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「第24回全国氷彫刻展成田山新勝寺大会」(成田市)
 本日ご案内するのは、近隣市「成田市」「成田山新勝寺」で3月9日(日)に開催されます「第24回全国氷彫刻展成田山新勝寺大会」です。

 「成田山新勝寺」(2010年11月14日・15日・16日のブログ参照)は、「成田市」にある「真言宗智山派」の「寺」であり、「真言宗智山派」の「大本山」のひとつです。
 「成田山新勝寺」は、1000年以上の「歴史」をもつ「全国有数」の「霊場」で、「成田」を「代表」する「観光地」でもあり、「正月3が日」には約300万人、「年間」約1000万人以上の「参拝客」が訪れています。
 「成田山新勝寺」の「御本尊」は「不動明王」で、「成田山新勝寺」は上記のように「関東地方」「有数」の「参詣人」を集める「著名寺院」で、「家内安全」、「交通安全」などを祈る「護摩祈祷」のために訪れる方が多い「不動明王信仰」の「寺院」のひとつであり、「成田のお不動さま」の「愛称」で親しまれています。

 「成田山新勝寺」の「御本尊」である「不動明王」ですが、「真言宗」の「開祖」「弘法大師」「空海」が自ら「一刀三礼」(ひと彫りごとに三度礼拝する)の「祈り」をこめて「敬刻開眼」された「御尊像」なのだそうです。
 「成田山新勝寺」では、この「霊験」あらたかな「御本尊」「不動明王」の「御加護」で、千年以上もの間、「御護摩」の「火」を絶やすことなく、「皆様」の「祈り」が「一体」となり「清浄」な「願い」となって現れるそうです。
 「成田山新勝寺」は、「開山1080年」を間近に控えた現在も「成田山のお不動さま」として数多くの「人びと」の「信仰」を集めています。

  「成田山」の「開山の祖」「寛朝大僧正(かんちょうだいそうじょう)」は、延喜16年(918年)に生まれ、天慶3年(940年)「平将門の乱」を鎮めるため「朱雀天皇」の「勅命」により「関東」に下り、「この地」に「成田山新勝寺」が開山されました。
 「寛朝大僧正」は、「皇室」との「血縁」もある大変に「格」の高い「僧侶」で、後に「真言宗」初めての「大僧正」に任じられ、「成田山」の他にも「京都」に「遍照寺」を開山しているそうです。

 「成田山新勝寺」では、平成20年(2008年)に「開基1070年祭記念大開帳」が行われ、これにあわせて、平成19年(2007年)には「総欅造り」の「総門」が「落慶」され、「新勝寺」の「表玄関」として「荘厳」な「たたずまい」を見せています。
 この「総門」は、開かれた「庶民のお寺」「成田山」と「門前町」とをつなぐ「担い手」として、「大開帳」を記念し創建されたもので、「総門」前にある「門前広場」は「参拝客」の「憩いの場」となっています。

 「成田山新勝寺」ですが、「総門」をくぐって、「境内」に入ると大きな赤い「提灯」のある「仁王門」があり、「境内」には、数多くの「建造物」が立ち並んでいます。
 「仁王門」から「東海道五十三次」にならった53段の「石段」を上がると、「成田山」の「シンボル」である「大本堂」が現れます。
 「成田山新勝寺」「大本堂」では、「世界平和」と「人々の幸せ」を願って「開山」以来「毎日」欠かさずに「御護摩祈祷」が厳修されています。
 この「御護摩祈祷」は、「一般の方」でも「大本堂」内でその「一部始終」を参拝することができ、中でも「朝護摩」は、4月から9月は5時30分、10月から3月は6時に厳修されています。
 この「神聖」な「儀式」に参拝しようと、前の「晩」は近くに「宿」をとってこの「朝護摩」に訪れる「ご信徒」の方も数多くおられるそうです。

 「成田山新勝寺」では、「大本堂」からほど近い「光輪閣」から歩いて「大本堂」へとお入りになる約10名の「大導師」・「職衆」の「姿」をご覧になることができ、「身」につけている鮮やかな「法衣」の「色彩」は、「成田山」ならではのものといえます。
 中でも「大僧正」が「身」に着ける「衣装」を特に「緋の衣」といい、「緋色」を用いた大変美しい「衣装」となっています。
 「職衆」も「紫」や「萌黄色」(緑色)・「浅黄色」(黄色)などの鮮やかで「雅(みやび)」な「色彩」を用いた「衣装」を「身」にまとって「大護摩修行」を執り行っています。
 こうした煌びやかな「衣装」の「行列」に、「仏教文化」の「華やかさ」と「修行」の「厳しさ」を垣間見る「思い」があり、またこうした「厳粛」な「姿」をすぐ「目の前」で「毎日」見ることができることからも、「成田山」が常に「庶民」に開かれていることがわかります。
 「成田山新勝寺」にある「釈迦堂」、「光明堂」、「表参道」にある「薬師堂」(2013年5月22日のブログ参照)ですが、「歴代」の「成田山」の「大本堂」です。
 これほどの「数」の「御堂」が現存している「寺院」は大変珍しく、それぞれの「建物」には「建立時」の「建築様式」を「今」に伝えており、そのうちの「5棟」が「国」の「重要文化財」に指定されています。

 「全国氷彫刻展」は、「NPO法人日本氷彫刻会」が主催している「イベント」です。
 「NPO法人日本氷彫刻会」の「総本部」の「活動」として大きなものは、例年2月に「北海道」「旭川」で開催の「氷彫刻世界大会」、例年7月に「東京」で開催の「全国氷彫刻展夏季大会」となっています。
 「NPO法人日本氷彫刻会」は、「全国」に「北海道」・「関東」・「東日本」・「西日本」・「東海」・「四国」・「九州」の7つの「地方本部」と「地方本部」に属していない「宮城県支部」があり、それぞれ「各地」の「イベント」で「氷彫刻」の「大会」や、「作品展示」を行って活動しています。
 例として、「北海道地方支部」は、「旭川」で開催の「氷彫刻世界大会」の他、「札幌支部」の「会員」は「札幌雪祭り」の「すすきの氷の祭典」に出品、「大氷像」の「制作」にかかわり、「釧路支部」の「会員」は「帯広氷まつり」で「作品制作」など「総本部」の「行事」の他に「各地」で活躍しています。

 「氷彫刻」は「過去」において、「地域的」には「北国」の、そして「特殊」な「技術」を持つ「特定」の「人たち」のものという「社会的認識」があったそうですが、「日本氷彫刻会」は昭和35年(1960年)にその前身が、「全国氷彫刻研究会」という「名前」で発足して以来、「南」は「沖縄」から「北」は「北海道」まで、それぞれの「地域」に「活動」の「拠点」を置き、たとえば「南国地域」での「氷彫刻」の「すばらしさ」をPRしたり、「北国地域」の「冬まつり」などにおける「イベント」で「一般の人」に対して、「氷彫刻技術」の「指導」・「助言」・「支援」を行うなどの「活動」を続けて来たそうです。

 「全国氷彫刻展成田山新勝寺大会」(2012年3月7日・2011年2月27日のブログ参照)ですが、「成田山新勝寺」「境内」で行われている「氷彫刻」の「大会」で、「迫力」溢れる「製作」の「過程」を「ライブ」で楽しめ、「氷彫刻」の「職人」の「皆さん」の「芸術品」を愛でる「イベント」となっています。
 「全国氷彫刻展成田山新勝寺大会」は、例年「成田山公園」(2011年11月8日のブログ参照)を「会場」に行われる「人気」の「催し」「成田の梅まつり」(2014年2月16日・2013年2月11日・2012年2月9日・2011年2月10日のブログ参照)の「期間中」の「日曜日」に開催され、多くの「観光客」、「鑑賞客」、「地元客」の「皆さん」で賑わう「イベント」です。

