393

 備考
 「千葉県立東庄県民の森」で開催される「親子農業体験」(サツマイモの収穫)は「雨天」の場合は「中止」となります。

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| 地域情報::香取 | 08:55 PM |
「第130回成田山菊花大会」(成田市)
 本日二つ目にご案内するのは、近隣市「成田市」「成田山新勝寺」で10月20日(日)から11月15日(金)の期間開催されます「第130回成田山菊花大会」です。

 「成田山新勝寺」(2010年11月14日・15日・16日のブログ参照)は、「成田市」にある「真言宗智山派」の「寺」であり、「真言宗智山派」の「大本山」のひとつです。
 「成田山新勝寺」の「御本尊」は「不動明王」で、「関東地方」では「有数」の「参詣人」を集める「著名寺院」で、「家内安全」、「交通安全」などを祈る「護摩祈祷」のために訪れる人も多いそうです。
 「成田山新勝寺」は、「不動明王信仰」の「寺院」のひとつであり、「寺名」は一般には「成田不動」あるいは単に「成田山」と呼ばれることが多い。

 「成田山新勝寺」は、平安時代中期に起きた「平将門の乱」の際、939年(天慶2年)「朱雀天皇」の「密勅」により「寛朝大僧正」を「東国」に遣わしたことに「起源」を持ちます。
 「寛朝大僧正」は、「京」の「高雄山」(神護寺)「護摩堂」の「空海」作の「不動明王像」を奉じて「東国」へ下り、翌940年(天慶3年)、「海路」にて「上総国」「尾垂浜」に上陸、「平将門」を調伏するため、「下総国」「公津ヶ原」で「不動護摩」の「儀式」を行ったそうです。
 「成田山新勝寺」は、この天慶3年を「開山の年」としています。
 「平将門の乱」「平定」の後の永禄年間(1566年(永禄9年))に「成田村一七軒党代表」の「名主」が「不動明王像」を背負って「遷座」されて「伽藍」を建立された「場所」が、現在の「成田市」「並木町」にある「不動塚」周辺と伝えられ「成田山発祥の地」と言われています。
 「成田山新勝寺」は、「また新たに勝つ」という「語句」に因み「新勝寺」と名づけられ、「東国鎮護」の「寺院」となったそうです。

 「成田山新勝寺」「境内」は広く、「新旧」のさまざまな「建造物」が並んで、「庶民」の「信仰」の「場」の「雰囲気」を残しています。
 「成田山新勝寺」では、江戸中期から末期の「建物」である「仁王門」、「三重塔」、「釈迦堂」、「額堂」、「光明堂」の「5棟」が「国」の「重要文化財」に指定されています。
 「成田山新勝寺」の「伽藍」ですが、「JR」および「京成電鉄」の「成田駅」から「成田山新勝寺」への「参道」が伸び、「参道」を10分ほど歩き、急な「石段」を上った先の「台地上」に広がっています。
 「石段」の「途中」に「仁王門」、「石段」を上った先に「正面」に「大本堂」、その手前「右手」に「三重塔」、「鐘楼」、「一切経蔵」などが建っています。
 この他、「大本堂」の「左手」に「釈迦堂」、「大本堂」「背後」の「一段」高くなった「地」には「額堂」、「光明堂」、「開山堂」、「平和の大塔」(2012年5月7日のブログ参照)などが建っており、「成田山新勝寺」「境内」の「東側」は「広大」な「成田山公園」(2011年11月8日・2010年11月12日のブログ参照)になっています。

 「成田山菊花大会」(2011年10月23日のブログ参照)は、明治16年(1883年)から続く「伝統行事」で、「成田山菊花会」の「ご奉納」による「盆栽」や「懸崖(けんがい)」、「鉢物」、「着付け」、「福助作り」、「切花」など「多種多様」な「菊花」が約1ヶ月間展示されています。
 「成田山菊花大会」ですが、今年(2013年)で「130回目」を迎える「由緒」ある「菊花大会」となっています。
 ちなみに「懸崖」とは、「盆栽樹形」のひとつで、「樹」の「先端部分」が「鉢縁」よりも「下」にあるものを総じてこう呼ばれているものです。

 「第130回成田山菊花大会」は、「成田山新勝寺」「大本堂」周辺を「会場」「展示場所」にして行われ、「展示期間」は10月20日(日)から11月15日(火)まで開催されています。
 「第130回成田山菊花大会」「境内」(光輪閣周辺)に奉納・展示された「菊」の「見頃」ですが、特に11月に入ってから「菊花」の「見頃」となり、「成田山参詣客」のほか、「七五三」の「お祝い」などで訪れる「家族連れ」など多くの「人」が、その「見事さ」に「感嘆」の「声」をあげながら観賞しているそうです。
 「江戸菊」、「厚物」、「一文字」、「大掴み」など、「第130回成田山菊花大会」「部門別」の「展示会場」前では、「優等首席」、「次席」、「参席」等の「表彰」がつけられた、「見事」な「出来映え」の「菊」とともに、「第130回成田山菊花大会」には、「記念」の「写真」を撮ろうと多くの「人たち」で集まり、賑わうそうです。

 「由緒」ある「北総」の「名刹」「成田山新勝寺」で行われる「伝統」の「菊花展」「第130回成田山菊花大会」。
 この機会に「成田市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「第130回成田山菊花大会」詳細

 開催期間 10月20日(日)〜11月15日(金)

