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「新年献詠祭披講式」(香取市)
 本日ご案内するのは、となりまち「香取市」「香取神宮」で1月14日(水)に開催されます「新年献詠祭披講式」です。

 「香取神宮」(2010年11月5日・6日のブログ参照)は、「香取市」「香取」に鎮座する「日本屈指」の「神宮」で、「式内社」(名神大社)、「下総国一宮」、「旧社格」は「官幣大社」で、現在は「神社本庁」の「別表神社」です。
 「香取神宮」は、「関東地方」を中心として「全国」に約400社ある「香取神社」の「総本社」であり、「鹿嶋市」の「鹿島神宮」(2010年11月8日・9日・10日のブログ参照)、「神栖市」の「息栖神社(いきすじんじゃ)」(2010年11月7日のブログ参照)とともに「東国三社」(2010年10月23日のブログ参照)の「一社」であり、「宮中」の「四方拝」で遥拝される「一社」です。

 「香取神宮」の「創建」ですが、「神武天皇」の「御代18年」と伝えられ、「香取神宮」の「御祭神」は「日本書紀」の「国譲り神話」に登場し、「鹿島神宮」の「御祭神」「武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)」とともに活躍した「神様」「経津主大神(ふつぬしのおおかみ)」です。
 上記のように「香取神宮」は、「下総国一宮」で、明治以前に「神宮」の「称号」を与えられていたのは、「伊勢神宮」、「香取神宮」、「鹿島神宮」のみという「わが国」「屈指」の「名社」です。

 「香取神宮」の約37000坪ある「境内」には、「本殿」、「幣殿」、「拝殿」、「祈祷殿」、「楼門」、「宝物館」、「神徳館」、「弓道場」、「社務所」などがあります。
 中でも「香取神宮」「本殿」・「中殿」・「拝殿」が連なる「権現造」の「社殿」は、「鹿皮」のような「色」をした「桧皮葺」の「屋根」に「黒塗り」の「姿」が実に美しい「建造物」となっています。
 「香取神宮」「境内」には、「摂社」、「末社」が多く祀られており、「摂社鹿島新宮」、「摂社奥宮」、「摂社匝瑳神社」、「末社六所神社」、「末社桜大刀自神社」、「末社裂々神社」、「末社市神社」、「天降神社」、「末社馬場殿神社」、「末社日神社」、「末社月神社」、「末社押手神社」、「末社璽神社」、「末社大山祇神社」、「末社諏訪神社」などを祀っており、「香取神宮」「参道」「左手」に「香取護国神社」(2013年9月25日のブログ参照)が祀ってあります。
 「香取神宮」は、「香取の森」と呼ばれる12万3千平方mに及ぶ「広大」な「山林」の中にあり、「香取の森」は「荘厳」で「霊気」に満ちた「神秘さ」を深めた「空間」が広がっており、正に「神域」であることを感じることができる「パワースポット」となっています。
 「香取神宮」の「社叢林」は3.5ha(ヘクタール)、古くから「神宮の森」として古くから「信仰の場」として「大切」に保護されてきたため、「目通り幹囲鉾(幹周)」3mを越える「スギ」をはじめ、「イヌマキ」・「モミ」などの「巨木」が林立しており、「落葉」に埋もれた「古道」や「古井戸」は往時の「景観」を偲ばせ、「香取の森」は昭和49年(1974年)に「千葉県」の「県指定天然記念物」に指定されています。
 「香取の森」、「香取神宮」の「位置」する「山」(森)は、その「形状」(森の全景)が「亀」に似ていることから、「亀甲山(きっこうさん)・(かめがせやま)」とも呼ばれて(称されて)います。
 この「地域」は、「北総台地」(下総台地)(2012年7月10日のブログ参照)の「北縁」に当たり、「利根川」(2011年10月9日のブログ参照)によって「徐々」に浸食された「地域」であり、「台地」「上面」は「標高」約40mであり、「浸食」が進み「谷津田」が入り組み、「島状」となった「台地」も多く、「香取神宮」を含んだ「台地」もそのひとつなのだそうです。
 「香取の森」は、「スダジイ」を「優占種」とする「自然林」と「スギ」の「人工林」とから構成されており、「香取神宮」「本殿」の「周辺」には「巨木」が多く、特に「御神木」とされる「スギ」はこの「地域最大」のもので、上記のように「目通り幹囲鉾(幹周)」は約7.4m、「高さ」35mで、「樹齢」は「千年」といわれています。
 「香取の森」の「高木層」は「スギ」で占めていますが、「亜高木層」には「スダジイ」・「シラカシ」・「シロタモ」などの「常緑広葉樹」が多くみられ、「草木層」には「アスカイノデ」・「フモトシダ」・「イワガネソウ」・「ベニシダ」などの「シダ類」をはじめとして「リュウノヒゲ」・「ヤブラン」・「フウラン」などの「草木類」が数多く「自生」しています。
 「香取の森」付近には、「スギ」・「スダジイ」・「アカガシ」・「イチョウ」・「ケヤキ」・「イヌマキ」・「ナギ」などの「巨木」・「古木」があり、いずれも「樹齢」数百年といえるもので、「林床」には、「県内」では「北限」といわれる「アリドオシ」があるそうです。
 また「香取の森」には、「スギ」の「老齢木」としては「県下」でも「有数」な「スポット」であり、「学術的」にも「貴重」なものなのだそうです。

 「献詠(けんえい)」とは、「宮中」や「神社」などに、「自作」の「詩歌(しいか)」をたてまつること、また、その「詩歌」の「意味」です。
 「献詠祭」とは、「和歌」を詠んで「宮中」や「神社」に奉る「祭り」のことです。
 「住吉大社」では、「新年献詠祭」、「松苗神事」、「観月祭」と「年三回」にわたって「献詠祭」が行われており、これらすべて「一般の方」からも「歌」を募集しているそうです。
 「披講」とは、「詩歌」に「曲節」をつけて詠み上げることで、本来、「和歌」は「披講」することを「前提」としているそうです。
 「披講」の「諸役」には「読師(どくじ)」・「講師(こうじ)」・「発声(はっせい)」各1名、「講頌(こうしょう)」4名があり、「読師」は「司会役」、「講師」が「全句」を「節」をつけずに「歌」を詠み上げた後、「発声」の「先導」によって「講頌」が「唱和」する、という「形式」で行われます。

 「披講」は、平安時代より「宮中」に伝わってきた「古式」ゆかしい「行事」ですが、鎌倉時代の「鎌倉」においても「源頼朝」公が「花見の宴」を催した際に、「管弦詩歌の儀」を行ったという「記述」が「吾妻鏡(あずまかがみ)」に見られ、また「源実朝」公に至っては「家集」「金槐和歌集」を遺すほど「和歌」に精通し、「文人将軍」として知られています。

 「新年献詠祭披講式」ですが、「年」の「初め」、最初に「香取神宮」「御神前」にて「香取神宮献詠会」の「会員」から「献上」された「短歌」(歌)を「古式」に則り、「独特」の「節回し」で歌い上げ、「年」に「一度」奉納する「祭事」です。
 「新年献詠祭披講式」は、「神様」に「短歌」(歌)を献上する「お祭り」で、「宮内庁」の「歌会始」に倣(なら)い、上記のように「古来」から伝わる「独特」の「節」で「短歌」(歌)を歌うそうです。
 「新年献詠祭披講式」ですが、「終戦」間もない頃から行われている「祭事」で、「香取神宮献詠会」の「会員」の「皆さん」が「献上」した「歌」の中を、上記のように「宮中」の「歌会始」の「儀」に倣い、奉納する「祭事」となっており、「香取神宮献詠会」「会員」の「皆さん」は、毎月10日までに「歌」を詠進し、14日の「月次祭」に「神前」に奉納されているそうです。

 「関東」を「代表」する「東」の「鎮守」「香取神宮」「御神前」に「短歌」(歌)を奉納する「新春」の「祭事」「新年献詠祭披講式」。
 この機会に「香取市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「新年献詠祭披講式」詳細

 開催日  1月14日(水) 10時半〜

 開催会場 香取神宮 香取市香取1697

 問合わせ 香取神宮 0478-57-3211

 備考
 「新年献詠祭披講式」の「見学」ですが、「一般の方」は「昇殿」出来ませんが、「香取神宮」「社殿」の「外」からの「見学」は出来るそうです。





| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=2388 |
| 地域情報::香取 | 10:18 AM |
「金原の大篝(かなばらのおおかがり)」(匝瑳市)
 本日ご案内するのは、近隣市「匝瑳市」「三社神社」で1月12日(祝・月)に開催されます「金原の大篝(かなばらのおおかがり)」です。

 「匝瑳市」は、「千葉県」の「北東部」に位置し、「首都」「東京」から70km圏、「世界の空の玄関口」(WORLD SKY GATE)「成田国際空港」(2012年12月10日のブログ参照)からは「車」で30分の「距離」にあり、「匝瑳市」の「中心部」を「JR総武本線」と「国道126号線」が「東西」に走り、「成田方面」とは「国道296号線」で結ばれています。
 「匝瑳市」の「面積」は101.78平方kmで、「匝瑳市」の「市役所本庁」は「旧・八日市場市役所」を使用し、「匝瑳市」の「市区域」のうち、「旧・八日市場市」は「植木」(苗木)の「産地」として「有名」であり、「匝瑳市」は「植木」の「栽培面積」が「日本一」となっており、「匝瑳市」は、「日本有数の植木のまち」(2011年9月30日のブログ参照)として知られています。
 現在の「匝瑳市」の「人口」ですが、38756人となっており、「男性」19065人、「女性」19691人、「世帯数」14450世帯となっています。
 (平成26年12月31日現在)
 この度(たび)「匝瑳市」では、「平成27年匝瑳市成人式」を1月11日(日)に「市民ふれあいセンター」「3F」「大ホール」を「会場」に開催するそうです。
 「平成27年匝瑳市成人式」の「対象」ですが、平成6年(1994年)4月2日から平成7年(1995年)4月1日までに生まれた「匝瑳市在住者」及び「出身者」となっており、「平成27年匝瑳市成人式」ですが、上述のように1月11日(日)10時30分から「開式」(受付は9時30分から)されるそうです。