 「第24回全国氷彫刻展成田山新勝寺大会」は、3月9日(日)に「成田山新勝寺」「大本堂」前「広場」周辺で行われます。
 「第24回全国氷彫刻展成田山新勝寺大会」では、1基270kgの四角い「氷柱」を「氷彫刻」の「職人たち」の「熟練」の「技」により、約20基それぞれに「彫刻」が施された様々な「氷彫刻」の「形」に作り上げていく「様子」を間近で鑑賞でき、「氷の塊」が「芸術品」になる様子を楽しむことができます。
 「第24回全国氷彫刻展成田山新勝寺大会」では、「冬」ならではの「氷の芸術品」が「壮大」な「成田山新勝寺」「大本堂」をバックに雄々しく立ち並ぶ様は「圧巻」だそうです。
 「第24回全国氷彫刻展成田山新勝寺大会」の「スケジュール」ですが、以下の通りとなっています。

 9時30分 開会式(成田山新勝寺大本堂1階表玄関前)

 9時45分 競技開始

 12時15分 競技終了・審査

 13時00分 特別大護摩参詣「成功成就」

 14時15分 表彰式

 「日本屈指」の「名刹」「成田山新勝寺」で行われる「氷彫刻」の「展示・鑑賞会」「第24回全国氷彫刻展成田山新勝寺大会」。
 この機会に「成田市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「第24回全国氷彫刻展成田山新勝寺大会」詳細

 開催日時 3月9日(日) 8時半〜15時

 開催会場 成田山新勝寺 成田市成田1

 問合わせ 大本山 成田山新勝寺 0476-22-2111

 備考
 「第24回全国氷彫刻展成田山新勝寺大会」は、「小雨」決行で行われる「催し」となっています。
 昨年(2013年)行われました「第23回全国氷彫刻展成田山新勝寺大会」の「様子」ですが、「成田山新勝寺」「HP」にて「動画」「YouTube」でアップされています。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=2036 |
| 地域情報::成田 | 11:45 AM |
「ひな祭りフェア」(香取市)
 本日ご紹介するのは、となりまち「香取市」「道の駅くりもと紅小町の郷」で3月1日(土)〜3日(月)の期間開催されます「ひな祭りフェア」です。

 「道の駅くりもと紅小町の郷」(2012年4月27日・3月28日のブログ参照)は、「香取市」の「千葉県道44号成田小見川鹿島港線」上にある「人気」の「道の駅」で、「愛称」は「紅小町の郷(べにこまちのさと)」です。
 「道の駅くりもと紅小町の郷」は、2001年(平成13年)に「開駅」し、地元「香取市」の「新鮮」な「農産物」、「豊富」な「特産品」を販売しています。
 「道の駅くりもと紅小町の郷」の「建物」の「裏」には「釣堀」や「散策路」などがある「里山公園」があり、「県道」(千葉県道44号成田小見川鹿島港線)の「向かい」にある「体験農園施設」では「個人」で「畑」を借りて「野菜」を栽培することができる「施設」となっており、「充実」した「施設」が多い「道の駅」となっています。

 「道の駅くりもと紅小町の郷」では、「朝どり」の「新鮮野菜」や「特産」の「ぶどう」(2011年8月10日・2010年8月17日のブログ参照)、「梨」(2010年9月10日のブログ参照)といった「果物」、「香取市」の「特産品」「畜産加工品」が並ぶ「直売所」、地元「香取市」、「土地」の「食材」で作った「料理」が味わえる「食事処」「味処いっぷく」ほか、平成18年(2006年)には「全国」の「道の駅」の「人気商品」を取り寄せた「交流物産館」もオープン。
 「道の駅くりもと紅小町の郷」「敷地内」には、上記のように「緑」に囲まれた「里山公園」もあり、「里山公園」には「水仙園」、「ザリガニ園」、「ニジマス釣り」(釣堀)、「くじゃく園」、「カブトムシ園」、「野草園」、「シイタケ園」、「カモ池」、「カニ池」、「コイ池」、「バーベキューコーナー」があります。
 また「道の駅くりもと紅小町の郷」には、「ちびっこ遊具」を備えた「広場」も併設されており、「家族」でゆっくりと楽しめる「道の駅」となっています。

 また「道の駅くりもと紅小町の郷」には、「情報コーナー」、「花・植木コーナー」、「畑楽館(はたらくかん)」等があり、「収穫体験」では「菜花つみ」、「からし菜つみ」、「あぶら菜つみ」、「竹の子掘り」、「ジャガイモ掘り」、「ブルーベリー摘み」、「トウモロコシもぎ取り」、「枝豆狩り」、「ミニトマト園」、「落花生掘り取り」、「栗ひろい」、「サツマイモ堀り」が「時期時期」に行われており、、「食育教育」として、「干し芋作り体験」、「こんにゃく作り教室」、「味噌作り教室」、「豆腐作り教室」(通年)、「いちごジャム作り教室」、「丹波黒豆味噌作り教室」(通年)、「コロッケ作り教室」、「ブルーベリージャム作り教室」、「キムチ作り教室」、「たくあん漬け教室」などが行われています。
 ほかにも、「道の駅くりもと紅小町の郷」では「地元農家」の「指導」を受けながら「年間」を通じて「種まき」・「苗の植え付け」から「収穫」まで「作物」を育てる「楽しみ」が味わえる「貸し農園」(要申し込み・有料)など、「充実」の「体験メニュー」も揃っています。

 「ひな祭り」は「女子」のすこやかな「成長」を祈る「節句」の「年中行事」で、「ひいなあそび」ともいわれています。
 「ひな祭り」では「ひな人形」(「男雛」と「女雛」を中心とする「人形」)を飾り、「桃の花」を飾って、「白酒」や「寿司」などの「飲食」を楽しむ「節句祭り」で、「雛あられ」や「菱餅」を供えます。

 「ひな祭り」の「時期」ですが、「和暦」(太陰太陽暦)の3月の「節句」(上巳)である「3月3日」(現在の4月頃)に行われていましたが、明治6年(1873年)1月1日の「改暦」以後は「一般的」に「グレゴリオ暦」(新暦)の「3月3日」に行いますが、一部では引き続き「旧暦」「3月3日」に祝うか、「新暦」「4月3日」に祝うそうです。
 (「東北」・「北陸」など「積雪」・「寒冷地」に多いそうです。)
 「ひな祭り」では「旧暦」では「桃の花」が咲く「季節」になるため「桃の節句」となりました。

 「地方」の「ひな祭り」ですが、「香川県」「三富市」の旧「仁尾町」では戦国時代に「仁尾城」が落城したのが「旧暦」「3月3日」であるという「特殊事情」のため、「ひな祭り」は行われず、かわりに「八朔(はっさく)」(「八月朔日」の「略」で「旧暦」の「8月1日」のこと)に「ひな人形」を飾ります。
 また、「兵庫県」「たつの市」「御津町」「室津地区」でも、「八朔のひな祭り」といって「旧暦」「8月1日」に行っていたそうです。
 「室津追考記」によりますと、永録9年(1566年)1月11日の「室山城主」「浦上政宗」の「弟」の「宗景」の「結婚式」の「夜」に、かねてより「対立関係」にあった「龍野城主」「赤松政秀」の「急襲」にあい、「花嫁」は「奮戦」むなしく討死し、「政宗」は自害し、「室山城」落城。
 以後「室津」の「人々」はこの「悲劇」を悲しみ、「非業」の「死」を遂げた「花嫁」の「鎮魂」のために「3月3日」ではなく、半年遅れの「八朔」に「ひな祭り」を延期しました。
 「御津町」「室津」では、「旧暦」の「8月1日」に「お雛様」を飾る「習慣」があるので知られていましたが、戦後この「風習」は長く途絶えていましたが、近年「八朔のひな祭り」を復興したそうです。
 また江戸時代には「9月9日」の「重用の節句」に「ひな人形」をもう一度飾る「秋の雛」という「習慣」がありましたが、それに習い「秋」にも「ひな人形」を飾る「地域」が出てきているそうです。