 開催会場 成田山新勝寺 成田市成田1

 問合わせ 成田山新勝寺 0476-22-2111

 備考
 「成田市」では、「宗吾様」を祀る「古刹」「宗吾霊堂」「鳴鐘山東勝寺」(2010年12月23日のブログ参照)でも「宗吾霊堂菊花大会」が開かれています。
 「宗吾霊堂菊花大会」の「展示期間」ですが、10月20日(日)から11月25日(月)の期間となっており、「宗吾霊堂」「鳴鐘山東勝寺」「境内」では、「愛好家」の「皆さん」が丹精込めて咲かせた「菊の花」が凛として清々しく、華やいだ「雰囲気」に包まれるそうです。

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| 地域情報::成田 | 05:37 PM |
「第29回門前・軽トラ市」(銚子市)
 本日ご紹介するのは、地元「銚子市」「銚子銀座通り」(ココロード銚子)で10月20日(日)に開催されます「第29回門前・軽トラ市」です。

 「門前・軽トラ市」の「会場」である「銚子銀座通り」(ココロード銚子)(2011年10月1日のブログ参照)は、「銚子漁港」(2012年1月24日のブログ参照)や「飯沼観音」(2010年11月24日のブログ参照)の近くにある「通り」で、「通り」に面した「銚子銀座通り商店街」は「飯沼観音」の「門前町」として栄えた「商店街」です。
 「銚子銀座通り」(ココロード銚子)は、平成9年(1997年)に行われました「マイロード事業」により「道路の舗装」や「モダンな街灯」に一新されています。

 一昨年(おととし)(2011年)6月5日に「第1回門前・軽トラ市」(2011年6月3日のブログ参照)が開催されてから「3年目」の「シーズン」に突入した「門前・軽トラ市」。
 「門前・軽トラ市」は、毎月「第4日曜日」恒例の「イベント」として、「地元」「銚子市」はもとより、「近隣市町」から様々な「産品」が持ち寄られ、毎回「テーマ」を設け、賑やかに開催されています。
 (初回(第1回目)は「第1日曜日」に開催されました。)
 ちなみに「門前・軽トラ市」とは、「銚子銀座通り」(ココロード銚子)を「歩行者天国」にして「地元野菜」、「海産物」、「工芸品」、「お総菜」など「満載」の「軽トラ」で販売している「市」(イベント)です。

 今回行われる「第29回門前・軽トラ市」は、「ハロウィン蘇れ港町のゾンビたちよ!」と題し、開催されます。
 「第29回・門前軽トラ市」「ハロウィン蘇れ港町のゾンビたちよ!」ですが、「ハロウィン」にちなんだ「イベント」が行われ、「プランバ銚子バトン教室」による「演技」、「キッズダンス」、「銚子元気娘。」の「ステージ」、「ハロウィンコンテスト」となっています。
 「プランバ銚子バトン教室」による「演技」では「元気」に踊り「ハロウィン」を盛り上げ、「キッズダンス」の「ダンスパフォーマンス」、「銚子元気娘。」の「ステージ」、「ハロウィンコンテスト」と「特別銚子観光大使」に委嘱された「銚子元気娘。」と一緒に「ハロウィンイベント」を楽しめるそうです。
 「門前・軽トラ市」を「主催」しています「門前・軽トラ市実行委員会」では
 「みなさん、ハロウィンにちなんだ仮装やメイクをして軽トラ市に遊びに来てね!」
 と呼びかけています。
 (イベントスケジュールは下記「詳細」参照)

 ちなみに「ハロウィン」(Halloween,Hallowe'en)ですが、毎年「10月31日」に行われる「古代ケルト人」が「起源」と考えられている「祭り」のことで、もともとは「秋の収穫」を祝い、「悪霊」などを追い出す「宗教的」な「意味合い」のある「行事」で、「歴史的」に「イギリス」や「アイルランド」など「アングロ・サクソン系諸国」で祝われていますが、現代では特に「アメリカ」で「民間行事」として定着して、本来もっていた「宗教的」な「意味合い」はほとんどなくなっているそうです。
 「ハロウィン」では、「カボチャ」の「中身」をくりぬいて「ジャック・オー・ランタン」を作って飾ったり、「子どもたち」が「魔女」や「お化け」に仮装して近くの「家々」を訪れて「お菓子」をもらったりする「風習」などがあります。

 「ハロウィン」ですが、「ケルト人」の「1年の終わり」は「10月31日」で、この夜は「死者の霊」が「家族」を訪ねてくると信じられていましたが、「時期」を同じくして出てくる「有害」な「精霊」や「魔女」から「身」を守るために「仮面」を被り、「魔除け」の「焚き火」を炊いていました。
 これに因み、「31日」の「夜」、「カボチャ」(本来は「カブ」。「スコットランド」では「カブ」の一種の「スィード(swede)」を用います。)をくりぬいた中に「蝋燭(ろうそく)」を立てて「ジャックランタン(Jack-o'-lantern)」を作り、「魔女」や「お化け」に仮装した「子供達」が近くの「家」を1軒ずつ訪ねては「トリック・オア・トリート(Trick or treat.ご馳走をくれないと悪戯するよ)」と唱えます。
 「家庭」では、「カボチャ」の「菓子」を作り、「子供たち」は貰った「お菓子」を持ち寄り、「ハロウィン・パーティー」を開いたりし、「お菓子」がもらえなかった場合は「報復」の「悪戯」をしてもよいということになっているそうです。