 「匝瑳市」の「北部」は「谷津田」が入り組んだ「複雑」な「地形」の「台地部」となっており、一方「匝瑳市」の「南部」は「九十九里浜」(2012年5月11日のブログ参照)に面する「平坦」な「地形」となっています。
 「匝瑳市」に隣接する「自治体」ですが、「旭市」(旭地区、干潟地区)、「香取市」(山田地区)、「香取郡」「多古町」、「山武郡」「横芝光町」(光地区)となっています。
 「匝瑳市」の「気候」は「海洋性」の「温暖」な「気候」で、「年間平均気温」は15度、「東京」周辺と比べると、「夏」涼しく「冬」暖かい、とても過ごしやすい「土地柄」で、「冬」でもほとんど「降雪」は見られません。

 「三社神社」ですが、「匝瑳市」「飯倉」に鎮座する「神社」で、「御祭神」は「伊弉諾尊(いざなみのみこと)」、「事解男命(ことさかのおのみこと)」、「速玉男命(はやたまおのみこと)」を祀っています。
 「三社神社」は、「JR総武本線」「飯倉駅」「下車」、「飯倉台」の「住宅地」を通り抜けて約10分ほど歩くと、「山の端」に「神社」の「鳥居」が見られるそうです。
 「三社神社」ですが、「石段」を上り詰めると、深い「木々」に囲まれたところに「社殿」が建っており、「拝殿」、「本殿」があり、「三社神社」「本殿」には、細かい「彫り物」がなされているそうです。
 「三社神社」の「由緒」ですが、下記の通りとなっています。

 この地、匝瑳庄は熊野神宮領であった。
 詳らかではないが、南紀熊野より飯倉西之内の地に勧請し、飯倉郷の鎮守にして、当時十八ヶ村の鎮守として崇敬され、元禄五年壬申の年に再営されたものとされています。
 (「御祭神」、「由緒」ともに「匝瑳郡誌」参照)

 上記のように「金原」には「鎮守」として「三社神社」が祀られ、江戸時代には「金原」、「安久山」、「片子」、「大堀」の「4か村」の「村びと」の「信仰」があったそうです。
 「三社神社」の「石灯籠」には、1805年に「同村」の「佐藤四良兵衛」と「4か村」の「男女」の「寄付」で立てられたことが刻まれており、明治時代になり、「三社神社」は「金原村」だけの「鎮守」となったそうです。

 「金原の大篝」ですが、「金原の御奉謝(かなばらのおびしゃ)」ともいわれる「三社神社」で、毎年「成人の日」の「未明」に行われている「大篝」と「御的神事」です。
 「金原の大篝」は、「成人の日」の「前日」の「午後」から「当番」の「人々」の「手」で準備され、「松薪」や「青竹」などが「円錐形(えんすいけい)」に「大人」の「背丈」よりも高く「山」のように積み上げられます。
 「金原の大篝」では、「三社神社」「社殿」で、「儀式」を行った後、「大篝」(「高さ」約6m、「周囲」15m)に「火」が入り、「火」が入ると「参拝」の「人」も集まり、「篝火(かがりび)」を囲み、「御神酒(おみき)」が振る舞われるそうです。
 「金原の大篝」の「大篝火」ですが、「赤々」と燃え上がり、時折「青竹」が勢いよくはじけ、まさに「悪疫」を払う「文字通り」「炎の神事」となっています。
 また「三社神社」「拝殿」の「周り」には、「弓」と「矢」・「的」があり、「大篝」に「火」を入れた後、「七五三」の「男子」、15歳を射ることから「金原の御奉謝」とも呼ばれています。
 なお「金原の大篝」の「炎」にあたると「風邪」を引かないといわれています。

 「飯倉郷十八ヶ村」の「鎮守」「三社神社」で開催される「成人」を祝い「悪疫」を払う「炎の神事」「金原の大篝」。
 この機会に「匝瑳市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「金原の大篝」詳細

 開催日時 1月12日(祝・月) 6時頃〜

 開催会場 三社神社 匝瑳市金原275

 問合わせ 匝瑳市産業振興課 0479-73-0089

 備考
 昭和50年代前半に「旧・八日市場市域」を調査したところ、1月から2月にかけて、2、3の「集落」を除き、ほとんどが「大字」(集落)「単位」で「オビシャ」や「セイレン」が行われていたそうです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=2372 |
| 地域情報::匝瑳 | 08:59 PM |
「表千家銚子同好会」「新春茶会」(銚子市)
 本日ご紹介するのは、地元「銚子市」「銚子ポートタワー」で1月12日(祝・月)に開催されます「表千家銚子同好会」「新春茶会」です。

 「銚子ポートタワー」(2011年11月30日・2010年9月30日のブログ参照)は、「利根川」「河口」近くにあり、「銚子漁港」を見下ろす「高台」にある「ビュースポット」、「観光スポット」です。
 「銚子ポートタワー」ですが、「高さ」57.7m、「ハーフミラー」で覆われた「建造物」で、「総反射ガラス張り」の「おしゃれ」な「タワー」となっています。
 「銚子ポートタワー」「展望室」からは、「太平洋」の「大海原」をはじめ、遠く「鹿島灘(かしまなだ)」(2012年6月16日のブログ参照)や、「日本一」の「銚子漁港」、「利根川」「河口」も一望でき、「眺望」は素晴らしく「利根川」に沈む「夕景」も楽しめる「観賞スポット」となっています。

 「銚子ポートタワー」は、「千葉県」により、「水産物卸売センター」「ウオッセ21」(2011年4月26日・2010年8月25日のブログ参照)と並ぶ「観光部門施設」として建設され、1991年(平成3年)に竣工しました。
 「銚子ポートタワー」の「設計者」ですが、「(株)横川建築設計事務所」で、「構造様式」は「鉄骨造りハーフミラーガラス」「ツインタワー」となっており、「(一社)銚子市観光協会」が「指定管理」・「運営」しています。

 「銚子ポートタワー」の「概要」ですが、1Fに「インフォメーション」、「昇降ロビー」・「イベントコーナー」・「売店」があります。
 また1Fには、「銚子」の「観光」を「ガイド」してくれる「検索システム」も用意されています。
 2Fには、「展望ロビー」が設けられており、「展示会」・「イベント」・「催事」・「会議室」などに使われています。
 3Fは、「展望ロビー」(高さ・43.05m)、4Fが「展望ホール」(高さ・46.95m)となっており、三方を「海」と「川」で囲まれた「銚子の風景」を見渡すことができます。

 「銚子ポートタワー」「隣地」には、「新鮮」な「魚介類」や「国内外」から取り寄せられた「豊富」な「海の幸」を販売している「水産物卸売センター」「ウオッセ21」や「シーフードレストランうおっせ」があります。
 「水産物卸売センター」「ウオッセ21」では、「週末」や「年末」など、「新鮮」な「魚」を買いに来る「買い物客」や「観光客」、「ツアー客」の「皆さん」で賑わいをみせます。
 なお「銚子ポートタワー」から「水産物卸売センター」「ウオッセ21」には、1Fで「連絡用歩道橋」で結ばれて(繋(つな)がって)います。

 この度(たび)「銚子ポートタワー」では、「表千家銚子同好会」「新春茶会」を行うそうです。
 「表千家銚子同好会」「新春茶会」ですが、1月12日(祝・月)10時00分から開催される「催し」で、「イベント内容」ですが、毎年「恒例」の「新春茶会」となっています。
 「表千家銚子同好会」「新春茶会」は、どなたでも「無料」で「気軽」に参加できる「催し」となっており、「表千家銚子同好会」「新春茶会」では、「お茶」と「お菓子」を楽しめるそうです。

 「銚子」の「ビュースポット」「銚子ポートタワー」で開催される「恒例」の「おもてなし」「表千家銚子同好会」「新春茶会」。
 この機会に「銚子市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「表千家銚子同好会」「新春茶会」詳細

 開催日時 1月12日(祝・月) 10時〜

 開催会場 銚子ポートタワー 銚子市川口町2-6385-267

 問合わせ 銚子ポートタワー 0479-24-9500

 備考
 「銚子ポートタワー」の「隣」にある「水産物卸売センター」「ウオッセ21」では、週末の1月18日(日)13時30分から「マグロ解体ショー」が開催されます。





| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=2411 |
| 地域情報::銚子 | 06:23 PM |
「平成27年(2015年)銚子市成人式」(第67回銚子市成人式)(銚子市)
 本日ご紹介するのは、地元「銚子市」「銚子市青少年文化会館」「大ホール」で1月11日(日)に開催されます「平成27年(2015年)銚子市成人式」(第67回銚子市成人式)です。

 「銚子市」(2010年9月20日のブログ参照)は、1933年(昭和8年)2月11日、「銚子町」、「本銚子町」、「西銚子町」、「豊浦村」の「3町1村」が合併し、「全国」で116番目、「千葉県」では「県庁所在地」「千葉市」に次いで「2番目」の「市」として誕生しました。
 その後、「銚子市」は、1937年(昭和12年)に「高神村」、「海上村」、1954年(昭和29年)に「船木村」、「椎柴村」、1955年(昭和30年)に「豊里村」、1956年(昭和31年)に「豊岡村」と順次合併し、発展してきました。
 現在の「銚子市」の「人口」ですが、67001人となっており、「世帯数」は27922世帯となっています。
 (2014年(平成26年)12月1日現在)