 「ひな祭りフェア」ですが、「香取市」の「人気」の「道の駅くりもと紅小町の郷」の「企画」で3月1日(土)から3日(月)までの「3日間」行われます。
 「ひな祭りフェア」の「内容」ですが、「いちごフェア」、「古代米お餅」、「味処いっぷく」の「企画」となっています。
 「いちごフェア」ですが、今が「旬」のあなた好みの「苺」に出会える「フェア」で、3月1日(土)・2日(日)に行われます。
 「道の駅くりもと紅小町の郷」「直売所」では、「苺」が販売されるほか、その他の「果物」も取りそろえているそうです。
 「古代米お餅」ですが、3月2日(日)のみ(限り)行われる「催し」で、「古代米」を使用した「お餅」を「桜餅」の「代わり」に「店頭限定販売」するそうです。
 「味処いっぷく」の「企画」ですが、3月1日(日)から3日(月)までの「3日間」行われる「企画」で、「ちらしずし」・「かき揚げそばセット」「桜餅付」を、1日30食限定で提供するそうです。
 また「ひな祭りフェア」「開催期間中」の3月1日(土)・2日(日)には、「会場」の「道の駅くりもと紅小町の郷」内に「子ども向けのコーナー」も登場する予定となっています。

 「人気」の「道の駅」「道の駅くりもと紅小町の郷」で開催される「旬」の「イベント」「ひな祭りフェア」。
 この機会に「香取市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「ひな祭りフェア」詳細

 開催期間 3月1日(土)〜3日(月)

 開催会場 道の駅くりもと紅小町の郷 香取市沢1372-1

 問合わせ 道の駅くりもと紅小町の郷 0478-70-5151

 備考
 「ひな祭りフェア」に際し、「道の駅くりもと紅小町の郷」には、「7段飾り」の「ひな人形」が飾られ、「記念撮影」ができるそうです。





















| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=2033 |
| 地域情報::香取 | 12:50 PM |
「収蔵優品展〜劉蒼居を中心として〜」(成田市)
 本日ご紹介するのは、近隣市「成田市」「成田山書道美術館」で2月22日(土)〜4月20日(日)の期間開催されます「収蔵優品展〜劉蒼居を中心として〜」です。

 近隣市「成田市」には、「成田のお不動さま」として親しまれ、「関東三大不動」のひとつである「成田山新勝寺」(2010年11月14日・15日・16日のブログ参照)があります。
 「成田山新勝寺」は、「寛朝大僧正(かんちょうだいそうじょう)」が天慶3年(940年)に開山した「真言宗智山派」の「大本山」であり、「成田山新勝寺」の「御本尊」「不動明王」は、平安時代、「嵯峨天皇」の「勅願」により「弘法大師」が「一刀三礼」、「敬慮」な「祈り」を込めて彫り「開眼」したといわれており、「朝夕」に「天下泰平」・「五穀豊穣」・「万民豊楽」の「護摩法」を修せられた「霊験」あらたかな「御尊像」なのだそうです。
 「成田山新勝寺」の「縁起」ですが、「朱雀天皇」の天慶2年(939年)、「平将門の乱」「平定」の為、「寛朝大僧正」により「当地」に遷座し、「成田山新勝寺」が「成田」に開山されたそうです。

 「成田山新勝寺」の「境内」には、広々とした「緑」豊かな「東京ドーム」約3.5個分(16万5000平方m)にも及ぶ「成田山公園」(2011年11月8日・2010年11月12日のブログ参照)が広がっています。
 「成田山公園」は「仏教」の生きとし生けるもの「すべての生命」を尊ぶという「思想」が組み入れられ、「不殺生」を表す尊い「生命」をはぐくむ「場」となっています。
 「成田山公園」では、「梅」・「桜」・「藤」・「菊」・「紅葉」など「四季折々」の「姿」を観ることができ、また「公園内」「各所」には「松尾芭蕉」や「高浜虚子」など「著名」な「文人たち」の「句碑」があり、「先人」の「足跡」を感じることができます。

 「成田山新勝寺」「境内」の広々とした「緑」豊かな美しい「成田山公園」を散策し、「成田山公園」「園内」の「一角」「三の池」の「畔(ほとり)」に「成田山書道美術館」(2011年6月5日のブログ参照)が佇んでいます。
 「成田山書道美術館」は、「興教大師」の「850年御遠忌」を記念して平成4年(1992年)に設立され、「(財)成田山文化財団」によって運営されています。
 「成田山書道美術館」は、「幕末」から「現代」までの「書蹟」の「収蔵品」を中心としている「書」の「専門美術館」ですが、「地域」の方々や「書」に親しみのない方々でも気軽に「足」を運んでいただけるよう、「絵画」や「工芸」など「他」の「分野」の「展示」も併せて行っています。
 「成田山書道美術館」ですが、「近現代」の「書蹟」の「収蔵」では「質量」とも「群」を抜いており、これらを生かした「展示」・「普及」・「研究活動」が行われています。
 「成田山書道美術館」では「テーマ」を変えながら、「年間」6〜7回展示を行っています。
 「成田山書道美術館」は、「近現代」の「書作品」を常に鑑賞できる「美術館」は「全国」でも少なく、「書」をより多くの「方々」に理解し、「成田山書道美術館」「館内」は楽しんでいただける「展示」がされています。

 「劉蒼居(りゅうそうきょ)」は、1941年(昭和16年)7月2日生まれの「香川県」出身の「昭和初期」から「平成時代」の「書家」で、1965年(昭和40年)に「日展」に「初入選」し、「玄心会」「理事長」、「日展」「理事」などをつとめられました。
 上記のように「隆盛」を極めた「戦後」の「書壇」で活躍した「劉蒼居」(本名・振角昭彦(ふりかどあきひこ))(1941年〜2006年)は、「兵庫」を「拠点」に活躍し、「日本書壇」を索引していく「存在」と目(もく)されていました。
 「劉蒼居」は、2006年(平成18年)に「袁枚(えんばい)誌」で「日本藝術院賞」を受賞し、その「制作活動」が「最盛期」を迎えようとしていた矢先に、2006年9月30日、65歳の「若さ」で惜しまれながら永眠しました。
 「劉蒼居」は「木村知石」の「主張」を受け継ぎながらも、晩年には「特有」の「世界観」を深めていきます。
 「劉蒼居」は、「師」の「書法」を根底に、「明代」の「筆法」を取り入れた「漢字」や「調和体作品」は、今もなお大きな「存在感」を放っているそうです。

 「成田山書道美術館」では2012年(平成24年)、「ご遺族」から「劉蒼居」の「代表作」16点の「寄贈」を受けたそうです。
 「収蔵優品展〜劉蒼居を中心として〜」では、2003年(平成15年)の「日展」「内閣総理大臣賞」「受賞作」をはじめとするこれらの「作品」を「中心」に、「劉蒼居」と「縁」ある「作家」や「同時代」に活躍した「作家」の「作品」を出品するそうです。

 「風情」ある「成田山公園」に佇む「書」の「専門美術館」「成田山書道美術館」で開催される「催事」「収蔵優品展〜劉蒼居を中心として〜」。
 この機会に「成田市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「収蔵優品展〜劉蒼居を中心として〜」詳細

 開催期間 2月22日(土)〜4月20日(日)

 開館時間 9時〜16時(入館は〜15時半)

 開催会場 成田山書道美術館 成田市成田640

 入館料  大人500円 大高生250円

 休館日  月曜(祝日の場合は翌日)

 問合わせ 成田山書道美術館 0476-24-0774

 備考
 「収蔵優品展〜劉蒼居を中心として〜」の「期間中」「成田山書道美術館」「1階」では、「第30回成田山全国競書展」(4月)が開催されるそうです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=2047 |
| 地域情報::成田 | 10:36 AM |
「城山公園さくら開花予想クイズ」(香取市)
 本日ご紹介するのは、となりまち「香取市」で行われています「城山公園さくら開花予想クイズ」です。