 「ハロウィン」の「語源」は、「カトリック教会」で「11月1日」に祝われる「諸聖人の日」(古くは「万聖節」とも)の「前晩」にあたることから、「諸聖人の日」の「英語」での「旧称」「All Hallow」の「eve(前夜)」、「Hallow eve」が訛(なま)って、「Halloween」と呼ばれるようになったとされています。
 「諸聖人の日」は、7世紀頃までは「5月13日」に祝われていましたが、「ケルト人」が「自然崇拝」から「ケルト系キリスト教」を経て「カトリック」へと改宗する「過程」で「ケルトの収穫祭」に合わせて「カトリック教会」が「諸聖人の日」を「11月1日」に設定したとされています。
 「カトリック教会」では、「諸聖人の日」は「祭日」としていますが、「10月31日」の「ハロウィン」は「祭日」ではなく「典礼暦」(教会暦)にも入っておらず、「教会」の「宗教行事」・「公式行事」として行われることはないそうです。
 「カトリック教会」を含め「キリスト教」の多くの「教派」・「教会」では、「信徒」が「民間行事」として楽しむことを容認していますが、「プロテスタント」では多様な「見解」があり、いくつかの「福音派」は「否定的」だそうです。

 その他「第29回門前・軽トラ市」では、13時30分から15時00分まで、今「話題」の「タブレット」、「NTT東日本」「無料体験教室」を開催するそうです。
 また「第29回門前・軽トラ市」では、すっかり「お馴染み」となった「銚子ご当地グルメ」販売も実施されているそうです。
 (「銚子ご当地グルメ」は、「銚子銀座商店街振興組合」HPを参照下さい。)

 「銚子銀座通り」(ココロード銚子)で開催される「ハロウィン」にちなんで行われる「第29回門前・軽トラ市」。
 この機会に「銚子市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「第29回門前・軽トラ市」詳細

 開催日時 10月20日(日) 10時〜15時

 開催会場 銚子銀座通り(ココロード銚子) 銚子市新生町1

 「イベントスケジュール」

 10時00分〜10時45分 プランバ銚子バトン教室による演技(全8曲)

 11時00分〜11時30分 キッズダンスによるダンスパフォーマンス

 11時30分〜     銚子元気娘。のステージ

 12時00分〜12時30分 ハロウィンコンテスト

 問合わせ 門前軽トラ市実行委員会 
      銚子銀座商店街振興組合 0479-25-1666

 備考
 「第29回門前・軽トラ市」は、「第3日曜日」の開催でしたが、「第30回門前・軽トラ市」は通常通り、「第4日曜日」の11月24日(日)に開催されます。

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| 地域情報::銚子 | 07:02 AM |
「東大社やぶさめ神事」(東庄町)
 本日ご案内するのは、となりまち「東庄町」「東大社」で10月20日(日)に開催されます「東大社やぶさめ神事」です。

 「東大社」(2011年4月24日のブログ参照)は、「香取郡」「東庄町」にある「神社」で、「旧社格」は「県社」、「御祭神」ですが、「主祭神」が「玉依姫尊(たまよりびめのみこと)」、「鵜葺草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)」を配祀しています。
 ちなみに「玉依姫尊」ですが、、「綿津見大神(わたつみのおおかみ)」(海神)の「子」で「豊玉姫」の「妹」、「鵜葺草葺不合尊」も「豊玉姫」の「子」であり、「玉依姫尊」の「夫」です。

 「東大社」の「由緒」ですが、「景行天皇」が「東国巡幸」の折に、「春臣命」に命じて「一社」を造営、「玉依姫尊」を祀って「東海の鎮護」としたことが「はじまり」であるといわれています。
 以来「東大社」は「歴代天皇」の「崇敬」が篤く、康和4年(1102年)に「堀河天皇」より「総社玉子大明神」の「称号」を受け、享徳3年(1454年)には「後花園天皇」から「勅願」が贈られています。
 「東大社」では、「歴代天皇」のほか、寿永3年(1184年)「源頼朝」が「御厨一処」を寄進し、「徳川家康」も天正19年(1591年)に「神領」10石を寄進したそうです。
 また「東大社」は「下海上」の「総社」として「東荘」(別称「橘荘」、中世「下総国」「海上郡」の「荘園」)の「総氏神」として「遠近」の「信仰」が篤く、特に「東氏」は「社殿」を造営し、あるいは「神領」を奉納するなど代々崇奉したそうです。
 「東大社」は、応永2年(1395年)に「東左馬助胤家」が「社殿」を造営、現在の「社殿」ですが「本殿」は文政9年(1826年)に、「拝殿」は文政10年(1827年)に再建されたもので、「東大社」は、明治6年(1873年)「郷社」に列し、大正8年(1919年)には「県社」に列しています。

 「東大社」の「行事」(神事)ですが、20年毎(ごと)に行われ康和4年(1102年)より始まったといわれている「銚子」「高神の浦」へ「行幸」する「式年三社銚子大神幸祭」(2012年4月12日のブログ参照)があります。
 「式年三社銚子大神幸祭」には、「雷神社(らいじんじゃ)」(2011年9月19日のブログ参照)、「豊玉姫神社」(2012年1月9日のブログ参照)の「神輿」を前後に従え、かつての「東荘33郷」より集まった「氏子」は「時代風俗」の「仮装」にて「所作」を演じつつ「供奉」します。
 かくて「神輿」は「6里」の「沿道」の「奉迎」をうけつつ「高神」の「海中」に「神幸」し、その「儀」は「勇壮盛大」だそうです。
 「東大社」では、その他「秋の例祭」として10月20日に「流鏑馬神事」(2012年10月18日・2011年10月18日のブログ参照)が行われています。

 「流鏑馬」とは、疾走する「馬上」から「的」に「鏑矢(かぶらや)」を射る「日本」の「伝統的」な「騎射」の「技術」・「稽古」・「儀式」のことをいいます。
 「流鏑馬」では「馬」を馳せながら「矢」を射ることから、「矢馳せ馬(やばせうま)」と呼ばれ、「時代」が下るにつれて「やぶさめ」と呼ばれるようになったといわれています。
 「流鏑馬」を含む「弓馬礼法」は、896年(寛平8年)に「宇多天皇」が「源能有」に命じて制定され、また「右中記」の永長元年(1096年)の「項」などに記されているように、「馬上」における「実践的弓術」のひとつとして平安時代から存在しました。