 「銚子市」は、三方を「水」に囲まれ、「利根川」(2011年10月9日のブログ参照)「河口」から「君ヶ浜」(2011年6月1日のブログ参照)、「犬吠埼」(2012年4月16日のブログ参照)、「屏風ヶ浦(びょうぶがうら)」(2012年5月20日のブログ参照)に至る「海岸線」は、「砂浜」あり、「断崖絶壁(だんがいぜっぺき)」ありと、「変化」に富んだ「雄大」な「景観美」を織り成しています。
 「銚子市」は、「利根川」沿いの「低地」と「北総台地」(下総台地)(2012年7月10日のブログ参照)からなり、「表層」は「関東ローム層」に覆われています。
 「銚子市一」「標高」が高い「愛宕山」(「標高」73.6m)は、「北総台地」(下総台地)「最高峰」の「高さ」を誇り、「愛宕山」の「頂上」付近には、「地球の丸く見える丘展望館」(2010年8月30日のブログ参照)という「人気観光スポット」があり、「北」は「鹿島灘(かしまなだ)」(2012年6月16日のブログ参照)から「筑波山」を望み、上記のように「東」と「南」は「一望千里」に「太平洋」の「大海原」を、「西」は「屏風ヶ浦」から「九十九里浜」(2012年5月11日のブログ参照)まで見渡せ、文字通り「地球の丸く見える」「絶景スポット」となっています。
 「銚子市」の「観光スポット」、「見どころ」ですが、上記のように「犬吠埼灯台」(2011年1月1日のブログ参照)、「地球の丸く見える丘展望館」、「銚子ポートタワー」(2010年9月3日のブログ参照)、「銚子漁港」、「銚子電鉄」(2012年2月11日のブログ参照)、「銚子マリーナ」(2012年10月4日・2010年10月18日のブログ参照)、「水産物卸売センター」「ウオッセ21」(2011年4月26日・2010年8月25日のブログ参照)、「犬吠埼温泉郷」、「外川の町並み」(2010年12月13日のブログ参照)等となっています。

 「銚子市青少年文化会館」は、「市民会館」、「児童文化センター」、「都市青年の家」からなる「公共施設」で、それぞれの「機能」を活かしながら「総合的」に運営されている「施設」です。
 また「銚子市青少年文化会館」ですが、「自主文化事業」を通して、「芸術文化」に親しめる「機会」を提供することにより、「地域文化」の「向上」を図っています。
 「銚子市青少年文化会館」は、「銚子市民」の「憩いの場」、「交流の場」として多くの「方」に利用されています。

 「銚子市青少年文化会館」の「施設内容」ですが、「市民会館施設」として「大ホール」、「楽屋」等、「児童施設」として「中ホール」、「小ホール」、「展示室」、「工作室」、「プラネタリウム室」等、「青年施設」として「会議室」、「和室」、「学習室」、「視聴覚ライブラリー室」等となっています。

 「平成27年(2015年)銚子市成人式」(第67回銚子市成人式)ですが、「成人の日」の「前日」1月11日(日)10時(受付開始・9時半〜)から「銚子市青少年文化会館」「大ホール」で開催される「催し」です。
 今年(2015年)の「成人式」の「該当者」ですが、平成6年(1994年)4月2日から平成7年(1995年)4月1日までに生まれた「人」で、「銚子市」に「住民登録」がある「人」(銚子市住民登録者)が615人(男性・329人/女性・286人)、「銚子市外」で「住民登録者数」しているものの、「故郷」・「銚子」で「成人式」をあげたいと「申し込み」をした「人」が「男性」33人、「女性」30人の「合計」63人となっており、「平成27年(2015年)銚子市成人式」(第67回銚子市成人式)には、「合計」678人の「出席」が見込まれているそうです。
 「平成27年(2015年)銚子市成人式」(第67回銚子市成人式)の「スケジュール」ですが、10時00分から「小・中学校時代」の「卒業アルバム」を収録した「音と映像によるスイートメモリーズ」を上映し、「音と映像によるスイートメモリーズ」では、「恩師」の「先生方」からの「おめでとう!」「メッセージ」も収録されているそうです。
 「平成27年(2015年)銚子市成人式」(第67回銚子市成人式)の「式典」の「開始」は10時20分を予定しており、「松尾順子」・「銚子市教育委員会」「委員長」の「開式の言葉」、「国歌斉唱」につづき、「オペラ歌手」の「越智まりこ」さんが「銚子市歌」を歌って、開幕するそうです。
 その後「平成27年(2015年)銚子市成人式」(第67回銚子市成人式)では、「越川信一」「市長」の「式辞」、「来賓代表」による「激励」の「言葉」と「来賓紹介」があり、「新成人」を「代表」して下記の「二人」が「成人の抱負」を発表するそうです。

 男性新成人代表

 古川亮太くん (銚子五中卒業生代表)

 女性新成人代表

 出口瑛莉さん (銚子一中卒業生代表)

 「平成27年(2015年)銚子市成人式」(第67回銚子市成人式)の「フィナーレ」ですが、「ちょうし少年少女合唱団」の「皆さん」が「新成人」に贈る「歌」として「いま未来へ」、「私のお気に入り」の「2曲」が披露され、「平成27年(2015年)銚子市成人式」(第67回銚子市成人式)は「幕」となるそうです。

 なお「平成27年銚子市成人式」(第67回銚子市成人式)に出席される「成人」の「皆さん」には、「成人」になった「お祝い」に贈られる今年(2015年)の「記念品」ですが、「地域通貨」「すきくるスター・500スター付与」の「犬吠WAONカード」が授与されるそうです。

 「銚子市青少年文化会館」で開催される「恒例行事」「平成27年(2015年)銚子市成人式」(第67回銚子市成人式)。
 「新成人」になる方の「多幸」を祈念しています。

 「平成27年(2015年)銚子市成人式」(第67回銚子市成人式)詳細

 開催日時 1月11日(日) 10時〜

 「平成27年(2015年)銚子市成人式」「スケジュール」

 開催会場 銚子市青少年文化会館大ホール 銚子市前宿町1046

 問合わせ 銚子市生涯学習課社会教育班 0479-24-8739

 備考
 となりまち「神栖市」も「成人の日」の「前日」1月11日(日)に「神栖市文化センター」「大ホール」にて「神栖市平成27年成人式」が開催されます。
 ちなみに「神栖市」で「新成人」(対象・平成6年(1994年)4月2日から平成7年(1995年)4月1日生まれで、市内在住または実家が市内の方)となる「人数」ですが、1090人だそうです。
 「神栖市平成27年成人式」の「主」な「内容」ですが、下記の通りとなっています。

 誓いの言葉 ・関谷 希 ・丸山亜依莉

 抱負発表  ・比嘉大智 ・根本裕太

 アトラクション   「キラキラ☆想い出の宝箱」(実行委員会手作りのスライドショーとビデオレター)

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=2371 |
| 地域情報::銚子 | 04:01 PM |
「小高のはだか参り」(匝瑳市)
 本日ご案内するのは、近隣市「匝瑳市」「妙長寺」から「八坂神社」で1月11日(日)に開催されます「小高のはだか参り」です。

 「匝瑳市」は、「千葉県」「北東部」に位置する「市」で、2006年(平成18年)1月23日に「八日市場市」と「匝瑳郡」「野栄町」が合併した「市」として誕生し、「発足時」の「人口」ですが、約4万2000人だったそうです。
 ちなみに現在の「匝瑳市」の「人口」ですが、38756人となっており、「男性」19065人、「女性」19691人、「世帯数」14450世帯となっています。
 (平成26年12月31日現在)

 「匝瑳市」の「市名」の「由来」ですが、「旧・八日市場市」と「旧・野栄町」が「匝瑳郡」に属していたことだそうで、「匝瑳市」は、「竹内正浩」さんの「日本の珍地名」(文春新書)で「難読・誤読地名番付」の「東の横綱」として紹介されています。
 「匝瑳市」の「市役所」「本庁」ですが、「旧・八日市場市役所」を使用しており、「匝瑳市」の「市区域」のうち、「旧・八日市場市」は、「植木」(苗木)の「産地」として「有名」であり、「匝瑳市」は、「植木の栽培面積」が「日本一」(2011年9月30日のブログ参照)となっています。

 「小高のはだか参り」ですが、毎年「成人の日」の「前日」、午後10時(22時)から午後11時(23時)頃に行われる「恒例」の「真冬」の「水ごり行事」です。
 「小高のはだか参り」は、「妙長寺」の「門前」に集まった「下帯」1本の「若者たち」が「辻」で「水垢離(みずごり)」をし、「身」を清めた後、「駆け足」で約500m離れた「八坂神社」まで行き、「無病息災」・「家内安全」・「五穀豊穣」を祈願するそうです。
 「小高のはだか参り」では、「帰り」は「手」を取り合い、

 「ヒーヒーガンガン」

 と面白い「かけ声」をあげながら戻ってきて、最後は「お供え餅」も奪い合って終わりとなるそうです。

 「小高のはだか参り」の「参加者」ですが、40人前後となっており、「規模」は小さな「お祭り」ですが、「奇祭」として「遠方」からの「見物客」も「年々」増えているそうです。
 「小高のはだか参り」の「見どころ」のひとつ「水垢離」では、汲み置かれた「水」を「手桶」で勢いよく浴びる「場合」です。
 「水垢離」の「場面」ですが、凍(い)てつく「寒さ」の中での「水垢離」の際、「体」から「湯気」が湧き出て、その「勇壮さ」に見ている者も興奮してしまうそうです。