 「小見川城山公園」(2011年2月26日のブログ参照)は、「香取市」「小見川」で、「桜」や「躑躅(つつじ)」の「名所」として知られています。
 「小見川城山公園」ですが、「城山」の名前の通り平安時代から室町時代にかけ「豪族」「栗飯原氏」の「城」が築かれたと伝えられる「小見川城址」があり、今でも「本丸跡」に「土塁」、「空堀」、「土橋」、「曲輪」といった「城」の「一部」が残っているほか、古代の「城山古墳群」と呼ばれる「古墳群」もあります。
 ちなみに「小見川城址」ですが、1199年(建久10年)に「栗飯原朝秀」が築城したと伝えられています。
 「栗飯原氏」は、中世の「下総国」「香取郡」「小見川郷」(「香取市」「小見川」)一帯を領した「千葉氏」の「古族」です。
 「栗飯原」は「あいはら」、「あいばら」と読み、平安時代末期、「平常長」の「四男」・「栗飯原常基」を「祖」とし、戦国末期までの約五百年、「小見川周辺」を領していたそうです。

 「小見川城山公園」は、「茨城県」と「千葉県」を繋(つな)ぐ「利根川」(2011年10月9日のブログ参照)を跨(また)いだ「小見川大橋」から「国道356号線」「小見川大橋入口交差点」から「千葉県道・茨城県道44号線」「成田小見川鹿島港線」「成田方面」へ0.7kmのところに位置しています。
 「小見川城山公園」は、「下総台地」(北総台地)(2012年7月10日のブログ参照)上に位置するため「小見川市街地」や「鹿嶋・神栖方面」を望むことができます。
 「小見川城山公園」内には、「遊具」が整備された「アスレチック広場」や「チビッコ広場」、「わんぱく広場」のほか、「茶会」や「華道」などの「集まり」もできる「数寄屋造り」の「清風荘」などあり、「清風荘」は「有料」で借りることができ、「子ども」から「大人」まで利用できる「公園」となっています。

 「小見川城山公園」には、70種余り、約6000本の様々な「樹木」が植えられ、「四季」を通じていろいろな「花木」が楽しめる「公園」となっています。
 「小見川城山公園」は、「四季」の中でも「春」は1000本の「染井吉野(ソメイヨシノ)」と4000本の「躑躅(つつじ)」が「小見川城山公園」の「山一帯」に咲き乱れ、「北総随一」の「花見の名所」として「有名」で、「桜の名所」として知られています。
 ほかにも「小見川城山公園」では、「夏」の「紫陽花(あじさい)」や「百日紅(さるすべり)」、「秋」の「アベリア」や「金木犀(キンモクセイ)」などが、「行楽」に訪れる「花見客」、「家族連れ」の「目」を楽しませています。
 「小見川城山公園」では、「桜」、「躑躅」が咲き誇る3月下旬から5月初旬にかけて「水郷おみがわ桜つつじまつり」(2013年3月30日・2012年3月24日のブログ参照)が開催されています。

 「水郷おみがわ桜つつじまつり」は、1931年(昭和6年)に「小見川」に「鉄道」が開通されたことを「きっかけ」に始まったとされている「イベント」だそうです。
 「水郷おみがわ桜つつじまつり」の「はじまり」ですが、1945年(昭和20年)代後半に「小見川」の「観光協会」の「皆さん」が「城山」(小見川城山公園)に「ボンボリ」を灯し、今のかたちの「桜まつり」の「原形」ができ、現在まで「桜つつじまつり」が開催され続けています。
 当時の「小見川城山公園」は「個人所有」の「別荘」であったそうで、その後、「城山」は「町」(旧「小見川町」)に寄付され、「城山公園」として整備され、以前より「盛大」な「桜まつり」として現在に引き継がれています。

 「小見川城山公園」のある「香取市」の「水郷小見川観光協会」は、毎年「春」に実施している「水郷おみがわ桜つつじまつり」「開催」に先駆け、「小見川城山公園」の「桜」の「開催日」を当てる「クイズ」「城山公園さくら開花予想クイズ」(2013年2月24日・2012年2月22日・2011年2月26日のブログ参照)を実施しています。
 そして本年(2014年)も「城山公園さくら開花予想クイズ」を行うそうです。
 上記のように「小見川城山公園」は、「千葉県内有数」の「桜の名所」と知られ、「小見川城山公園」「園内」には1000本ほどの「桜」が植えられており、「城山公園さくら開花予想クイズ」の「クイズ」の「対象樹」ですが、「小見川城山公園」「園内」の「城山公園観光案内所」脇にある「大桜」(ソメイヨシノ)の「桜の花」となっており、「大桜」の「桜の花」が「5輪」開いた「状態」を「開花」とするそうです。

 「城山公園さくら開花予想クイズ」は、上記の「城山公園観光案内所」脇「大桜」の「桜の花」「5輪」の「開花」を当てる「クイズイベント」です。
 「城山公園さくら開花予想クイズ」では、「正解者」の中から「抽選」で「豪華商品」をプレゼントするそうです。
 「城山公園さくら開花予想クイズ」「豪華商品」ですが、「正解者」の中から「抽選」で1名に「液晶テレビ」、3名に毎年8月1日に開催されます「水郷おみがわ花火大会」(2012年7月29日・2011年7月28日・6月15日・2010年7月28日のブログ参照)の「花火大会桟敷席」(6人用)をプレゼントするそうです。
 また「城山公園さくら開花予想クイズ」「特別賞」として、「応募者全員」の中から3名の方に「城山公園特製高級箸」(当選者名前入り)が当たるそうです。

 「城山公園さくら開花予想クイズ」の「応募方法」ですが、「はがき」に「開花予想日」・「郵便番号」・「住所」・「氏名」・「年齢」・「年齢」・「電話番号」・「このクイズを何でお知りになったか」を記入し、下記まで「ご応募」となっています。

 〒287-8501 香取市佐原ロ2127

 水郷小見川観光協会事務局(商工観光課内)「城山公園さくら開花予想クイズ」係

 となっています。
 なお「応募」は1人1枚と限らせていただいており、「締め切り」は3月7日(金)「当日消印有効」となっています。

 「北総随一」の「桜の名所」「小見川城山公園」の「恒例」の「クイズイベント」「城山公園さくら開花予想クイズ」。
 この機会に「応募」してみてはいかがでしょうか?

 「城山公園さくら開花予想クイズ」詳細

 詳細は「ブログ」文中記載。

 問合わせ 香取市商工観光課小見川担当 0479-82-1117

 備考
 「城山公園さくら開花予想クイズ」の「過去」の「結果」(桜の開花日)ですが、「2009年」は「3月23日」、「2010年」は「3月27日」、「2011年」は「4月2日」、「2012年」は「4月4日」、昨年(さくねん)「2013年」は「3月19日」であったそうです。

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| 地域情報::香取 | 10:35 AM |
「和良比はだか祭り」(四街道市)
 本日ご案内するのは、近隣市「四街道市」「和良比皇産霊神社(わらびみむすびじんじゃ)」で2月25日(火)に開催されます「和良比(わらび)はだか祭り」です。

 「千葉県」「北部」で「県庁所在地」「千葉市」に隣接する「四街道市」は、「東京都心」へも40km圏内にあり、「首都圏」の「ベットタウン」として発達してきました。
 「東西南北」、四つの「街道」が交わっていることから「四街道」の「市」の「名前」のとおり、「人」と「情報」と「産物」の「交流地」でもある「四街道市」ですが、江戸時代には「佐倉藩」の「領内」で、「幕末」の「藩主」は「老中」・「堀田正睦」だったそうです。
 「堀田正睦」は、「蘭学」、「学問」を推奨したため、「四街道市」の「旧跡」にも「名残」があるそうです。