 「関白」「藤原忠通」によって「春日大社」「若宮」の「社殿」が改築され、保延2年(1136年)3月4日「春日」に詣で、「若宮」の「社参」(中右記・祐賢記文永10・2・26条)し、9月17日始めて「春日若宮おん祭」を行い、「大和武士」によって今日まで「流鏑馬十騎」が奉納され続けてきました。
 (右中記・一代要記)

 「吾妻鏡」には、「源頼朝」が「西行」に「流鏑馬」の「教え」を受け復活させたと記されています。
 鎌倉時代には「秀郷流」と呼ばれる「技法」も存在し、「武士」の「嗜(たしな)み」として、また「幕府」の「行事」に組み込まれたことも含めて盛んに「稽古」・「実演」されました。
 「北条時宗」の執権時代までに、「鶴岡八幡宮」では47回の「流鏑馬」が納められたとされています。
 しかし、「個人」の「武勇」に頼っていた時代から、「兵法」や「兵器」が進化して「足軽」や「鉄砲」による「集団戦闘」の時代である室町時代・安土桃山時代と、時が経つに従い、一時廃れてしまったそうです。

 江戸時代に入り、享保9年(1724年)、時の「将軍」「徳川吉宗」の「命」を受けた「小笠原流」20代「小笠原貞政」は、「小笠原の伝書」を研究し新たな「流鏑馬制定」、「古式」と共に奥勤めの「武士達」に「流鏑馬」、「笠懸」の「稽古」をつけました。
 享保13年(1728年)、「徳川家重」の「世嗣ぎ」のために「疱瘡治療祈願」として「穴八幡宮」北の「高田馬場」(現在の「東京都」「新宿区」「西早稲田三丁目」)にて「流鏑馬」を執り行い、これを奉納したそうです。
 (この10年後、無事疱瘡治療祈願成就した折に報賓として再び行われ、その様子を絵巻にしたものが「流鏑馬絵巻」です。)
 この後、「将軍家」の「厄除け」、「誕生祈願」の際などに度々「流鏑馬」が行われるようになりました。
 明治維新を経て「幕府解体」、また「第二次世界大戦」と以後の煽りを受けるなど三度の「衰退」を見ますが、「戦後」に復興し、現在に至ります。
 現在、「流鏑馬」は「神社」の「神事」として、「日本」の「各地」で盛んに行われ、「観光」の「目玉」となっています。

 「東大社やぶさめ神事」ですが、今から約900年前から始まったと伝えられ、昔は「鎧(よろい)」、「直垂(ひたたれ)」を着けた「射手」が「乗馬」のまま「紅白の矢」を放ち、「奏楽」のうちに「東大社」「社殿」を一周、さらに「第二番」以下の「御的」に向かって「矢」を放つ「勇壮」な「神事」です。
 「東大社やぶさめ神事」は、毎年10月20日に行われています。
 「東大社」のある「東庄町」では「昔」、隣り合わせの「二つの里」が「草刈り」の「境界」のことで「争い」が絶えなかったそうです。
 そこで「幕府」の「役人」の「仲介」で「仲直り」がてきたことから毎年、「東大社」へ奉納する「的」を同じ「寸法」で作られるそうです。
 現在「東大社やぶさめ神事」では、「馬」が「手」に入らなくなったため、「騎射装束」の「神官」(神職)が「東大社」「社殿」の「庭」から「矢」を射る形に変わっており、「東庄33郷」の「村々」により奉納された「的」13本を狙うそうです。
 なお「的」には「国家安泰」・「五穀豊穣」と書かれています。

 「東大寺やぶさめ神事」で放たれた「矢」を拾うと「子供」が授かる、「幸運」の「恵み」があるとされ、放たれた「縁起」の良い「矢」を競いあって取り合いますが、この「矢」を拾うと「白い矢」は「男の子」、「赤い矢」は「女の子」が授かるともいわれています。
 「東大社やぶさめ神事」の「神事」が終了後、「三枚合わせ」の「中板」を交換して「仲直り」を「再確認」することが、今日まで二百数十年続いているそうです。
 また「東大社やぶさめ神事」当日には「弓道大会」や「剣道大会」も催されるそうです。

 「東庄」の「古社」「東大社」で開催される「古式」ゆかしき「神事」「東大社やぶさめ神事」。
 この機会に「東庄町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「東大社やぶさめ神事」詳細

 開催日時 10月20日(日) 14時〜

 開催会場 東大社 香取郡東庄町宮本434

 問合わせ 東庄町まちづくり課 0478-86-6075
      東大社 0478-86-4405

 備考
  毎年10月20日に行われている「東大社やぶさめ神事」は、「堀河天皇」の「御代」の康和年間(985年〜996年)に始まったとされ、この「矢」を拾うと「幸運」が訪れるとされています。

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| 地域情報::香取 | 08:02 PM |
「第33回成田山雅楽演奏会」(成田市)
 本日ご案内するのは、近隣市「成田市」「成田山新勝寺」で10月20日(日)に開催されます「第33回成田山雅楽演奏会」です。

 「成田山新勝寺」(2010年11月14日・15日・16日のブログ参照)は、「成田のお不動さま」の「愛称」で親しまれている「寺院」で、「真言宗智山派」の「大本山」です。
 「成田山新勝寺」は、1000年以上の「歴史」をもつ「全国有数」の「霊場」で、「成田」を代表する「観光地」であり、「正月3が日」には約300万人、「年間」約1000万人以上の「参拝客」が訪れます。