 「小高のはだか参り」の「始まり」ですが、今から300年前、あるいは500年前から行われてきたといわれていますが、詳しい「資料」が残っていないため、どのようにして行われてきたのかは定かではありませんが、「小高のはだか参り」でお参りされる「八坂神社」は、「男性器」を摸った「棒」が祀られている「子宝の神様」でもあり、「小高のはだか参り」が「成人の日」の「前夜」に行われていることからも、「子孫繁栄」を願って始められたのではないかといわれています。
 (「小高のはだか参り」は、江戸時代後期に「日蓮宗」の「僧侶」の間で行われていた「水垢離」の「行」が「起源」という「説」もあり、以後、「八坂神社」の「子授け信仰」と結びつき、今日の「姿」の「お祭り」として定着したともいわれています。)

 「小高のはだか参り」が行われる「匝瑳市」では、「小高のはだか参り」「会場」近くに「駐車場」はないため、

 「近所のご迷惑にならないようご協力ください。」

 と呼びかけています。

 「真冬」の「飯高地区」「小高」の「寺社」「妙長寺」から「八坂神社」で行われる「勇壮」な「お祭り」「小高のはだか参り」。
 この機会に「匝瑳市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「小高のはだか参り」詳細

 開催日時 1月11日(日) 22時〜23時頃

 開催会場 妙長寺 匝瑳市小高194

 問合わせ 匝瑳市産業振興課 0479-73-0089

 備考
 「小高のはだか参り」では、「参加希望」の「問い合わせ」が「時々」あるそうですが、「真冬」の「夜」の「水垢離」はとても寒く、実際の「参加者」は、「小高のはだか参り」を終えると「地元・近所」の「家」の「お風呂」を借りているため、「一般人」の「参加」は事実上「無理」があるようです。
 また「小高のはだか参り」の「会場」「妙長寺」、「八坂神社」には「トイレ」がありませんのでご注意下さい。

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| 地域情報::匝瑳 | 04:01 PM |
「青木半治杯」「第66回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」(銚子市)
 本日ご紹介するのは、地元「銚子市」で1月11日(日)に開催され、「8区間」22.9kmを駆け抜ける「青木半治杯」「第66回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」です。

 「銚子市」(2010年9月20日のブログ参照)は、1933年(昭和8年)2月11日、「銚子町」、「本銚子町」、「西銚子町」、「豊浦村」の「3町1村」が合併し、「全国」で116番目、「千葉県」では「県庁所在地」「千葉市」に次いで「2番目」の「市」として誕生しました。
 その後、「銚子市」は、1937年(昭和12年)に「高神村」、「海上村」、1954年(昭和29年)に「船木村」、「椎柴村」、1955年(昭和30年)に「豊里村」、1956年(昭和31年)に「豊岡村」と順次合併し、発展してきました。
 現在の「銚子市」の「人口」ですが、67001人となっており、「世帯数」は27922世帯となっています。
 (2014年(平成26年)12月1日現在)

 「銚子市」は、「関東地方」の「東部」、「千葉県」の「北東部」にある「市」で、「全国屈指」の「漁港のまち」で、「市」の「北部」には「坂東太郎」「利根川」(2011年10月9日のブログ参照)が流れ、「銚子市」で「太平洋」に注いでいます。
 「銚子市」は、「東京」から100km圏内に位置し、「関東平野」の「最東端」に位置し、上記のように「北」は「利根川」、「東」と「南」は「太平洋」に面しています。
 「銚子市」は、江戸時代に「利根川水運」が開発され、「醤油醸造業」と「漁業」で発展、「農業」は「露地野菜」を「中心」に発展した「観光都市」です。
 「銚子市」は、「利根川」沿いの「低地」と「北総台地」(下総台地)(2012年7月10日のブログ参照)からなり、「表層」は「関東ローム層」に覆われています。
 「銚子市」には、「北総台地」(下総台地)「最高峰」の「愛宕山」(「標高」73.6m)があり、「水田」は「台地山間」の「谷津田」と「利根川」沿いに広がっており、「畑地帯」は「台地」の「平坦部」に位置し、比較的「農業」(2011年6月15日・2月19日のブログ参照)に適しています。

 「銚子市」の「位置」・「地勢」ですが、「首都」「東京」から100km、「東経140度50分」、「北緯35度44分」、「関東平野」の「最東端」に位置しています。
 「銚子市」は、「北」は「利根川」を隔て、「茨城県」の「神栖市」に対し、「東」から「南」は「太平洋」に臨み、「利根川」沿い「北西方面」は「香取郡」「東庄町」(2012年4月15日・4月5日のブログ参照)と、「太平洋側」「南西方面」は「旭市」と接しています。
 「銚子市」の「面積」ですが、83.91平方kmで、「沖」を流れる「暖流」・「寒流」の「影響」を受け、「夏」は涼しく、「冬」は暖かい「気候」となっています。

 「青木半治」氏(2011年1月4日のブログ参照)は、「日本」の「スポーツ指導者」、「日本陸上競技連盟」「第5代会長」で、「日本体育協会」「第11代会長」また、「国際陸上競技連盟」と「アジア陸上競技連盟」でも「役員」を歴任、「副会長」を務め、後に「終身名誉副会長」を務められた「人物」です。

 「青木半治」氏は、「千葉県」「長生郡」「太東村」(現「いすみ市」)出身で、「旧制銚子商業学校」(現在の「千葉県立銚子商業高等学校」)卒業、1938年(昭和13年)に「早稲田大学」「商学部」を卒業されました。
 その後「青木半治」氏は、「日立製作所」に入社し、同年「日本陸上競技選手権大会」の「砲丸投げ競技」で「優勝」、その後は、「三徳工業」、「昭和電工」を経て、1945年(昭和20年)に独立し、1946年(昭和21年)「青木金属工業株式会社」を設立、「会社経営」の傍(かたわ)ら、「母校」の「早稲田大学」「陸上部監督」を務められました。
 また「青木半治」氏は、「早稲田大学」「陸上部監督」を務めていた際の「部員」に、元「衆議院」「議長」を務められた「河野洋平」氏が入部されていたそうです。

 その後「青木半治」氏は、1959年(昭和34年)に「日本陸上競技連盟」の「常務理事」、1961年(昭和36年)に「理事長」に就任、同年に「日本体育協会」「評議員」及び「理事」に就任されました。
 その後「青木半治」氏は、上記のように「日本陸上競技連盟」、「日本体育協会」、「国際陸上競技連盟」、「アジア陸上競技連盟」でも活躍され、「陸上競技」の「発展」に寄与されました。
 「青木半治」氏は、数多くの「功績」を残し、2010年(平成22年)5月30日、「急性心不全」のため「東京都内」の「病院」で、94歳で死去されました。

 「中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」は、「陸上競技界」を率先されてきた「青木半治」氏の「名前」を冠し、今年(2015年)で「66回目」を数える「歴史」ある「銚子市」の「新春」を彩る「駅伝大会」で、「銚子市内」や「観光名所」を駆け抜ける「一大スポーツイベント」となっています。
 「中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」の「大会」の「主旨」ですが、「体育」・「スポーツ」の「普及」及び「中学生」「相互」の「親睦」を図り、「スポーツ」を通して「心身」の「健全」な「育成」と「社会体育」の「振興」を推進するために開催されています。

 「中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」の「歴史」ですが、「終戦後」の「混乱期」であった1949年(昭和24年)、「青木半治」氏を「筆頭」に、「銚子市内」に集まった「陸上競技愛好家」の「皆さん」により「協議会」が開かれ、「協議」では、

 「戦後の混乱した世相から、スポーツを通じて何事にも全力で当たる気構えをつくろう」

 との「意見」で一致したそうです。
 そして「翌」昭和25年(1950年)、「千葉県立銚子商業高校」「陸上部」が「運営」の「中心」を担い、「中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」の「第1回大会」が開催されたそうです。
 「第1回大会」の「参加範囲」ですが、「銚子市」、「海上郡」、「匝瑳郡」、「香取郡」の「16校」が参加し、「八日市場中学校」が2時間26分19秒の「記録」で「優勝」されたそうです。
 以降「中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」は、「回」を重ねる毎(ごと)に「参加校」も増加し、現在では「80校」を超える「関東近県」では、「最大規模」の「駅伝大会」となっています。
 「中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」は、「第42回大会」より、「当時」「日本体育協会」「会長」であった「青木半治」氏より、「本大会」に「カップ」が寄贈され、「青木半治杯」の「名」を冠する「駅伝大会」となりました。
 ちなみに「中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」ですが、平成7年(1995年)に「日本陸上競技連盟創立70周年記念式典」におかれまして、「本大会」が高く「評価」されたそうです。
 なお「中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」の「コース」ですが、例年「問題」となっていた「国道356号線」及び「銚子大橋」(2010年12月17日のブログ参照)付近の「渋滞」を解消するため、「第58回大会」から「数回」に及ぶ「コース」の「変更」が行われ、「現在」の「コース」となっています。

 「銚子市」では、「新春恒例」の「青木半治杯」「第66回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」が、1月11日(日)に開催されます。
 「第66回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」には、「県内外」から82校が参加し、「全8区間」22.9kmを「1本」の「タスキ」でつなぐ激しい「レース展開」が期待されます。
 「青木半治杯」「第66回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」の「コース」ですが、上記のように「8区間」22.9kmの「起伏」に富んだ「コース」となっています。
 「青木半治杯」「第66回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」では、「銚子市街地」から「外川」、「犬吠埼」をめぐって「早春」の「銚子半島」を一周する「総延長」22.9kmの「コース」を、「関東各地」から集まった「中学生」の「皆さん」が8つの「区間」に分けられた「コース」を駆け抜けます。
 また「青木半治杯」「第66回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」では、「スタート地点」の「シンボルロード」「銚子駅前通り」から「5区」の「地球が丸く見える丘展望館」(2010年8月30日のブログ参照)までの「高低差」が60m以上に及び、その「過酷」な「コース」を、「選手たち」は「タスキ」を繋ぎ、約1時間強で「コース」を走り抜くそうです。
 「青木半治杯」「第66回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」の詳しい「コース」ですが、下記の通りとなっています。

