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「昭和祭・植樹祭」(鹿嶋市)
 本日ご案内するのは、近隣市「鹿嶋市」「鹿島神宮」で4月29日(祝・金)に開催されます「昭和祭・植樹祭」です。

 「常陸国一宮」「鹿島神宮」(2010年11月8日・9日・10日のブログ参照)は、「茨城県」「鹿嶋市」にある「神社」で、「全国」に約600社ある「鹿島神社」の「総本社」です。
 「鹿島神宮」は、「千葉県」「香取市」に鎮座する「香取神宮」(2010年11月5日・6日のブログ参照)、「茨城県」「神栖市」に鎮座する「息栖神社(イキスジンジャ)」(2010年11月7日のブログ参照)と合わせて「東国三社」(2010年10月23日のブログ参照)と呼ばれ、江戸時代から「東国三社めぐり」として「人気」があったそうで、「初詣」には、「全国」から60万人以上が参拝し、「初詣」の「参拝者数」では「茨城県」2位を誇ります。

 「鹿島神宮」は、「茨城県」「南東部」、「北浦」(2011年12月6日のブログ参照)と「鹿島灘(カシマナダ)」(2012年6月16日のブログ参照)に挟まれた「鹿島台地」上に鎮座し、「鹿島神宮」は、「伊勢神宮」・「香取神宮」とともに、明治維新前に「神宮」の「名称」を使用していた「三社」のうちの「一社」です。
 「鹿島神宮」の「御祭神」「武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)」(建御雷神)で、「鹿島神」という「一般名称」でも知られており、「古事記」では、「伊弉諾尊(イザナギノミコト)」が「軻遇突智(カグツチ)」の「首」を切り落とした際、「剣」についた「血」が「岩」に飛び散って生まれた「三神」のうちの「一柱」とされています。
 「武甕槌大神」は、「香取神宮」の「御祭神」「経津主大神(フツヌシノオオカミ)」とともに、「天孫降臨」に先立ち「国譲り」の「交渉」をしたといわれている「神様」で、「武甕槌大神」は、「武の神」として古くから「皇室」や「藤原氏」の「崇敬」を受け、さらに鎌倉時代以降は「武家政権」の「信仰」も得て、「社殿」・「楼門」・「宝物類」の「奉納」や「所領寄進」が繰り返されてきました。

 「鹿島神宮」「楼門」は、寛永11年(1634年)、「徳川頼房」公が奉納した「楼門」で「日本三大楼門」のひとつとして知られています。
 「鹿島神宮」「楼門」は、「鹿島神宮」「境内」「鹿島神宮の森」の「縁」の中にひときわ「朱色」が鮮やかな「楼門」で、「鹿島神宮」「楼門」の「扁額」は「東郷平八郎」「元帥」の「直筆」によるものだそうです。

 「鹿島神宮」の「創建」ですが、2674年前の「初代」・「神武天皇」「御即位」の「年」にあたり、「神武天皇」は、「東征」の「途上」における「大神」の「布津御霊劔(フツノミタマノツルギ)」による「守護」に感謝され、「鹿島の地」に「大神」を勅祭されたそうです。
 これに先立つ神代の昔、「武甕槌大神」は「天照大御神(アマテラスオオミカミ)」の「名」を受け、「葦原中国」といわれた「我が国」の「国譲り」から「国造り」まで、その「建国」に大いにその「御神威」を発揮されました。
 「鹿島神宮」は、その「御威徳」から「武の神」として崇められ、日出づる「東方」に坐します「鹿島立ち」の「御神徳」によって、「事始め」、「起業」、「開運」、「旅行交通安全の神」、「常陸帯」(2012年1月13日・2011年10月16日のブログ参照)の「故事」によって「安産」、「縁結び」の「神」を仰がれています。

 「鹿島神宮」「文化財」ですが、「布津御霊劔(フツノミタマノツルギ)」と称される「長大」な「直刀」が「国宝」に指定されているほか、「鹿島神宮」「境内」は「国」の「史跡」に指定され、「本殿」・「本殿」・「楼門」など「社殿」7棟が、「国」の「重要文化財」に指定されており、そのほか「鹿島神宮」は、「鹿」を「神使」とすることでも知られています。
 「鹿島神宮」は、古くから「朝廷」から「蝦夷(エゾ)」に対する「平定神」として、また「藤原氏」から「氏神」として崇敬され、その「神威」は中世の「武家の世」に移って以後も続き、「歴代」の「武家政権」からは「武神」として崇敬され、現代も「鹿島神宮」は「武道」で篤く信仰されています。