 「成田山新勝寺」「開山の祖」「寛朝大僧正(かんちょうだいそうじょう)」は、延喜16年(918年)に生まれ、天慶3年(940年)「平将門の乱」を鎮めるため「朱雀天皇」の「勅命」により「関東」に下り、この地に「成田山新勝寺」を開山されたそうです。
 「寛朝大僧正」は、「皇室」との「血縁」もある大変に「格」の高い「僧侶」で、後に「真言宗」初めての「大僧正」に任じられ、「成田山新勝寺」の他にも「京都」に「遍照寺」を開山しておられます。
 「寛朝大僧正」は、当時としては「第一級」の「文化人」で「芸事」にも秀で、「東密声明」の「中興の祖」とも言われています。
 「声明(しょうみょう)」とは「日本」の「伝統音楽」のひとつで、「仏典」に「節」をつけて唱え、「儀式」に用いられる「宗教音楽」のことで、「寛朝大僧正」は、「空海」が伝えたものを基礎とした、「真言声明」の「作曲」・「整備」につとめたと言われています。

 「成田山新勝寺」では、毎年「10月第3日曜日」に「成田山雅楽部」による「雅楽演奏会」を開催しています。
 「成田山雅楽部」は「成田山新勝寺」の「職員」により組織され、「成田山新勝寺」「大本堂」における「特別大護摩供」や「各種大法要」において「奏楽」をしています。
 この「成田山雅楽演奏会」(2012年10月19日・2011年10月11日・2010年10月14日のブログ参照)は「入場無料」となっており、このような「本格的」な「雅楽」の「公演」を「目の前」でどなたでもご覧いただくことができるのは、大変貴重な機会と言えます。

 「雅楽」は、5世紀前後から「中国」や「南アジア」などの「大陸」から、「儀式用」の「音楽」や「舞踏」が伝わるようになり、大宝元年の「大宝令」によってこれらの「音楽」とあわせて「日本古来」の「音楽」や「舞踏」を所管する「雅楽寮」が創設されたのが始まりであるとされ、現在でも大規模な「合奏形態」で演奏される「伝統音楽」としては「世界最古」の「儀式」であるといわれています。
 平安時代中期には、「公家」や「皇族」といった「人達」が「自分」の「趣味」や「教養」のために、「雅楽」を「演奏」をしていたといわれ、現在のように「専門」の「楽師」が演奏するようになったのは、ずっと後の「時代」となってからといわれています。

 「第33回目」を迎える今回の「第33回成田山雅楽演奏会」は「2部構成」で、「前半」に「管弦(かんげん)」、「後半」に「舞楽(ぶがく)」をご覧いただけます。
 「管弦」は「三管両弦三鼓」の「構成」で、「笙(しょう)」・「篳篥(ひちりき)」・「龍笛(りゅうてき)」の「三管」、「琵琶(びわ)」・「箏(そう)」の「二弦」、「鞨鼓(かっこ)」・「太鼓(たいこ)」・「鉦鼓(しょうこ)」の「三鼓」によって奏され、「舞」を伴わずに「楽器」だけで演奏されます。
 「舞楽」とは、「中国」や「朝鮮」から伝わり、平安時代に「宮中」の「式楽」として整えられた「舞」を伴う「音楽」のことです。
 「舞楽」では「笙」・「篳篥」・「龍笛」などの「管楽器」と「鉦鼓」・「太鼓」・「鼓(つづみ)」などの「打楽器」にあわせて、「彩り」鮮やかな「衣装」や「面」を「身」にまとい、ひとつひとつの「動作」、「指先」にまで「気持ち」が込められた「雅楽」の「舞」を堪能できるそうです。

 「第33回成田山雅楽演奏会」「演目」ですが、「管弦」「雙調」(双調・そうじょう)、「酒胡子(しゅこし)」、「胡飲酒破(こんじゅのは)」、「舞楽」「打球楽(たきゅうらく)左舞」、「還城楽(げんじょうらく)右舞」となっています。

 「雙調」(双調・そうじょう)ですが、演奏される「楽曲」の属する「調子」の「雰囲気」を醸し出し、「楽器」の「音程」などを整える「意」を含み演奏される「前奏曲」となる「音取(ねとり)」が、まず始めに演奏されます。
 この「音取」では、「笙」・「篳篥」・「龍笛」・「琵琶」・「箏」の「順」に奏されます。
 「洋楽」で言う「ハ長調」といった「意味合い」の「調子」が、「雅楽」においては「表調(ひょうじょう)」・「壹越(いちこつ)」・「双調(そうじょう)」・「黄鐘(おうしき)」・「盤渉(ばんしき)」・「太食(たいしき)」というように「六調子」あります。
 このうち「双調」は、「双調」という「音」(G音)を「基音」とした「調子」で、「音階」は「平調」(G)・「黄鐘」(A)・「盤渉」(H)・「神仙」(C)・「壹越」(D)・「平調」(E)・「勝絶」(F)となります。
 「管弦音義」によりますと、「双調」は「東の方角」「青色」「春」「木」などに当てはめられ、「雅楽」に「なじみ」のない方や「外国人」が聞いた際に、「耳」に「自然」に流れてくるような明るくスッキリとした「印象」の「調子」といわれています。

 「酒胡子(しゅこし)」という「曲」は、「中国」「唐代」の「貴人」が「酒」を飲む時に奏されたといわれています。
 「日本」に伝わると、「堀河天皇」の頃(1090年)に「双調」から「壱越調」への「移調」も行われ、「法要楽」において「頻繁」に奏されています。