 1区 (4.9km) シンボルロード・銚子駅前通り 河岸公園(2013年8月16日のブログ参照)前〜名洗

 2区 (2.8km) 名洗〜銚子市漁業協同組合外川支所

 3区 (3.1km) 銚子市漁業協同組合外川支所〜千葉科学大学本部キャンパス消防隊進入口

 4区 (2.0km) 千葉科学大学本部キャンパス消防隊進入口〜地球が丸く見える丘展望館

 5区 (2.3km) 地球が丸く見える丘展望館〜犬吠埼灯台(2011年1月1日のブログ参照)

 6区 (2.8km) 犬吠埼灯台〜黒生(くろはえ)

 7区 (2.0km) 黒生〜川口神社(2010年12月22日のブログ参照)

 8区 (3.0km) 川口神社〜市役所

 ゴール   銚子市役所前

 「新春」の「銚子半島」を疾走する「伝統」ある「駅伝大会」「青木半治杯」「第66回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」。
 この機会に「銚子市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「第66回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」詳細

 開催日時 1月11日(日) 11時半〜 (受付・8時〜)

 開催会場 銚子市内各所 (コースは上記参照)

 問合わせ 銚子市市役所スポーツ振興課 0479-24-9559

 備考
 「第66回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」に際し、「コース」「道路」上への「駐車」は遠慮いただくとともに、「レース」「前後」には「交通規制」を行いますので、ご注意下さい。
 昨年(2014年)に開催されました「第65回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」(2014年1月10日のブログ参照)の「結果」ですが、下記の通りとなっています。
 (上位20位まで記載)

 1 柏市立柏第二中学校

 2 柏市立西原中学校

 3 流山市立北部中学校

 4 鎌ヶ谷市立第四中学校

 5 松戸市立第四中学校

 6 流山市立東部中学校

 7 柏市立田中中学校

 8 我孫子市立白山中学校

 9 銚子市立第五中学校

 10 流山市立南部中学校

 11 野田南部中学校

 12 鎌ヶ谷第二中学校

 13 茅ヶ崎松林中学校

 14 柏酒井根中学校

 15 松戸常盤平中学校

 16 鎌ヶ谷第五中学校

 17 東庄中学校

 18 柏光ヶ丘中学校

 19 柏松葉中学校

 20 我孫子湖北中学校

 なお、「第65回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」で「優勝」した「柏市立柏第二中学校」ですが、7年ぶり「2度目」の「優勝」なのだそうです。

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| 地域情報::銚子 | 01:03 PM |
「新春底釣り大会」(旭市)
 本日ご紹介するのは、となりまち「旭市」「長熊釣堀センター」で1月10日(土)に開催されます「新春底釣り大会」です。

 「旭市」は、「千葉県」の「北東部」に位置し、「県庁所在地」「千葉市」から50km圏、また「東京都心」から80km圏に位置している「市」で、「人口」は約7万人の「自治体」です。
 ちなみに現在の「旭市」の「人口」ですが、68020人(「男性」33398人、「女性」34622人、「世帯数」25201世帯)(2015年1月1日現在)となっています。
 「旭市」の「南部」は美しい「弓状」の「九十九里浜」(2012年5月11日のブログ参照)に面し、「旭市」の「北部」には「干潟八万石」といわれる「房総半島」「屈指」の「穀倉地帯」と、なだらかな「丘陵地帯」である「北総台地」(下総台地)(2012年7月10日のブログ参照)が広がっています。
 「旭市」ですが、「旭市」、「香取郡」「干潟町」、「海上郡」「海上町」、「海上郡」「飯岡町」が、2005年(平成17年)7月1日に「対等合併」し、新「旭市」として「スタート」しています。
 「旭市」の「中央部」を「東西」に、「JR総武本線」と「国道126号線」が通り、「周辺」は「市街地」として発展しています。

 「旭市」は、「多彩」な「レジャー」が楽しめる「まち」として知られており、「旭市」では、「海水浴」、「サーフィン」、「パークゴルフ」、「キャンプ」、「釣り」などが楽しめます。
 「旭市」の「主」な「レジャースポット」ですが、下記の通りとなっています。

 「海水浴」「サーフィン」「スポット」

 矢指ヶ浦海水浴場(やさしがうらかいすいよくじょう)(2014年7月14日・2013年7月12日・2012年7月17日のブログ参照)

 飯岡海水浴場(2014年7月14日・2013年7月12日・2012年7月17日のブログ参照)

 「パークゴルフ」

 あさひパークゴルフ
 旭市中谷里8340番地53
 0479-62-8989

 「キャンプ」

 海上キャンプ場
 旭市岩井1000
 0479-55-5250

 「釣り」「スポット」

 長熊釣堀センター(2012年5月4日のブログ参照)
 旭市萬力3566-1
 0479-68-4602

 袋の溜池(袋東公園)
 旭市鎌数4013
 0479-62-7537(旭市観光協会)

 「海釣り」「スポット」

 飯岡漁港(2014年12月3日・2012年6月6日のブログ参照)の釣り船

 飯岡地先海岸部全域(投げ釣り)

 「旭市」の「平均気温」ですが、15℃と「温暖」な「気候」で、「旭市」では、「気候風土」を活かし、「産業」では、「施設園芸」、「畜産」、「稲作」、「露地野菜」など盛んに営まれている「農業」をはじめ、「水産業」、「商業」、「工業」など、「バランス」良く「成長」しています。
 現在、「旭市」は、「東総地域」の「中核都市」として、「今後」の「発展」が期待されており、「新・旭市」では「将来都市像」として

 「ひとが輝き みどりがつくる 健康都市「旭」」

 とし、その「イメージ」から「旭市」の「市章」が「デザイン」されており、「健康」で「元気はつらつ」と躍動する「旭市民」と、「未来」へと飛躍する「活力」ある「旭市」の「姿」を表しているそうです。

 「長熊釣堀センター」ですが、「旭市」にある「長熊スポーツ公園」の「東側」に位置する「公営」の「釣り堀」です。
 「長熊釣堀センター」には、「豊富」な「湧水」があり、「水質」の良い「長熊ため池」を利用していることから、300席ある「釣り座」では、1年中「ヘラ鮒釣り」が楽しむことができ、特に毎年「春」と「秋」に開催されている「釣り大会」には、「大勢」の「太公望(たいこうぼう)」が集まり、「長熊釣堀センター」は、賑わいをみせるそうです。

 「長熊釣堀センター」のある「長熊スポーツ公園」ですが、「野山」に囲まれた「公園」となっており、「公園内」には、「野球場」と「ゲートボール場」が整備されており、「プレイ」することができます。
 また「長熊スポーツ公園」「周辺」には、「紫陽花(あじさい)」や「桜」などの「植栽」が施され、「花の季節」には「彩り」を与え、「長熊スポーツ公園」には、「近隣」より、多くの「観賞客」が訪れます。

 「長熊釣堀センター」は、江戸時代に「椿(つばき)の海」(2011年4月17日のブログ参照)と呼ばれた「潟湖」を干拓した際に造られた、14の「溜池」のひとつを利用した「ヘラブナ釣堀」で、平成21年(2009年)にリニューアルオープンしています。
 「長熊釣堀センター」の「長熊ため池」「湖上」の「浮桟橋」からは、1年を通じ、「釣り」が楽しめ、「長熊釣堀センター」は、「ヘラ鮒釣り」の「メッカ」として知られています。
 「長熊釣堀センター」では、「早春」3月頃から「絶好」の「釣りシーズン」を迎え、朝夕「涼風」を感じる9月頃からは、「待望」の「秋ヘラ」の「シーズン」を迎えるそうです。
 「長熊釣堀センター」は、「釣り好き」な「人達」に、「評判」の「釣り場」となっており、「竿」は、7尺以上だそうです。
 また「長熊釣堀センター」の「水深」ですが、3m〜5.6mと「変化」に富んでおり、「ビギナー」から「ベテラン」まで、幅広い「ニーズ」に応えている「釣り堀」となっています。

 この度(たび)「長熊釣堀センター」では、「新春底釣り大会」が、1月10日(土)7時30分から14時00分まで行われます。
 「新春底釣り大会」の「定員」ですが、40人となっており、「参加費用」ですが、2000円(昼食代含む)となっています。
 「新春底釣り大会」「当日」は、「ベテラン」から「ビギナー」まで、「多く」の「釣り客」の「皆さん」で賑わうそうです。

 「旭」の「釣りのメッカ」「長熊釣堀センター」で開催される「初釣り」が楽しめる「釣り大会」「新春底釣り大会」。
 この機会に「旭市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「新春底釣り大会」詳細

 開催日時 1月10日(土) 7時半〜14時

 開催会場 長熊釣堀センター 旭市萬力3566-1

 定員   40人

 費用   2000円(昼食代含む)

 問合わせ 長熊釣堀センター 0479-68-4602

 備考
 「長熊釣堀センター」のある「長熊スポーツ公園」「周辺」には、「大原幽学記念館」(2011年2月6日のブログ参照)があります。

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| 地域情報::旭 | 10:03 AM |
「さよなら列車」「ありがとうデハ1002号運行」(銚子市)
 本日ご紹介するのは、地元「銚子市」「銚子電鉄」の「路線」で1月10日(土)に運行されます「さよなら列車」「ありがとうデハ1002号運行」です。

 「銚子電気鉄道株式会社」(2012年2月11日のブログ参照)は、「銚子市」に「鉄道路線」を有する「鉄道会社」で、「銚子電鉄」あるいは「銚電」と「略称」されています。
 「銚子電鉄」は、「全長」6.4kmの「銚子駅」(2011年5月7日のブログ参照)から「外川駅(とかわえき)」(2011年7月7日のブログ参照)までの「10駅」を「約20分」で結ぶ「地元客」、「観光客」の「皆さん」に「人気」のある「ローカル鉄道」です。
 「銚子電鉄」の「距離」ですが、「芝山鉄道」(「千葉県」・2.2km)、「紀州鉄道」(「和歌山県」・2.7km)、「岡山電気軌道」(「岡山県」・4.7km)、「水間鉄道」(「大阪府」・5.5km)、「流鉄」(「千葉県」・5.7km)に次いで、「全国」で「6番目」に短い「鉄道」なのだそうです。