 「鹿島神宮」では80以上もの「年中行事」の中では「祭頭祭」(2016年3月8日・2015年3月8日・・2014年3月5日・2013年3月6日・2012年3月2日・2011年3月6日のブログ参照)、「神幸祭」(2012年8月26日のブログ参照)、また12年に一度「午年」ごとに行われる「式年大祭御船祭」(2014年8月31日のブログ参照)が特に「有名」で、2014年9月1日(月)には、「3日間」に渡って「御船祭」が催行されています。
 (「式年大祭御船祭」「前日」8月31日(日)午後には、「御座船清祓式」(2014年8月29日のブログ参照)が執り行われました。)

 「昭和の日」ですが、「日本」の「国民の祝日」のひとつで、「日付」は4月29日です。
 「昭和の日」は、「国民の祝日に関する法律」(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)の「一部改正」によって2007年(平成19年)に制定された「祝日」で、「日付」は「昭和天皇」の「誕生日」である4月29日があてられています。
 「同法」ではその「趣旨」を、

 「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」

 としており、「昭和の日」は、「ゴールデンウィーク」を構成する「祝日」のひとつでもあります。

 4月29日は、もともと「昭和」の「時代」に「天皇誕生日」という「祝日」でありましたが、昭和64年(1989年)1月7日に「昭和天皇」が崩御されたことを受けて「年号」が「平成」に改まり、「天皇誕生日」も平成元年(1989年)から「みどりの日」となりました。
 しかし、多くの「国民」の「要望」を受けて、平成17年(2005年)に「国会」で上述のように「国民の祝日に関する法律」(祝日法)が改正、平成19年(2007年)より「昭和の日」とすることになったそうです。

 4月29日は「昭和の日」となるまで「みどりの日」の「祝日」でしたが、現在「みどりの日」は、5月4日に移動して存続しています。
 もともと「みどりの日」は、上述のように昭和の時代、「天皇誕生日」という「祝日」でありましたが、「昭和天皇」の「崩御」にともない、「天皇誕生日」は、今の「天皇陛下」の「お誕生日」である12月23日となり、4月29日は「昭和天皇」が「自然」を愛したことにちなんで、平成元年から「みどりの日」の「名称」に変えて「祝日」として存続しました。
 「自然」をこよなく愛された「昭和天皇」は、「全国植樹祭」にも必ずご臨席になり、「ご自身」の「手」により「植樹」をされてきたそうで、その「伝統」は、今の「天皇陛下」に受け継がれています。

 「昭和の日」と同じような「起源」をもつ「祝日」ですが、「文化の日」にあたる11月3日は、「明治天皇」の「お誕生日」であり、戦前には「明治節」(明治時代には天長節)という「祝日」だったそうです。
 「国民の声」により昭和2年(1927年)に「明治節」として「祝日」と定められ、「国民」に親しまれてきました。
 昭和23年(1948年)には、近代文化が目覚ましい「発展」を遂げた「明治の時代」を念頭に「文化の日」としてあらためて定められ、また、昭和21年(1946年)に「日本国憲法」が公布された「日」でもあります。
 「文化の日」には、「皇居」で「文化の発展」に「功労」のあった「人々」に「文化勲章」の「授与式」が行われ、また、「文化功労者」および「各種褒章」の「受賞者」の「伝達式」などが行われます。

 「昭和の日」の「制定」までの「流れ」は、下記の通りです。

 1989年(昭和64年)1月7日の昭和天皇崩御により、同年以降の4月29日はそれまでの天皇誕生日としては存続できなくなり、祝日法の天皇誕生日に係る項を改正する必要が生じた。

 孝明天皇、明治天皇、大正天皇の場合は崩御日が先帝祭として休日となる休日法が存続していたが、昭和天皇の場合は現行の休日法により崩御日が休日とならないため、当初から誕生日を活かして「昭和記念日」など昭和に因んだ新祝日として存続させる案が出ていたが、その案は見送られ、同年以降の4月29日は「みどりの日」という名称の祝日に改められた。

 2000年(平成12年)3月、自由民主党・自由党・公明党の連立与党が改正法案を参議院に提出。
 参議院は通過したものの、同年5月に内閣総理大臣森喜朗の「神の国発言」の影響で衆議院での採択が見送られた後、衆議院解散により廃案となった。