 「胡飲酒破(こんじゅのは)」ですが、「胡飲酒(こんじゅ)」は、「別名」で「酔胡楽(すいこらく)」または「宴飲楽(えんいんらく)」などと「古楽書」に記載のある「楽曲」で、「唐楽」での「原曲」は「壱越調」に属しており「舞」が伴います。
 今回奏される「双調」に移調された「楽曲」は「舞」を伴いませんが、「林邑八楽(りんゆうはちがく)」(天平8年(736年))8月に、「天竺」(現在の「南インド」)の「婆羅門僧正(ばらもんそうじょう)」の「名」で「有名」な「菩提僊那(ぼだいせんな)」と、「林邑」(現在の「南ベトナム」)の「僧」「仏哲」とが「日本」に渡来し、「大安寺」で「四天王寺」の「楽人」に伝えた「菩薩(ぼさつ)」・「迦陵頻(かりょうびん)」・「抜頭(ばとう)」・「陪臚(ばいろ)」・「万秋楽(まんじゅうらく)」・「蘭陵王(らんりょうおう)」・「安摩(あま)」・「二舞(にのまい)」・「胡飲酒(こんじゅ)」という8つの「楽曲」のひとつに数えられる「雅楽」の中でも大変「有名」な「名曲」です。
 「古代中国」で「北方」に位置した「胡国」の「王」が「酒」を飲み、酔って舞った「姿」を「舞」にしたものと伝えられています。
 現在伝承されている「楽曲」は、「仁明天皇」の時に改作されたものと言われ、「作曲」は「大戸清上」と伝えられています。
 この「曲」の「楽章」は「序」と「破」が伝承されており、「曲姿」は「小曲」・「古楽」で、今回の「演奏会」で奏される「破」は「早四拍子」、「拍子十四」となっております。

 「舞楽」は、「伝来系統」などの「歴史的背景」、「音楽」や「美術」(「装束」や「舞台」)などの「古代」の「芸術観」や「美意識」などといった「舞踏」の「様式」によって、「左方の舞」(「略称」は「左舞(さまい、さのまい)」)と「右方の舞」(右舞(うまい))の「2種類」に分類されます。
 「古代日本」に伝来した「アジア諸国」の「楽舞」は、9世紀半ば頃には徐々に「日本化」が進み、当時の「宮廷社会」や「寺社」などで演奏される「状況」に適応していく過程で、「中国系統」の「左舞」と、「朝鮮系統」の「右舞」の「2種類」へと「分割再編成」されていったといわれています。

 「打球楽(だきゅうらく)左舞」ですが、「唐楽」の「太食調」に属する「楽曲」です。
 「曲名」が示すとおり、「舞台」中央に置かれ「五色」に彩色された「木製」の「玉」(球子)を、やはり「五色」に彩色された「毬杖(ぎっちょう)」という「先端」の曲がった「スティック」を持った4人の「舞人」が、「円陣」をなして打つ「姿」をかたどった「舞」です。
 「教訓抄(きょうくんしょう)」という「雅楽書」によりますと、往古は80人あるいは40人の「舞人」が「騎馬」でこの「舞楽」を奏したと伝えられておりますので、古くは「イギリス」の「ポロ競技」のような「舞」であったのかもしれません。
 「毬杖」を持った4人の「舞人」が「順」に登場し「舞座」に勢揃いすると、「毬杖」を打ち振り「中央」の「球」を打つ様子を表現しながら「円陣」をなして、ある時は外に広がり、ある時は内に寄りながら旋回し、再びもとの「舞座」に戻ると「毬杖」を振る「舞」が繰り返されます。
 そして「舞人」の1人が中央に進んで「玉取る手」と称される短い「舞」を舞い、「球」を取って懐に収めて膝退しながら「舞座」に戻ると、「舞人達」は「順」に退場していきます。

 「還城楽(げんじょうらく)右舞」ですが、この「曲」が作られた「エピソード」には、「中国」「唐」の「明皇」(玄宗)が「兵」を挙げて「韋后(いこう)」を討って「京師」に還った時に作られたとか、「蛇」を好んで食べる「西夷」の「人」が「蛇」を捕らえて喜び舞う「姿」を模倣してこの「舞」が作られたなど、「諸説」あるといわれています。
 「舞人」は、「頬」と「顎」の動く「赤色」の恐ろしい「顔」の「面」をつけ、「環城楽用」の「赤色裲襠装束」という「装束」を「身」につけ、「右手」に「桴(ばち)」を持って舞います。
 「舞」の途中では「木製」の「とぐろ」を巻いて「かま首」を持ち上げた「蛇」が、「扇」に乗せられて「舞台」の中央に置いて行かれ、「舞人」はこれを見つけて飛び上がって喜ぶ、という「振り付け」があります。
 また「舞」の「後半」には、この「蛇」を「左手」で捕らえて舞い続けます。

 「成田山新勝寺」「第33回成田山雅楽演奏会」。
 この機会に「成田市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「第33回成田山雅楽演奏会」詳細

 開催日時 10月20日(日) 13時〜

 開催会場 成田山新勝寺 光輪閣4F 光輪の間 成田市成田1

 問合わせ 成田山新勝寺 0476-22-2111

 備考
 「第33回成田山雅楽演奏会」は、「開場」12時00分、「開演」13時00分〜14時30分(終了予定)となっており、「入場」は「無料」となっています。

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| 地域情報::成田 | 08:02 PM |
「かみすフェスタ2013」(神栖市)
 本日ご紹介するのは、となりまち「神栖市」「神栖市文化センター」周辺で10月19日(土)・20日(日)に開催されます「かみすフェスタ2013」です。