 「銚子電鉄」は、1913年(大正2年)に現在の「銚子電気鉄道」にあたる「銚子」から「犬吠」間の「鉄道路線」を開業したものの、「利用不振」から1917年(大正6年)に「路線」を廃止して解散した「銚子遊覧鉄道」の「関係者」が、再び「路線」を復活させるために「銚子電鉄」を設立したそうです。
 「銚子電鉄」は、1922年(大正12年)7月5日に「銚子」から「外川」間「開業」、1948年(昭和23年)8月20日に「銚子電気鉄道」に「社名変更」しており、「銚子電鉄」は、2012年(平成24年)に「開業」90周年を迎えています。

 当ブログでは、「銚子電鉄」「各駅見処紹介」と称し、「銚子駅」から、「仲ノ町駅(なかのちょうえき)」(2011年5月11日のブログ参照)、「観音駅」(2011年5月14日のブログ参照)、「本銚子駅(もとちょうしえき)」(2011年5月16日のブログ参照)、「笠上黒生駅(かさがみくろはええき)」(2011年5月20日のブログ参照)、「西海鹿島駅(にしあしかじまえき)」(2011年5月26日のブログ参照)、「海鹿島駅(あしかじまえき)」(2011年5月28日のブログ参照)、「君ヶ浜駅(きみがはまえき)」(2011年5月31日のブログ参照)、「犬吠駅(いぬぼうえき)」(2011年6月21日のブログ参照)、「外川駅」の「順」に、「銚子電気鉄道株式会社」の「各10駅」を紹介し、「各駅」の「特徴」、「歴史」
、「周辺見処紹介」をアップしています。

 「デハ1002号」は、「帝都高速度交通営団」(「営団地下鉄」「元・東京地下鉄」「現・東京メトロ」)「丸ノ内線」「方南町支線」(中野坂上〜方南町)で使われていた「2000形」「2040号」で、1993年(平成5年)に引退後、「分岐線用」「2000形」では「唯一」解体されず「京王重機」へ譲渡され、「2039」の「運転台」と「結合」の上、「銚子電鉄」には「デハ1002号」として1994年(平成6年)に入線しました。
 上記のように「入線」に際しては、「2039号」の「運転台」を流用して「両運転台化」され、「モーター」(電動機)と「パンタグラフ」には「営団地下鉄」「日比谷線用」「3000形」から、「空気圧縮機」と「電動発動機」、「扇風機」は「営団地下鉄」「1500N形」から、「台車」は「富士急行」「5725」の「FS316」を利用したものであり、「営団地下鉄」「2000形」のものではありませんが、「初期」の「高性能車」の「集大成的存在」として「貴重」なものを流用していたそうです。

 今回引退する「車両」「デハ1002号」ですが、本来は「9両」が「茨城県」の「日立電鉄」(現・廃止)に入線し、「3000形」の「増備車」になる予定でしたが、実際には「7両」となったため、「日立電鉄側」の「都合」により「キャンセル」となり、「余剰」の「2両」(デハ1001、1002)が「銚子電鉄」にやってきました。
 「デハ1002号」は、平成23年(2011年)まで「銚子電鉄」の「オリジナルカラー」に変更されていましたが、「営団地下鉄時代」(現・東京メトロ)の「塗装」に「復刻」すべくは「元」の「丸ノ内線カラー」(丸ノ内分岐線色)に戻されていました。
 なお「デハ1002号」の「車両」ですが、1959年(昭和34年)に「製造」された「車両」で、1959年に「営団地下鉄」(当時)「銀座線用」の「2000形」として登場し、「都心」の「地下」を走り続けたのち、上記のように1968年(昭和43年)に「丸ノ内線」の「方南町支線」(中野坂上〜方南町)へ「移動」、そして1994年(平成6年)から、「デハ1002号」として「銚子電鉄」を走り出した「車両」です。
 今回引退する「銚子電鉄」「デハ1002号」、「元・営団地下鉄2000形」は、「銀座線」の「最新車両」である「1000系」(2012年登場)、そして「01系」(1984年登場)の「前」に「同線」を走っていた「車両」になります。

 1994年(平成6年)の「入線」以来、「銚子電鉄」の「路線」を、約20年間走り続けてきた「デハ1002号」。
 本年、2015年(平成27年)1月10日(土)の「運行」を「最後」に、その「歴史」に「幕」を閉じるそうです。
 「銚子電鉄」「デハ1002号」の「引退」にあたり、「銚子電鉄」では、「最終運行」する「デハ1002号」の「さよなら列車」「ありがとうデハ1002号運行」を行うそうです。
 「さよなら列車」「ありがとうデハ1002号運行」「当日」は、「通常ダイヤ」の「合間」に「臨時列車」として「上下」7本ずつ運行し、そのうち4本で「別」の「黄色」の「1車両」(デハ1001号)を連結させる珍しい「協調運転」を実施、「緑色」の「キャベツ畑」の中を「赤色」と「黄色」の「電車」が走る「光景」が見られるそうです。
 「さよなら列車」「ありがとうデハ1002号運行」の「運行時刻」ですが、下記の通りとなっています。

 「銚子駅発」「運行時刻」

 9時47分

 11時07分

 12時22分

 13時30分

 14時21分

 15時15分

 16時11分

 「外川駅発」「運行時刻」

 10時21分

 11時38分

 12時58分

 13時51分

 14時42分

 15時41分

 16時33分

 なお「さよなら列車」「ありがとうデハ1002号運行」では、「銚子駅発」の11時07分と12時22分、「外川駅発」の11時38分と12時58分は、「デハ1001号」との「2両編成」の「臨時列車」「ありがとう1002号」を運行し、「デハ1002号」と「デハ1001号」が「協調運転」が行われ、「乗車整理券」(500円)が「別」に「必要」となっており、「乗車整理券」ですが、「当日」10時から「銚子駅」「銚子電鉄ホーム」で行い、1人「1列車」(1列車当たり50枚程度)につき「2枚」まで発売されるそうです。
 (なくなり次第販売終了となっています。)

 「さよなら列車」「ありがとうデハ1002号運行」開催に際し、「銚子電鉄」では、「イベント開催時」の「お願い」とし、下記の「お願い」をされています。

 デハ1002の引退が発表されてから銚子電鉄沿線で列車を撮影されている人の中でマナーの悪い人が目立つようになってきております。
 以下のような行為は、絶対におやめ下さい。
 危険行為により列車の運行に支障がでた場合、危険と判断し「イベント」を中止させていただく場合もございますのでご了承下さい。
 皆様のご理解とマナー向上にご協力をお願い致します。

 ・線路内への立ち入り

 ・列車接近時、ホームから身を乗り出しての撮影

 ・立入禁止箇所へ許可なく立ち入る行為

 ・沿線の畑への立ち入り、花を踏みつける行為

 ・植物や掲示物などの抜き取り、持ち去り…

 ・私有地内への無断立ち入り

 ・ゴミのポイ捨て

 その他

 ・係員の指示に従って下さい。(物販含む)

 ・列車撮影に関しての事故、トラブル等には一切責任を負えません。

 (「銚子電鉄公式ブログ」「ちょうでんのブログ」より抜粋)

 「協調運転」ですが、「制御系統」が「別々」の「車両」を連結して走らせることで、「車両」ごとに「運転士」が操作するというもので、いまでは「全国的」に珍しいそうです。
 「協調運転」に際し、「銚子電鉄」は、

 「協調運転ができるのはうちぐらい。
 楽しみにしている鉄道ファンもいるので期待に応えたい」

 と話しているそうです。
 また、「銚子電鉄」「さよなら運行」「ありがとうデハ1002号運行」では、「記念グッズ」や「記念乗車券」の「販売」も予定されているそうです。

 「通常」、「引退運行」は、「さよなら運転」と呼ばれますが、「銚子電鉄」では、

 「さよならだと悲しいイメージがあるので、走ってくれた感謝を込めて、ありがとうとした」

 と「コメント」しているそうです。
 「ありがとうデハ1002号運行」で「引退」する「デハ1002号」の「予定」は「未定」で、「同型」の「デハ1001号」の「予備部品用」として、しばらくは「仲ノ町車庫」にとどめる「見込み」となっているようです。

 「人気」の「ローカル鉄道」「銚子電鉄」で活躍してきた「デハ1002号」の「最後」の「雄姿」が見える「さよなら列車」「ありがとうデハ1002号運行」。
 この機会に「銚子市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「さよなら列車」「ありがとうデハ1002号運行」詳細

 開催日時 1月10日(土) 9時47分(下り)〜

 開催区間 銚子電鉄 銚子駅〜外川駅

 問合わせ 銚子電気鉄道株式会社 0479-22-0316

 備考
 「銚子電鉄」「デハ1002号」ですが、「引退前」の昨年(2014年)11月12日から12月中旬の「間」、「朝」の「時間帯限定」で「笠上黒生駅」で、「デハ1001号」との「交換シーン」が見ることがてきたそうです。
 「デハ1002号」ですが、「引退」までは「記念ヘッドマーク」や「記念方向幕」等を掲げて運転する「予定」となっています。

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| 地域情報::銚子 | 09:35 AM |
「大般若会」(成田市)
 本日ご案内するのは、近隣市「成田市」「成田山新勝寺」で1月8日(木)に開催されます「大般若会」です。