 「和良比皇産霊神社(わらびみむすびじんじゃ)」は、「四街道市」「和良比地区」にある「神社」で、「高皇産霊大神(たかみむすびのかみ)」が祀られています。
 「和良比皇産霊神社」は、「JR四街道駅」の「南」1km程の辺り、「千葉郊外」の「住宅地」の「外れ」に鎮座しています。
 「和良比皇産霊神社」は、「和良比どろんこ祭り」が行われていることで知られている「神社」ですが、もともとは「大六天」が祀られている「和良比大六天社」でした。
 古くに「勧請」されたといわれている「和良比大六天社」には、「大六天」の他に「建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)」と「高皇産霊大神」が祀られていたそうです。
 江戸時代、「和良比皇産霊神社」はもとは「西」に数百m離れた「字御屋敷」という「場所」にあったそうで、そこは「神仏習合」の「地」で、同じ「建物」の「半分」が「真言宗豊山派」「吉祥院」(創建年不明)という「寺院」、残りの「半分」が「皇産霊神社(みむすびじんじゃ)」となっていたそうです。
 明治時代の「神仏分離令」により、「真言宗豊山派」「吉祥院」と「皇産霊神社」を分離し、「皇産霊神社」を「大六天社」に合祀し、現在に至るかたちとなっていったそうです。
 その結果、「字御屋敷」には「真言宗豊山派」「吉祥院」、「字中山」には「皇産霊神社」が鎮座するかたちになり、現在でもその「名残」として「和良比皇産霊神社」「社殿」に掲げられている「額」には「大六天」とあります。

 「和良比はだか祭り」は、「和良比皇産霊神社」と「神社」「隣」の「和良比ヶ丘公園」内「神田(かみた)」で行われる「神事」・「伝統行事」です。
 「和良比はだか祭り」の「原型」ですが、明治初年に「真言宗豊山派」「吉祥院」から「和良比皇産霊神社」が遷宮する際に執り行われた「まつり」だとされており、古くは「和良比皇産霊神社」に合祀されている「厄除神」として「信仰」の篤い「大六天」の「まつり」であったそうで、「御遷宮」の際に「御手洗池」(神田)で「水ごり」した「習慣」が「はじまり」といわれています。
 現在「和良比はだか祭り」は、「子供」の「無病息災」に「五穀豊穣」を祈る「まつり」として行われています。
 「和良比はだか祭り」ですが、「和良比皇産霊神社」で行われる「神事」には、「一般」の「参加」はできませんが、「和良比皇産霊神社」「隣」の「和良比ヶ丘公園」内「神田」で行われる「幼児祭礼」、「泥投げ」、「騎馬戦」は「一般」の「参加」もできるそうです。

 「和良比はだか祭り」は、上記のように「五穀豊穣」と「厄除け」を祈る「和良比皇産霊神社」の「伝統行事」で、「通称」「どろんこ祭り」として広く知られる「まつり」で、「和良比はだか祭り」「当日」は「豊作」を祈願する「神事」で始まり、「裸衆祭礼」、「神田(しんでん)」(または「御手洗池(みらたらいけ)」)で、「しめ縄」の「わら」を「稲」に見立て「田植え」をするそうです。
 「和良比はだか祭り」の「神事」では、30〜40人の「締め込み」の「裸衆」が「身」を清めた後、上記のように「和良比皇産霊神社」「社殿」の「注連縄(しめなわ)」の「わら」を「稲」に見立てて、「神社」の「下」にある「神田」で「田植え」を行って「豊作」を祈ります。
 続いて「和良比はだか祭り」では、「幼児祭礼」、「騎馬戦」、「泥投げ」と続く、「通称」「どろんこ祭り」の「名称」のとおり「泥だらけ」の「お祭り」となっています。
 「幼児祭礼」ですが、「子ども参り」で、この日に備えて着飾った「万1歳未満」の「赤ん坊」(「幼児」)を抱かえ、「神田」にて「額(ひたい)」に「泥」を塗ってもらうと「厄除け」になると伝わっています。
 「幼児祭礼」で「赤ん坊」への「祝福」が終わると、「裸衆」に「御神酒(おみき)」が振る舞われ、「和良比はだか祭り」はいよいよ「メインイベント」へ、「騎馬戦」に続いて「壮絶」な「泥合戦」(泥投げ)を3回繰り広げるそうです。
 「泥合戦」(泥投げ)の「合間」に、「和良比皇産霊神社」「境内」で「焚き火」を囲み、「裸衆」が「暖(だん)」をとり、さらに「酒」(御神酒)が入り、「神社」に「裸衆」の「熱気」があふれ、この後、「壮絶」な「最終戦」となり、「最終合戦」は、「酔い」も手伝い、激しい「泥」の「投げ合い」になるそうです。
 「和良比はだか祭り」では、参加している「ふんどし姿」の「裸衆」が「泥まみれ」になるばかりでなく、「観衆」にも「泥」が飛んでくる「迫力」がある「まつり」で、最後は「神社総代」(神職)を胴上げして「和良比はだか祭り」は終わる(お開きとなる)そうです。
 「和良比はだか祭り」「日程」は下記の通りとなっています。

 開催日時 毎年2月25日 13時頃〜15時ごろ

 時間      内容

 11時00分〜  祭礼(神事・氏子のみ)
 (見学不可)

 13時00分〜  裸衆祭礼(お祓い)、幼児祭礼(子ども参り)、泥投げ・騎馬戦、総代胴上げ
 (一般見学)

 15時00分頃  終了

 「和良比地区」の「産土」「和良比皇産霊神社」で開催される「神事」・「伝統行事」「和良比はだか祭り」。
 この機会に「四街道市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「和良比はだか祭り」詳細

 開催日時 2月25日(火) 13時〜

 開催会場 和良比皇産霊神社 四街道市和良比692

 問合わせ 四街道市産業振興課 043-421-6134

 備考
 「四街道市」は、その名の通り 四つの「街道」、「東」・「東金道」・「馬渡道」、「西」・「船橋道」、「南」・「千葉町道」、「北」・「成田山道」が交わる「場所」で、「人」、「物」、「情報」の「交流地」で、「JR四街道駅」から「南西」へ500mほど行った「四街道十字路」の「傍ら」に「駒形方面」の「道標石塔」が立っています。

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| 地域情報::成田 | 08:31 PM |
「菅原大神春の例祭」(銚子市)
 本日ご案内するのは、地元「銚子市」「菅原大神」で2月25日(火)に開催されます「菅原大神春の例祭」です。

 「菅原大神」は、「銚子市」「桜井町」に鎮座する「桜井里」の「鎮守」で、1131年(天承元年)11月の「創建」とされ、現在の「菅原大神」「社殿」は1987年(昭和62年)に建立されており、「菅原大神」の「敷地」187坪の「境内」には「萱葺流造」の「本殿」が建っています。
 「菅原大神」は、「菅原大神」という「名」の通り、「菅原道真(すがわらのみちざね)」光(2012年11月24日のブログ参照)を祀る「神社」で、「菅原道真」公は「学問の神様」・「至誠の神様」として現在に至るまで永く「人々」の「信仰」を集め、「地元」では「天神さま」と呼ばれ、「菅原大神」は「子授け」の「ご利益」があることでも「全国的」に知られています。