 2002年(平成14年)に自由民主党と保守新党が再提出。
 公明党・自由党が賛成、2000年の法案に反対した民主党も賛成に転じて、2003年(平成15年)7月に衆議院を通過した。
 参議院で継続審議に入ったが、衆議院の解散により審議未了のまま廃案になった。

 2004年(平成16年)、自由民主党・公明党が3度目となる改正法案を提出、翌2005年(平成17年)4月の衆議院内閣委員会で自由民主党・公明党・民主党の賛成多数により可決。
 参議院での継続審議を経て、5月13日の参議院本会議で成立した。
 同改正法は2007年(平成19年)から施行され、同年以降の4月29日は「昭和の日」、従前の「みどりの日」はそれまで「国民の休日」であった5月4日に上書き的に移動した。
 なお、同改正法にはこの二つの祝日設置のほかにも付随する改正(振替休日や国民の休日の重複を避けるための条文の変更等)が盛り込まれている。

 「サカキ」(榊、英名・Cleyera japonica)は、「モッコク科サカキ属」の「常緑小高木」で、「神棚」や、「祭壇」に供えるなど、「神道」の「神事」にも用いられる「植物」であり、「学名」は、「植物学者」で「出島オランダ商館長」を務め、「サカキ」を「ヨーロッパ」に紹介した「アンドレアス・クレイエル」にちなんでいるそうです。

 「サカキ」の「特徴」ですが、「常緑性」の「小高木」、「低木」に見ることが多いが、「高さ」12m、「胸高直径」は30cmになるものがあり、「若枝」は緑だが、「幹」の「樹皮」は灰淡褐色になり、「枝先」の「芽」は裸で、「若葉」が巻いて鎌状になります。
 「葉」は二列生の互生で、厚みのある「革質」、のっぺりとした表面で、「鋸歯」は全くなく、きれいな「楕円形」で、裏面はやや色薄く、両面とも無毛だそうです。
 6月ごろ側枝の基部の側の「葉腋」から白い小さな「花」を咲かせ、「花」は1〜4個が束状に出て、いずれも「葉の下」に出て、下向きに咲き、11月ごろには黒くて小さな「液果」を付けるそうです。

 「日本」では古くから「神事」に用いられる「植物」であり、「榊」という「国字」もそこから生まれたそうです。
 古来から「植物」には「神」が宿り、特に先端がとがった枝先は「神」が降りる「ヨリシロ」として「若松」や、「オガタマノキ」など様々な「常緑植物」が用いられたが、近年はもっとも身近な「植物」で枝先が尖っており、「神」の「ヨリシロ」にふさわしい「サカキ」や、「ヒサカキ」が定着しています。

 「榊」は、「家庭」の「神棚」にも捧げられ、月に2度、1日と15日(江戸時代までは旧暦の1日と15日)に取り替える「習わし」になっており、「神棚」では「榊立」を用います。

 「鹿島神宮」では、4月29日(祝・金)の「昭和の日」に、10時00分から「昭和祭・植樹祭」を執り行うそうです。
 この日(昭和の日)は「昭和天皇」がご降誕された「日」であり、上述のように平成19年(2007年)より「みどりの日」から「昭和の日」に改正されました。
 「昭和祭・植樹祭」ですが、「昭和天皇」の「御聖徳」を仰ぎ、「皇室」の「弥栄」と、「国民」の「平安」を祈る「お祭り」として奉仕されています。
 また「昭和祭・植樹祭」では、「緑」を愛した「昭和天皇」の「御遺徳」を偲び、「鹿島神宮」では例年「榊」の「苗」を植樹しているそうです。

 「日本屈指」の「名社」「鹿島神宮」で開催される「恒例」の「催事」「昭和祭・植樹祭」。
 この機会に「鹿嶋市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「昭和祭・植樹祭」詳細

 開催日時 4月29日(祝・金) 10時〜

 開催会場 鹿島神宮 茨城県鹿嶋市宮中2306-1

 問合わせ 鹿島神宮社務所 0299-82-1209

 備考
 「昭和祭・植樹祭」が催行される「鹿島神宮」では、4月29日(祝・金)「朝」8時00分から「鹿島神宮」「弓道大会」が行われます。
 「鹿島神宮」「弓道大会」ですが、「部活」で参加する「高校生」から「一般」の「弓道愛好家」にいたるまで約400名の「皆さん」が「鹿島神宮」内の「弓道場」に集い、「日頃」鍛えた「技術」と、「心」を「武の神」と名高い「鹿島の神」の「お膝元」で披露するそうです。

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