 「成田山新勝寺」(2010年11月14日・15日・16日のブログ参照)は、「成田市」にある「真言宗智山派」の「寺」であり、「真言宗智山派」の「大本山」のひとつです。
 「成田山新勝寺」は、1000年以上の「歴史」をもつ「全国有数」の「霊場」で、「成田」を「代表」する「観光地」でもあり、「正月3が日」には約300万人、「年間」約1000万人以上の「参拝客」が訪れています。
 「成田山新勝寺」の「御本尊」は「不動明王」で、「成田山新勝寺」は上記のように「関東地方」「有数」の「参詣人」を集める「著名寺院」で、「家内安全」、「交通安全」などを祈る「護摩祈祷」のために訪れる方が多い「不動明王信仰」の「寺院」のひとつであり、「成田のお不動さま」の「愛称」で親しまれています。

 「成田山新勝寺」の「御本尊」である「不動明王」ですが、「真言宗」の「開祖」「弘法大師」「空海」が自ら「一刀三礼」(ひと彫りごとに三度礼拝する)の「祈り」をこめて「敬刻開眼」された「御尊像」なのだそうです。
 「成田山新勝寺」では、この「霊験」あらたかな「御本尊」「不動明王」の「御加護」で、千年以上もの間、「御護摩」の「火」を絶やすことなく、「皆様」の「祈り」が「一体」となり「清浄」な「願い」となって現れるそうです。
 「成田山新勝寺」は、「開山1080年」を間近に控えた現在も「成田山のお不動さま」として数多くの「人びと」の「信仰」を集めています。

 「成田山」の「開山の祖」「寛朝大僧正(かんちょうだいそうじょう)」は、延喜16年(918年)に生まれ、天慶3年(940年)「平将門の乱」を鎮めるため「朱雀天皇」の「勅命」により「関東」に下り、「この地」に「成田山新勝寺」が開山されました。
 「寛朝大僧正」は、「皇室」との「血縁」もある大変に「格」の高い「僧侶」で、後に「真言宗」初めての「大僧正」に任じられ、「成田山」の他にも「京都」に「遍照寺」を開山しているそうです。

 「成田山新勝寺」は、上記のように平安時代中期に起きた「平将門の乱」の際、939年(天慶2年)「朱雀天皇」の「密勅」により「寛朝大僧正」を「東国」に遣わしたことに「起源」を持ちます。
 「寛朝大僧正」は、「京」の「高雄山」(神護寺)「護摩堂」の「空海」作の「不動明王像」を奉じて「東国」へ下り、翌940年(天慶3年)、「海路」にて「上総国」「尾垂浜」に上陸、「平将門」を調伏するため、「下総国」「公津ヶ原」で「不動護摩」の「儀式」を行ったそうです。
 「成田山新勝寺」では、この天慶3年を「開山の年」としています。
 「平将門の乱」「平定後」の永禄年間(1566年)(永禄9年)に「成田村一七軒党代表」の「名主」が「不動明王像」を背負って「遷座」され「伽藍」を建立された「場所」が、現在の「成田市」「並木町」にある「不動塚」周辺と伝えられており、「成田山発祥の地」といわれています。
 「成田山新勝寺」の「寺名」ですが、「また新たに勝つ」という「語句」に因(ちな)み「新勝寺」と名づけられ、「東国鎮護」の「寺院」となったそうです。

 「成田山新勝寺」では、平成20年(2008年)に「開基1070年祭記念大開帳」が行われ、これにあわせて、平成19年(2007年)には「総欅造り」の「総門」が「落慶」され、「新勝寺」の「表玄関」として「荘厳」な「たたずまい」を見せています。
 この「総門」は、開かれた「庶民のお寺」「成田山」と「門前町」とをつなぐ「担い手」として、「大開帳」を記念し創建されたもので、「総門」前にある「門前広場」は「参拝客」の「憩いの場」となっています。

 「成田山新勝寺」ですが、「総門」をくぐって、「境内」に入ると大きな赤い「提灯」のある「仁王門」があり、「境内」には、数多くの「建造物」が立ち並んでいます。
 「仁王門」から「東海道五十三次」にならった53段の「石段」を上がると、「成田山」の「シンボル」である「大本堂」が現れ、「成田山新勝寺」「大本堂」では、「世界平和」と「人々の幸せ」を願って「開山」以来「毎日」欠かさずに「御護摩祈祷」が厳修されています。

 「成田山新勝寺」の「伽藍」ですが、「JR」および「京成電鉄」の「成田駅」から「成田山新勝寺」への「参道」が伸び、「参道」を10分ほど歩き、「急」な「石段」を上った先の「台地上」に「境内」が広がっています。
 「石段」の「途中」に「仁王門」、「石段」を上った先に「正面」に「大本堂」、その手前「右手」に「三重塔」、「鐘楼」、「一切経堂」などが建っています。
 この他、「大本堂」の「左手」に「釈迦堂」、「大本堂」の「背後」の「一段」高くなった「地」には「額堂」、「光明堂」、「開山堂」、「平和の大塔」(2012年5月7日のブログ参照)などが建っており、「成田山新勝寺」「境内」の「東側」は「広大」な「成田山公園」(2011年11月8日・2010年11月12日のブログ参照)があります。
 「成田山新勝寺」にある「釈迦堂」、「光明堂」、「表参道」にある「薬師堂」(2013年5月22日のブログ参照)ですが、「歴代」の「成田山」の「大本堂」です。
 これほどの「数」の「御堂」が現存している「寺院」は大変珍しく、それぞれの「建物」には「建立時」の「建築様式」を「今」に伝えており、江戸中期から末期の「建物」である「仁王門」、「三重塔」、「釈迦堂」、「額堂」、「光明堂」の「5棟」が「国」の「重要文化財」に指定されています。

 「大般若経」ですが、「お釈迦様」が説かれた「お経」で、「仏教」の「中心思想」である「一切皆空」の「理(ことわり)」が述べられています。
 「大般若会」とは「大般若経」「六百巻」を「転読(てんどく)」することによって、「般若経」の「空(くう)」の「教え」を「体得」し、すべての「苦厄(くやく)」を消しさって、「内外」の「怨敵(おんてき)」を「退散(たいさん)」させ、「五穀豊穣」や「国家安寧(こっかあんねい)」を祈念し、「人々」を「幸福」な「生活」にみちびいてゆくことを「目的」とした「大法要」となっています。

 この「大般若会」には、「本堂」「中央」「須弥壇」上に「十六善神様」の「掛軸」をお祀りするそうです。
 「十六善神様」の「掛軸」の「まん中」の「仏さま」は「お釈迦様」で、「お釈迦様」の「右手前」に、「獅子」にまたがっておられる「仏さま」は「文殊菩薩」、「三人寄れば文殊の智恵」といわれるように「智恵」を「代表」する「仏さま」で、「左」の「方」に、「文殊菩薩」と向き合って「象」に乗っている「仏さま」は「普賢菩薩」だそうです。
 「文殊菩薩」が「仏さま」の「智恵」を「代表」するのに対して、「普賢菩薩」は「仏さま」の「慈悲」の「象徴」で、「仏さま」の「徳」は「悲智円満」といい、「慈悲」と「智恵」とを「円満」に備えておられるそうで、その「仏さま」の「徳」を「二人」の「菩薩さま」がそれぞれ「代表」しておられます。
 次に、「お釈迦様」の「左右」に「八人」づつ、「剣」や「槍」や「斧」などを持った恐ろしい「顔」をした「方々」が描かれており、これは「十六善神」といい、「大般若経」を「守護」し、「仏法」を信じる「皆」を護ってくださる「方々」の「姿」なのだそうです。
 このほか、やさしい「顔」の「法桶菩薩」、「泣き顔」をした「常啼菩薩」、ともに「大般若経」に深い「因縁」のある「菩薩さま」なのだそうです。

 「大般若会」ですが、上記の「大般若経」の「転読」で「五穀豊穣」を願う、「仏教」の「思想」に基づいた「仏陀」の「説法」を記録した「大般若経」「六百巻」を、「転読」という「方法」で流し読み、「世界平和」や「五穀豊穣」を祈祷する「行事」となっています。
 「成田山新勝寺」では、1月8日(木)11時00分から「成田山新勝寺」「光明堂」「横」の「清瀧権現堂」にて「天下泰平」・「万民豊楽」・「五穀豊穣」・「息災延命祈願」の「大般若会」が権修されます。
 「大般若会」ですが、「大唐西域記」で知られる「玄奘三蔵」が「翻訳」した「経典」「大般若経」「六百巻」を「職衆僧侶」が「転読」し、「天下泰平」・「万民豊楽」・「五穀豊穣」・「息災延命」を祈願するものだそうです。
 「大般若会」では、「経典」を「転読」する「風」にあたると、1年間「無病息災」の「御利益」をいただけるということから、多くの「参詣客」が「参列」されるそうです。
 また、「大般若会」「法会後」には、「参詣客」の「皆さん」に「大般若特別札」を受けるそうです。

 「成田」の「名刹」「成田山新勝寺」で開催される「大般若経」を「転読」し「天下泰平」・「万民豊楽」・「五穀豊穣」・「息災延命」を「祈願」する「行事」「大般若会」。
 この機会に「成田市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「大般若会」詳細

 開催日時 1月8日(木) 11時〜

 開催会場 成田山新勝寺 成田市成田1

 問合わせ 成田山新勝寺 0476-22-2111

 備考
 「大般若会」が催行される「成田山新勝寺」では、同日に「初薬師」も催行されます。
 「初薬師」とは、その「年」「最初」の「薬師如来」の「縁日」で、毎年「正月8日」の1月8日に催行されています。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=2404 |
| 地域情報::成田 | 06:51 PM |
「常世田薬師(とこよだやくし)」「御本尊御開帳」(銚子市)
 本日ご案内するのは、地元「銚子市」「常世田山常灯寺」で1月8日(木)に開催されます「常世田薬師(とこよだやくし)」「御本尊御開帳」です。