 「銚子市」の「西部」、となりまち「東庄町」(2012年4月15日のブログ参照)に程近い「銚子市」「桜井町」に「菅原大神」が鎮座し、上記のように「古来」より「桜井の鎮守」として「遠近」の「信仰」があつく、「別名」「子宝神社」とも呼ばれています。
 「菅原大神」では、毎年「春」の2月25日(2013年2月19日・2012年2月20日・2011年2月21日のブログ参照)、「秋」の11月25日(2013年11月24日・2012年11月24日・2011年11月23日・2010年11月22日のブログ参照)に、「例祭」が行われ、「菅原大神」の「例祭」には、多くの「参拝客」で賑わいます。
 「菅原大神」の「春」、「秋」の「例祭」が賑わう「理由」ですが、「子宝」に恵まれない「婦人」が、「菅原大神」に奉納されている「子宝石」(子産石)を「お腹」に当て「祈念」し抱くと「子宝」に恵まれる(授かる)といわれている「伝承」(いい伝え)によるものです。
 「菅原大神」には、大小90個の「子宝石」(子産石)と呼ばれる「丸い石」が「社」に奉納されており、この「石」を抱くと「子宝」に恵まれると伝えられていることから、上記のように「菅原大神春の例祭」、「菅原大神秋の例祭」には「子宝祈願」にお越しになる方や、「子宝」に恵まれた方の「お礼参り」にお越しになる方で賑わいます。

 「菅原道真」公ですが、「日本」の平安時代に活躍された「貴族」、「学者」、「漢詩人」、「政治家」で、「参議」・「菅原是善」の「三男」として生まれ、「官位」は「従二位」・「右大臣」、「贈正一位」「太政大臣」に就かれていた「人物」です。
 「菅原道真」公の「菅原家」は「天穂日命(あめのほひのみこと)」に「起源」をもち、「曾祖父」「古人」公の時代に、「学問」をもって「朝廷」に仕える「家柄」となっていたそうです。
 また「菅原道真」公の「祖父」「清公(きよきみ)」公は「私塾」を設け、「同所」からは「朝廷」の「要職」に「数々」の「官人」を輩出し、「菅原家」は「一大学閥」となっていったそうです。

 「菅原道真」公は、「類(たぐい)」まれなる「才能」の「持ち主」であり、「人々」から厚い「信頼」を得ており、その「ご生涯」は、「政略」による「左遷(させん)」など「波瀾万丈(はらんばんじょう)」のものでした。
 「菅原道真」公は、「幼少の頃」より「学問」の「才能」を発揮され、わずか5歳で「和歌」を詠まれるなど、「神童」と称されていました。
 「菅原道真」公が「幼少期」につくったとされる「漢詩」は以下の通りとなっています。

 月夜見梅花

 月耀如晴雪 梅花似照星
 可憐金鏡転 庭上玉房馨

 月の輝きは晴れたる雪の如し
 梅花は照れる星に似たり
 憐れむべし 金鏡転じ
 庭上の玉房の馨れることを

 今夜の月の光は、雪にお日さまが当たった時のように明るく、
 その中で梅の花は、きらきらと輝く星のようだ。
 なんて素晴らしいのだろう。
 空には月が輝き、この庭では梅の花のよい香りが満ちているのは。

 「菅原道真」公は、さらに「勉学」に励み、「学者」としての「最高位」であった「文章博士(もんじょうはかせ)」となり、「栄進」を続けられ、「青年期」は「学問」だけではなく、「弓」にて「百発百中(ひゃっぱつひゃくちゅう)」の「腕前」を披露されるなど、「文武両面」に傑出した「人物」として、「その名」を馳せていました。
 「菅原道真」公が「京都」から「讃岐国」の「長官」として赴任された際、疲弊していた「国」を建てなおすなど「善政」を行い、「住民」に大変慕われました。
 その「実績」が「宇多天皇」に認められ「菅原道真」公は「京都」に戻り、厚い「信任」を受け、ますます「政治」の「中心」でご活躍されました。
 「菅原道真」公は寛平6年(894年)、「唐」(当時の「中国」)の「国情不安」と「衰退」を「理由」に「遣唐使(けんとうし)」「停止」を建議され、後の「国風文化」の「開花」に大きな「影響」を与えました。
 その後「菅原道真」公は、「右大臣」に任じられ、「国家」の「発展」に尽くされていましたが、「左大臣」「藤原時平」の「政略」により、「身」に「覚え」のない「罪」によって「太宰府」に突如「左遷」されることとなってしまいました。

 「菅原道真」公は、「ご家族」とも十分な「別れ」も許されないまま「京都」を離れる際、「ご自宅」の「梅の木」に「別れの歌」を詠まれました。
 「京都」を離れる際に詠まれた「和歌」ですが以下の通りとなっています。

 東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花
 あるじなしとて 春な忘れそ

 春風が吹いたら、香りをその風に託して太宰府まで送り届けてくれ、梅の花よ。
 主人である私がいないからといって、春を忘れてはならないぞ。

 「菅原道真」公は、「太宰府」では、「衣食」もままならぬ厳しい「生活」を強いられながらも、「皇室」の「ご安泰」と「国家」の「平安」、また「ご自身」の「潔白」をひたすら「天」にお祈りされ、誠を尽くされました。
 「菅原道真」公は、延喜3年(903年)2月25日、その清らかな「ご生涯」を閉じられました。
 その後、「朝廷」でも「無実」が証明され、「人」から「神様」の「御位」に昇られた「菅原道真」公は、「太宰府天満宮」に「永遠」に鎮まり、「学問の神様」・「至誠の神様」として現代に至るまで永く「人々」の「信仰」を集めています。

 「菅原大神春の例祭」は、2月25日(火)8時00分から「受付」を行い、「式」が始まる前に「記帳」と「玉串料」(祈願料)3000円からを納め、11時00分から「例祭」が行われます。
 「菅原大神春の例祭」では、上記のように「子宝祈願」が行われ、「神主」による「祈祷」、「詔(みことのり)」と「神主」の「話」が終わると記帳した「順」に「神殿」の「前」に出て、「榊(さかき)」を奉納し、参拝します。
 その後、「菅原大神春の例祭」では、「子宝石」(子産石)を抱き、「子宝石」(子産石)を「お腹」に当てて「子宝」を祈願するそうです。

 そもそも「菅原大神」の「子宝石」(子産石)は、昔「菅原大神」から離れたところにあった「お産の神様」である「玉依姫命(たまよりひめのみこと)」を祀った「御産宮(ごさんのみや)」という「神社」に納められていたものだったそうです。
 それが、何らかの「事情」により「菅原大神」に移されたそうで、以来「菅原大神」は「子授けのご利益」を得たいと願う「人々」が参拝するようになっていったそうです。

 「桜井の鎮守」「菅原大神」で開催される「子授けのご利益」を願う「神事」「菅原大神春の例祭」。
 この機会に「銚子市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「菅原大神春の例祭」詳細

 開催日時 2月25日(火) 11時〜

 開催会場 菅原大神 銚子市桜井町60

 玉串料  3000円〜(祈願料)

 問合わせ 銚子市観光商工課 0479-24-8707

 備考
 「菅原大神」の「子宝石」(子産石)ですが、昭和60年上半期(1985年4月から10月5日)に放映されました「NHK朝の連続テレビ小説」「第34作」「澪つくし」で「主人公」「古川かをる」(「沢口靖子」さん)が「子宝石」(子産石)を抱き「子授け」の「ご利益」を祈る「シーン」が「放映」されたことで、「その名」が「全国的」に広まったそうです。

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| 地域情報::銚子 | 08:31 PM |
「東庄町公民館まつり」(東庄町)
 本日ご紹介するのは、となりまち「東庄町」「東庄町公民館」で2月23日(日)に開催されます「東庄町公民館まつり」です。

 「東庄町公民館」は、「東庄町」「笹川」にある「公共施設」で、「東庄町公民館」及び「公民館」内に「併設」の「東庄図書館」は、「老朽化」に伴う「改修工事」を実施し、平成22年(2010年)12月1日に「リニューアルオープン」しました。
 「東庄町公民館」は昭和59年(1984年)4月に「社会教育施設」として開館しました。
 「東庄町公民館」の「建物」「延べ面積」は3173平方mで、350人収容の「ホール」や「会議室」・「和室」・「調理実習室」などを備えています。
 「東庄町公民館」は、「社会教育活動」の「拠点」として、「生涯学習の場」、「町民の憩いの場」、「仲間づくりの場」として、「東庄町民」の「誰も」がいつでも「気軽」に利用できる「施設」です。