 「神栖市」は、「茨城県」の「最東南端」に位置する「市」です。
 「神栖市」は、「東」は「太平洋」「鹿島灘(かしまなだ)」(2012年6月16日のブログ参照)に面し、「南」は「利根川」(2011年10月9日のブログ参照)、「常陸利根川」が流れています。
 「神栖市」には、かつて「広大」な「面積」の「池」「神之池(ごうのいけ)」(2012年3月27日のブログ参照)がありましたが、現在は「鹿島開発」のため「一部」を残して「大部分」が埋め立てられています。
 「神栖市」は、隣接する「鹿嶋市」とともに「鹿島臨海工業地帯」を形成しており、「鹿嶋市」・「潮来市」・「鉾田市」・「行方市」とともに「Jリーグ」「鹿島アントラーズ」の「ホームタウン」になっています。

 「神栖市」は、以前「農業」と「漁業」が中心になっていましたが、1960年(昭和35年)に始まった「鹿島開発」によりまして、「世界的」にも珍しい「堀込式人工港」「鹿島港」を「核」に、「鉄鋼」・「石油」を中心とした「重化学コンビナート」の「まち」として発展。
 「神栖市」は、「工場立地企業」からの「税収」により「財政」は豊かで、「福祉」が充実しており「県外」からの「転入者」も多いため、「鹿嶋市」との「広域市町村合併構想」は、「自主財源」の「確保」の「観点」から「反対理由」のひとつであったそうです。

 「神栖市」「旧波崎町地区」は、「太平洋」に面し「夏」涼しく「冬」温暖な「気候」であることから「アウトドアスポーツ」を「観光」の中心に据えており、「海水浴」、「マリンスポーツ」から「サッカー」、「テニス」、「トライアスロン」にいたるまで幅広い「スポーツ」が楽しめます。
 「神栖市」「旧波崎町地区」は、特に「海水浴場」と「サッカー」が有名で、「波崎海水浴場」(2012年7月13日・2011年7月19日のブログ参照)は、「環境省」の「快水浴場百選」に選定されており、「民間」の「サッカーグラウンド」は70面以上有しており、「サッカー合宿」の「メッカ」として「全国的」に有名です。

 「神栖市」の「産業」ですが、上記のように「北部」から「東部一帯」は「鹿島港」及び「鹿島臨海工業地帯」が整備され、「製造品出荷額」は「茨城県」「第1位」となっており、また「サッカー合宿」、「マリンスポーツ」、「海水浴」と「観光業」が「地域条件」を活かし盛んで、「温暖」な「気候」を生かした「ピーマン」は「ブランド品」として高い「評価」を受け、「全国」「第1位」の「生産量」を誇っています。
 また「神栖市」「南部」ですが、「波崎漁港」を中心に「漁業」が盛んで、「水産加工品」などが「特産品」となっており、「商業」を含めた「各産業」がバランス良く形成されています。

 「神栖市文化センター」は、「神栖市」「溝口」にある「公共施設」で、「開館年月日」は昭和56年(1981年)5月23日です。
 「神栖市文化センター」の「施設概要」ですが、「大ホール」、「楽屋」、「リハーサル室」、「屋外ステージ」、「駐車場」となっています。
 「神栖市文化センター」「大ホール」の「収容人数」は1026名(1F席 552名・2F席 474名・内車椅子 6名)、「親子席」5組、「舞台」は「間口」18.5m、「高さ」8m、「奥行」15mとなっています。
 「楽屋」ですが、4室あり、「楽屋1」(和室)は18.6平方m(鏡4・姿見1・洗面1)、「楽屋2」(和室)は29.1平方m(鏡8・姿見1・洗面1)、「楽屋3」(洋室)は25.2平方m(鏡11・姿見1・洗面1)、「楽屋4」(洋室)は62.2平方m(鏡11・姿見2・洗面2)、「楽屋事務室」11.8平方m、「主催者事務室」(正面入口横)24平方m、「シャワー室」2となっています。
 「リハーサル室」は、「公演前」の「リハーサル」や「ホール控え室」として利用されており、「アップライト」・「レッスンバー」常設で、68.4平方mとなっており、「屋外ステージ」は709.1平方m、「駐車場」は378台収容となっています。
 なお「神栖市文化センター」は、「(公財)神栖市文化・スポーツ振興公社」により、管理されているそうです。

 「かみすフェスタ」(2012年10月15日のブログ参照)ですが、一昨年(2011年)まで「産業祭」と「消費生活展」として開催されていましたが、昨年(2012年)から「来場者」が自ら「参加」・「体験」して楽しめる「お祭り」の「開催」を目指し「かみすフェスタ」に生まれ変わったそうです。
 「会場」である「神栖市文化センター」、「神之池陸上競技場」、「神栖市民体育館」周辺には、「お魚」、「農産物」などの「地元の幸」が盛り沢山で、「見て」「食べて」「学べる」「かみすフェスタ」として開催されます。