 「常世田山常灯寺」(2011年1月11日のブログ参照)ですが、「銚子市」「常世田町」にある「真言宗智山派」の「寺院」で、「山号」は「常世田山」です。
 「常世田山常灯寺」の「御本尊」は「薬師如来」、「常世田山常灯寺」は「地名」である「常世田町」と「御本尊」の「名称」「薬師如来」の「名称」から「常世田薬師(とこよだやくし)」と呼ばれています。

 「常世田薬師」こと「常世田山常灯寺」の「創建年代」等は「不詳」だそうですが、「伝承」によりますと、「行基」によって開創された「寺院」であると伝えられています。
 「常世田山常灯寺」は、「目」の「病気」に「御利益」があるとされ「人々」に篤く信仰され、「常世田薬師」と呼ばれ、広く親しまれていました。
 また「常世田山常灯寺」は、江戸時代から明治時代にかけ、「東総の三薬師」のひとつとして「興隆」を極めていたそうです。
 ちなみに「東総の三薬師」とは、「銚子市」の「常世田山常灯寺」、「旭市」の「尾背川薬師寺」、「匝瑳市」の「泉養院」(現在、廃寺)だったそうです。
 「常世田山常灯寺」「本堂」ですが、「正面」9m、「側面」10.8mの「寄棟(よせむね)造り」で、「茅葺屋根」の「仏堂」でした。
 「常世田山常灯寺」「本堂」「内部」ですが、「内陣」に「宮殿(くうでん)」を安置した「須弥壇(しゅみだん)」を設けており、「宮殿」は、1.8m四方の「大規模」なもので、「禅宗出組(ぜんしゅうでぐみ)」と「板蟇股(いたかえるまた)」を付し、「正面」と「背面」に「扉」を設けており、「本堂」と同時期のものと考えられているそうです。
 「宮殿」の「軸部」の「様式」は、「自然石」の「礎石」上に「丸柱」を建て、「柱」上に「台輪(だいわ)」を置き、「組物」は「唐様二手先(からようふたてさき)」で、「中備(なかぞなえ)」に「蓑束(みのづか)」を用いています。
 「内外陣」の「境」は、「舞良戸(まいらど)」と「格子戸(こうしど)」を用いて仕切り、「天井」は「格天井(ごうてんじょう)」、「建立」は、「棟札」によりますと、1673年(寛文13年)で、「県内」の江戸時代前期の「密教系仏堂」の「代表例」といわれているそうです。
 現在「常世田山常灯寺」ですが、「保存整備事業」のために「解体修理」(2011年2月15日のブログ参照)を行っており、2013年、2014年に「修復」を行い、本年(2015年)3月末に修復される予定となっています。

 「行基」ですが、「日本」の奈良時代の「僧」で、天智天皇7年(668年)に生まれました。
 (667年4月に生まれたという説もあります。)
 「僧侶」と「国家機関」と「朝廷」が定め「仏教」の「一般民衆」への「布教」を禁じた時代に、「禁」を破り「畿内」を「中心」に「民衆」や「豪族層」を問わず、広く「仏法」の「教え」を説き、「人々」より篤く崇敬されました。

 また「行基」は、「道場」・「寺」を多く建てたのみならず、「溜池15窪」、「溝」と「堀9筋」、「架橋6所」を、「困窮者」のための「布施屋」9ヶ所等の「設立」など「社会事業」を「各地」で行ったそうです。

 「朝廷」からは、度々(たびたび)弾圧されましたが、「奈良の大仏」(「東大寺」ほか)「建立」の「実質上」の「責任者」として招聘されたそうです。
 この「功績」により「行基」は、「東大寺」の「四聖」の「ひとり」に数えられています。

 「常世田薬師」こと「常世田山常灯寺」の「本堂」は付随して「宮殿」、「棟札」とともに、昭和54年(1979年)3月2日に「千葉県」の「有形文化財」(建造物)に指定されています。
 「常世田山常灯寺」ですが、「千葉県内」では、江戸時代前期の「密教系仏堂」の「代表例」といわれているそうです。

 「常世田山常灯寺」には、「寺宝」でもある「木造薬師如来坐像」があります。
 「木造薬師如来坐像」ですが、「像高」140.9cm、「坐幅」約100cmあり、「ヒノキ寄木造り」で「坐像」「全面」に「漆箔(しっぱく)」を施(ほどこ)してあり、「金色(こんじき)」に輝いています。
 「常世田山常灯寺」「木造薬師如来坐像」は、「仏像」のふくよかな「顔」が「流麗(りゅうれい)」な「衣文(えもん)」など随所に平安後期の「特徴」(定朝様式)を残している鎌倉時代初期の「代表的」な「仏像」(作例)なのだそうです。
 「常世田山常灯寺」「木造薬師如来坐像」の「台座」は仁治年間に修理されました「八角形」の「裳懸座(もかげざ)」で「金色燦然(こんじきさんぜん)」としています。
 「常世田山常灯寺」「木造薬師如来坐像」の「光背(こうはい)」の「高さ」232cm、「光背」の「頂部」に「胎蔵界大日如来」と「脇侍(きょうじ)」「二尊」を導き、「左右」に6躯ずつ「合計」12体の「飛天」の「数」ですが、「薬師如来」の「十二請願(せいがん)」に合わせたものであろうと「推測」されており、「常世田山常灯寺」「木造薬師如来坐像」「像胎内」に「多数」の「墨書銘(ぼくしょめい)」があり、これにより1243年(明治4年)、「仏師」「豪慶」によって修理したと伝えられています。
 「常世田山常灯寺」「木造薬師如来坐像」ですが、1955年(昭和30年)1月に「千葉県」の「県指定文化財」となり、1959年(昭和34年)6月27日に「国」の「重要文化財」(彫刻)に指定されています。

 「常世田薬師」の「名」で親しまれている「常世田山常灯寺」「本堂」は、上記のように「千葉県指定文化財」で、また「御本尊」「木造薬師如来坐像」は、「国」の「重要文化財」です。
 しかし、「常世田山常灯寺」は、多くの「他の寺院」のように「檀家」を持たず、「歴史」ある「伽藍」は、「地元の町内会」が結成した「常世田薬師奉賛会(とこよだやくしほうさんかい)」によって守られてきました。
 1673年(寛文13年)に建立された「常世田山常灯寺」は、これまで一度も大きな「改修」が行われず、年々「老朽化」していく「本堂」の「姿」に、わずか30年ほどの「町内会」からなる「奉賛会」の「皆さん」も永年「心」を痛めていたそうです。
 ところが、平成20年(2008年)にある「個人の方」から、

 「常世田山常灯寺解体修理に使ってください。」

 と「多額」の「寄付」をいただき、思いがけず、「解体修理」を「開始」できることとなったそうです。

 しかし「解体修理」のための「多額の寄付」をいただいたものの、「解体修理」と「将来」にわたっての「建物」の「維持管理」にかかる「費用」に賄うには十分とはいえず、限られた「費用」の中での「将来」にわたる「維持」・「管理」の「点」から、「幾星霜」を経た「歴史」あるかつての「茅葺屋根」の「趣」を残しつつも、「維持管理」により適した「銅板」を使用することとなったそうです。

 「銚子市」では、「常世田山常灯寺」の「本堂」を、平成22年(2010年)から平成27年(2015年)までの「6か年」で「解体修理事業」を実施する「計画」を立て、「解体修理工事」を開始しています。
 「常世田山常灯寺」「本堂」の「修理完了予定」ですが、2014年(平成26年)の「3月末」でしたが、平成27年度末に「事業」が「終了」する「予定」となりました。
 現在「解体修理」が始まって、3年が経過し、平成24年(2012年)3月には、「建物」の「すべて」の「部材」が「解体」され、「礎石」のみを残す「状態」でした。
 これまでの「解体作業」の「過程」でも、「創建時」から「現在」に至るまでの「建物」の「歴史」を物語る「数多く」の「資料」が発見されたそうです。
 そして平成25年度からは、「部材」をつくろいながら、「組み立て」が始まり、上記のように平成27年度末に「事業」が「終了」する「予定」となっています。

 「常世田薬師」「御本尊御開帳」ですが、「初薬師」にあたる毎年1月8日、7時00分から12時00分まで「常世田山常灯寺」「収蔵庫」を開けて、「常世田山常灯寺」「御本尊」である「寺宝」「木造薬師如来坐像」を御開帳する「行事」で、「国」の「重要文化財」(彫刻)に指定されている「木造薬師如来坐像」を「年」に「一度」開催されるそうです。
 「常世田薬師」「御本尊御開帳」では、「当日」「常世田山常灯寺」にて「子供たち」の健(すこ)やかな「成長」を祈願する「魔除け」の「御朱印」を「おでこ」に押してもらうことが出来るそうです。

 また「常世田薬師」「御本尊御開帳」に合わせて行われる「行事」ですが、上記のように「お札」の「授与」、「常世田町内会」による「甘酒」の「ご接待」が行われるそうです。

 「歴史」ある「常世田山常灯寺」で開催される1月8日午前中のみ公開される「行事」「常世田薬師」「御本尊御開帳」。
 この機会に「銚子市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「常世田薬師」「御本尊御開帳」詳細

 開催日時 1月8日(木) 7時〜12時

 開催会場 常世田山常灯寺 銚子市常世田町53-1

 問合わせ 銚子市教育委員会生涯学習課文化班 0479-24-8739 (平日 8時30分〜17時00分)

 備考
 「常世田薬師」「御本尊御開帳」では、「参拝者」のうち「希望者」には「御朱印」を押してもらえるそうです。
 また「常世田薬師」「御本尊御開帳」の「御朱印」ですが、「体」に押してもらうと「無病息災」の「ご利益」があると言われているそうです。

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| 地域情報::銚子 | 12:52 AM |

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