 「東庄町公民館まつり」は、「公民館」を「中心」に活動している「サークル活動」、「グループ」などが「日頃」の「活動」・「成果」などを披露する「催し」です。
 なお「東庄町公民館」で開催される「各種学習講座」、「文化講演会」、「文化祭」、「公民館まつり」などは、「教育課生涯学習係」が担当しています。

 「東庄町公民館まつり」では、上記のように「公民館」を中心に活動している「サークル活動」、「教育講座」などの「作品展示」や「てづくりもぎ店」、「おはなし会」、「きりえ同好会」、「茶道教室」、「子ども料理教室」、「ハニービー」(パッチワーク)などの「体験コーナー」、「ラッピンク体験」などを開催。
 また「東庄町公民館まつり」では「芸能」の「披露」も行われ、「大正琴」、「舞踏教室」、「合唱団」、「フラダンス」、「ジャズダンス」、「歌謡愛好会」、「ピアダンス」などが披露されるそうです。

 「町民の憩いの場」「東庄町公民館」で開催される「恒例の催し」「東庄町公民館まつり」。
 この機会に「東庄町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「東庄町公民館まつり」詳細

 開催日時 2月23日(日) 9時半〜15時

 開催会場 東庄町公民館 香取郡東庄町笹川い4713-1

 問合わせ 東庄町公民館 0478-86-1221

 備考
 「東庄町公民館まつり」の「駐車場」ですが、「公民館駐車場」、「町役場駐車場」、「水防倉庫駐車場」(町民体育館向かい)をご利用下さいとのことです。

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| 地域情報::香取 | 01:19 PM |
「復興飯岡THE宝探し」(旭市)
 本日ご紹介するのは、となりまち「旭市」「飯岡漁港」周辺で2月23日(日)に開催されます「復興飯岡THE宝探し」です。

 「旭市」は、「千葉県」の「北東部」に位置する「市」で、「首都」「東京」からは80km圏、また「千葉県」の「県庁所在地」「千葉市」から50km圏にあります。
 「旭市」の「大きさ」ですが、「東西」に約17.7km、「南北」に約13.5km、「面積」は129.91平方km、「標高」は「海抜」68.4m(「飯岡刑部岬」(2012年5月26日のブログ参照)付近)以下、「旭市」「市内」の「全域」に及ぶ「平野部」は「海抜」3〜10mと「平坦」になっています。
 「旭市」の「南部」は「太平洋」に面する「海岸」「九十九里浜」(2012年5月11日のブログ参照)となっており、「九十九里浜」は「遠浅」の「砂浜」で、「夏」の「海水浴場」だけでなく「1年」を通し、「海釣り」や「サーフィン」の「ベストスポット」として賑わう「全国的」に「有名」な「弓状」の「砂丘」となっています。
 ちなみに「旭市」の「九十九里浜」は、「日本の白砂青松100選」と「日本の渚百選」に選定されています。

 「旭市」の「中央部」ですが、「JR総武本線」が「東西」に通り、それと並行するように通る「国道126号線」には「ショッピングセンター」や「ロードサイドショップ」が立ち並び「商業地」を形成しており、「市街地」として「東総地域」の「中核都市」として「成長」を続けています。
 「旭市」の「北部」は、「干潟八万石」といわれる「房総半島」「屈指」の「穀倉地帯」となだらかな「丘陵地帯」である「北総台地」(下総台地)(2012年7月10日のブログ参照)が広がっています。
 「旭市」は、「旭市」、「香取郡」「干潟町」、「海上郡」「海上町」、「海上郡」「飯岡町」が、平成17年(2005年)7月1日に「対等合併」し、新「旭市」が誕生しています。

 「飯岡漁港」(2012年6月6日のブログ参照)は、「旭市」「飯岡地区」にある「第1種漁港」です。
 「第1種漁港」ですが、「漁港漁場整備法」によると、「漁港」は「天然又は人工の漁業根拠地となる水域及び陸域並びに施設の総合体」と「定義」されたうえで、以下の「種類」に応じて「市町村長」、「都道府県知事」または「農林水産大臣」が「名称」及び「区域」を定めて指定され、「第1種漁港」は「利用範囲」が「地元」の「漁船」を「主」とするものだそうです。
 「第2種漁港」ですが、「利用範囲」が「第1種」より広く、「第3種」に属さないものの、「第3種漁港」は、「利用範囲」が「全国的」なもの、「第4種漁港」は「離島」その他「辺地」にあって「漁場」の「開発」、または「避難」上、必要とされるもの、「特定第3種漁港」は、「第3種」のうち「振興」上、特に「重要」な「漁港」とされています。
 ちなみに「銚子漁港」(2012年1月24日のブログ参照)は、「特定第3種漁港」に1951年(昭和26年)7月10日に指定されています。

 「飯岡漁港」「東側」には「屏風ヶ浦(びょうぶがうら)」(2012年5月20日のブログ参照)と呼ばれる「海食崖」があり、「高さ」35mから60mの「断崖」が約10kmにわたって連なっています。
 また「飯岡漁港」「西側」は「刑部岬」を「境」として「九十九里浜」の「砂浜」が続いています。
 「飯岡漁港」は、1953年(昭和28年)6月27日に「第1種漁港」に指定されており、「主」な「魚種」は「イワシ」(2012年5月17日のブログ参照)、「シラス」、「シラウオ」で、「飯岡漁港」の「漁獲量」は「千葉県内」の「漁獲量第2位」となっています。

 「復興飯岡THE宝探し」ですが、「飯岡観光協会」×「リアル宝探し」の「コラボレーションイベント」で、2月23日(日)に開催される「リアル宝探しイベント」です。
 「リアル宝探しイベント」とは、「宝探し」「タカラッシュ!」が企画する「観光地」や「テーマパーク」、「ショッピングモール」などの「店舗」で遊べる「参加型」の「謎解きイベント」です。
 「リアル宝探しイベント」「参加者」は「参加キット」(宝の地図)を入手し、描かれた「謎」を解き明かし、隠された「手がかり」をみつけながら、「最終的」に「宝物」を発見します。
 「宝物探索」の「間」に触れる「観光地」の「名所」や、「隠れスポット」や、「お土産屋さん」の「店主」との「会話」など、「自分だけ」の「発見」を楽しみながら「参加」いただけるそうです。
 「復興飯岡THE宝探し」ですが、2月23日(日)で「発見報告受付時間」は11時00分から15時30分で、15時30分に「賞品」の「抽選会」があり、「発見報告所」は「いいおかみなと公園」、「参加費」は「無料」で開催されるそうです。

 「復興飯岡THE宝探し」の「参加方法」ですが、以下の通りとなっています。

 ステップ1 宝の地図を手に入れ、謎を解こう!

 宝の地図を手に入れ、宝の地図に記載された3つの謎を解読しよう!
 解読すると、捜索範囲のどこかに隠された3つの宝箱のありかが分かります。

 宝の地図は「タカラッシュ」「謎解き宝探しイベントTHE宝探し」「HP」から「ダウンロード」が可能で、「宝の地図」は「主」な「配布場所」は「いいおかみなと公園」ほかで配布されるそうです。

 ステップ2 宝箱を探そう!

 宝の地図に記載された3つの謎(暗号)を解くと、捜索範囲内のどこかに隠されている3つの宝箱のありかが分かります。

 ステップ3 3つの宝箱を発見!

 みごと宝箱を発見したら、そこに書かれた発見を証明する「キーワード」を宝の地図にあるキーワード記入欄にメモしてください。

 ステップ4 発見報告をしよう!