 「かみすフェスタ2013」ですが、「各団体」・「企業」の「方々」の「協力」により、「学び」と「食」、「憩い」をとおして、誰もが楽しめる「イベント」となっています。
 「かみすフェスタ2013」の「内容」ですが、10月19日(土)・20日(日)の「両日イベント」として「魚の無料配布」「水産加工品の販売」、「茨城県」「つくば市」の「双子のヒーロー」「舞神 双嵐龍(ぶじんソーラードラゴン)」の「キャラクターショー」、「野菜ソムリエ」による「野菜のお話、開発メニューの試食」、「野菜紙芝居」と「ミニトマトすくい」、「ピーマン料理試食」、「野菜、つきたて餅の販売」、「ぽん菓子実演」、「スタンプラリー&抽選会」、「宝探しイベント」、「ビーチスポーツデモ」、「ストリートミュージシャン・ミニステージ」、「フードコート」、「ピーマン鉢植えの展示」、「アイバンク登録」、「エプロンシアター」、「福祉車両の展示、試乗」、「フリーマーケット同時開催」(雨天中止)となっており、10月19日(土)のみ「開催イベント」ですが、「市民カレッジ」「復興支援映画」「天心」「メイキング」・「予告編」等「上映&トーク」
、「市民カレッジ」「NPO法人代表」・「歌手」「庄野真代」氏による「庄野真代講演会」「伝える つながる 広がる心」、「横浜税関」「鹿島税関支署」「音楽隊」による「演奏」、「航空科学博物館」(2011年6月7日のブログ参照)の「職員」による「紙ひこうき教室」、「麻薬探査犬」による「デモンストレーション」、「劇団ぽんた」による「振り込め詐欺防止劇」、「レインボーフェスティバル」「神栖市女性の会」による「芸能発表」、「ゲスト」「車椅子利用者」と「健常者」による「ダンス」の「披露」(ウェルチアダンス研究会クアルト)、「和太鼓の演奏」、「よさこい連合会の演舞」、「認知症メモリーウォーク」、「献血・腎バンク登録」、「行政相談」となっており、10月20日(日)のみの「開催イベント」ですが、「かしま元気プロジェクト」「ごじゃっぺプロレス」、「市民カレッジ」「落語家 林家彦いち講演会」「落語でコミュニケーション」となっています。
 (イベントタイムスケジュールは下記「詳細」参照)

 「かみす市民カレッジ」「復興支援映画」「天心」「メイキング」・「予告編」等「上映&トーク」ですが、この「映画」の「メイキング」・「予告編」等を「DVD」で上映し、その後「天心」「監督」の「松村克弥」さんたちによる「トーク」を行うそうです。
 「復興支援映画」「天心」ですが、「不世出」の「画家」・「横山大観」氏の「師」であり、「日本」の「近代芸術」に大きな「足跡」を残した「画家」「岡倉天心」氏。
 「岡倉天心」氏の「生誕」150年記念にあたる今年、「松村克弥」「監督」によって「映画」「天心」が制作されました。
 「製作途中」の2011年3月、「天心」が晩年「思索」にふけった「北茨城市」・「五浦海岸」の「景勝地」にある「貴重」な「文化遺産」の「六角堂」が「東日本大震災」によって流されてしまいました。
 しかし、「茨城大学」や「地元」の「協力」のもと、「六角堂」は再建され、無事「クランクアップ」したそうです。
 このことが「きっかけ」となり、「復興支援映画」として「地元」と「一体」となった「映画づくり」により「地域」を盛り上げ、「東日本大震災」からの「復興機運」の「向上」につなげたいそうです。

 「かみす市民カレッジ」「復興支援映画」「天心」「メイキング」・「予告編」等「上映&トーク」

 開催日時 10月20日(日) 12時30分〜14時00分

 開催会場 中央公民館小ホール

 入場料無料

 また「かみす市民カレッジ講演会」では、「中央公民館」「2F」「会議室1・2」にて10月19日(土)に「庄野真代講演会」「伝える つながる 広がる心」、翌10月20日(日)に「中央公民館」「2F」「和室」にて「林家彦いち講演会」「落語でコミュニケーション」を開催するそうです。
 「庄野真代講演会」「伝える つながる 広がる心」ですが、「代表曲」「飛んでイスタンブール」で「NHK紅白歌合戦」に「出場」し、「モンテカルロで乾杯」など「多数」の「ヒット曲」を持つ、「歌手」の「庄野真代」氏を「講師」に迎え、「歌」にまつわる「お話」をしていただくそうです。
 「林家彦いち講演会」「落語でコミュニケーション」ですが、「古典」・「新作」問わず数多く手がけるかたわら、「海外」での「落語会」にも参加する「鹿児島県出身」の「落語家」・「林家彦いち」氏を「講師」に迎えて、「落語」にまつわる「お話」をしていただくそうです。
 なお「かみす市民カレッジ講演会」では、「両日」ともに「入場整理券」が必要となり、「当日」の「入場」や「座席」は「先着順」となるそうです。

 「庄野真代講演会」「伝える つながる 広がる心」

 開催日時 10月19日(土) 14時00分〜15時30分 (開場時間 13時30分〜)

 開催会場 中央公民館2F会議室1・2

 「林家彦いち講演会」「落語でコミュニケーション」

 開催日時 10月20日(日) 13時20分〜14時00分 (開場時間12時50分〜)

 開催会場 中央公民館2F和室

 「かみすフェスタ2013」の「開催」に伴い、「会場周辺」の「駐車場」は「混雑」が見込まれ、「臨時駐車場」の利用をお願いしています。
 「臨時駐車場」ですが、「アトンパレスホテル」の「国道124号線」向かいにある「防災公園建設予定地」(約280台(予定))となっています。
 「臨時駐車場」からは「無料シャトルバス」が運行されるそうです。

 「神栖市文化センター」「神之池陸上競技場」から「神栖市民体育館」周辺で開催される「恒例イベント」「かみすフェスタ2013」。
 この機会に「神栖市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「かみすフェスタ2013」詳細

 開催日  10月19日(土) 10時〜16時
      10月20日(日) 10時〜15時

 開催会場 神栖市文化センター  神之池陸上競技場から神栖市民体育館周辺 茨城県神栖市溝口

 問合わせ 神栖市農林課 0299-90-1008
      神栖市商工観光課 0299-90-1105

 備考
 「かみすフェスタ2013」は、「雨天決行」、「荒天中止」となっています。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1855 |
| 地域情報::神栖 | 10:18 PM |

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