 3つの宝箱を全て見つけたら発見報告所で「キーワード」を報告してください。

 ステップ5 プレゼントをもらおう!

 「キーワード」が正解なら、発見者賞をプレゼント!
 さらに、抽選で豪華賞品が当たるチャンス!

となっています。
 (「復興飯岡THE宝探し」の「捜索範囲」は「謎解き宝探しイベントTHE宝探し」「HP」の「捜索範囲」を参照下さい。)

 「復興飯岡THE宝探し」では、「宝箱発見者」の中から「抽選」で「素敵」な「賞品」が当たります。
 「復興飯岡THE宝探し」の「賞品」ですが、以下の通りとなっています。

 「A賞」    ニンテンドー3DS LL 1名様

 「B賞」    いちご(1パック 3000円相当) 2名様

 「C賞」    いいおか九十九里サブレー(1名1箱) 10名様

 「発見者賞」 雷鳥(山中食品) 先着300名様
        タカラッシュ!カード 先着2000名様

 「旭市」の「第1種漁港」「飯岡漁港」周辺で開催される「謎解き宝探しイベント」「復興飯岡THE宝探し」。
 この機会に「旭市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「復興飯岡THE宝探し」詳細

 開催日時 2月23日(日) 11時〜16時

 開催会場 飯岡漁港周辺 旭市下永井周辺

 問合わせ 飯岡観光協会 0479-62-5338

 備考
 「復興飯岡THE宝探し」の「キーワード」の「報告」ですが、1名様1回限りになります。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=2012 |
| 地域情報::旭 | 08:31 PM |
「坂田城跡梅まつり」(横芝光町)
 本日ご紹介するのは、近隣市「横芝光町」「坂田城跡梅林」で2月23日(日)〜3月16日(日)の期間開催されます「坂田城跡梅まつり」です。

 「横芝光町」は、「千葉県」「北東部」に位置し、「東京都心」から約70km、「県庁所在地」「千葉市」から約40km、「日本の空の玄関口」(WORLD SKY GATE)「成田国際空港」(2012年12月10日のブログ参照)からは約20kmの「距離」にあります。
 「横芝光町」の「形状」ですが、「東西」約5km、「南北」約14kmと「南北」に細長く、「面積」は66.91kmで、「北」は「香取郡」「多古町」と「山武郡」「芝山町」、「東」は「匝瑳市」、「西」は「山武市」に接し、「南」は「白砂青松」の続く「九十九里浜」(2012年5月11日のブログ参照)が広がり、「太平洋」に面しています。

 「横芝光町」ですが、明治22年(1889年)の「町村制」の「施行」によって、「横芝町」、「大総村」、「上堺村」が誕生し、これら「3町村」が昭和30年(1955年)2月に合併した旧「横芝町」と、同じく明治22年に「香取郡」「日吉村」、「匝瑳郡」「南条村」、「東陽村」、「白浜村」が誕生し、これら「4村」が昭和29年(1954年)5月に合併した旧「光町」が、平成18年(2006年)3月27日に合併し、「横芝光町」が新たに発足しました。
 「合併前」の「横芝町」と「光町」は「別」の「郡」(「歴史的」にはそもそも「上総国」と「下総国」という「別」の「令制国」)に所属していましたが、合併した現在の「横芝光町」は「山武郡」に属しています。

 「横芝光町」の「地勢」は、「中央部」から「南部」にかけては「平坦地」が続き、「北部」は緩やかな「丘陵地帯」を形成しています。
 また「横芝光町」は、かつて「上総」、「下総」の「国境」でもあった「九十九里平野」(2012年7月6日のブログ参照)における「最大」の「河川」「栗山川」(2012年2月18日のブログ参照)が、「中央部」を「北」から「南」に向けて流れています。
 「横芝光町」の「気候」ですが、「太平洋」の「沖合い」に流れる「黒潮」の「影響」を受け、「年平均気温」は15度、「年間降水量」1300mm程度で、「夏」涼しく「冬」暖かい「海洋性気候」となっています。

 「坂田城跡梅林」は、「JR総武本線」「横芝駅」から「北西」に1.8km、「徒歩」で約25分の「ふれあい坂田池公園」に隣接する「坂田城跡」にある「梅林」です。
 「坂田城跡梅林」は、「坂田城跡梅林組合」が「梅酒」や「加工用」に出荷している「耕作地」で、「観光梅林」ではなく知る人ぞ知る隠れた「梅林」であったそうです。
 「坂田城跡梅林」の「梅林」の「樹齢」は約40年で、一本一本が10mに及ぶ「梅」の「巨木」が1500本もあることから、「テレビ放映」や「各種観光雑誌」への「掲載」等「メディア」に露出されたことで、一躍有名になると共に「県下最大級」の「梅林」として「関東近県」にまで知れわたるようになっていったそうです。

 「坂田城跡梅林」は、上記のように「坂田城跡」であった「梅林」で、「坂田城」ですが、15世紀の中頃、「千葉氏」によって築城されたものといわれ、「本丸」、「一の丸」、「二の丸」、「三の丸」、「四の丸」で構成され、「城」の「範囲」は、「台地全体」にわたっており、400年以上破壊されることなく「当時」の「遺構」が現存する「千葉県内」でも「貴重」な「城跡」なのだそうです。

 「坂田城」は、「南東側」に「九十九里平野」から「太平洋」を望み、「北東側」は「栗山川」を挟んで「下総国」と「境」を接し、「九十九里浜」「中央」から「酒々井」を経て「下総国府」へ至る「道」と、「牛久」を経て「常陸国府」へ至る「道」の「分岐点」にあり、「築城」「当時」付近は「要衝の地」であったと推定されます。
 「総州山室譜伝記」によりますと、「坂田城」は「この地方」の「領主」だった「三谷氏」の「居城」でありましたが、「一族」で争っていたため、「山室氏」の「客将」であった「井田氏」に付け入れられることとなり、弘治元年(1555年)年閠10月18日、「井田友胤」に急襲されて「三谷氏」は滅亡、「井田氏」に乗っ取られたといわれています。
 弘治2年(1556年)に「井田友胤」の「子」「井田胤徳」が修復し「里見氏」が属した「安房正木氏」の永録年間における「東下総侵攻」を防戦しました。
 しかし、天正18年(1590年)の「小田原征伐」の際は、「城主」「井田胤徳」は「小田原城」にあって、「坂田城」にはわずかの「留守部隊」しかおらず「無血開城」、「廃墟」となったそうです。
 「坂田城」は「支城」に、「永倉城」、「小堤城」、「浜手城」を持ち、「小堤城」では康正元年(1455年)9月7日に「原胤房」に追われた「千葉胤賢」が「自刃」して果て、「千葉氏宗家」が滅亡したとされています。
 「坂田城」の「栗山川」を挟んだ「北東方向」の「下総側」に、「連郭式城郭」の初めとされる「篠本城」があり、「南西方向」の「市町境」を越えた「山武市」には、「版籍奉還」後の「稜堡式城郭」である「松尾城」があります。
 「坂田城」は、上記のように隣接する「坂田池」の「ふれあい坂田池公園」とともに、「城跡」の「一部」が「坂田城跡梅林」として整備されています。
 「坂田城跡」の「杉木立」の「本丸跡」を過ぎると「見事」に手入れされた「老木の梅林」が少しずつ見えてきて、「坂田城跡梅林」の「中心地」は「本丸」から約1km先の「四の丸」付近にあります。

 「坂田城跡梅まつり」(2013年2月17日・2012年2月7日・2011年2月11日のブログ参照)は、「坂田城跡梅林組合」の「皆さん」と「横芝光町観光協会」の「皆さん」が「坂田城跡梅林」の「魅力」を知っていただくために開催している「イベント」です。
 「坂田城跡の梅まつり」では、「期間中」「梅農家」(坂田城跡梅林組合)による「手作り」の「梅加工品」や「漬物」の「直売」のほか、「横芝光町」の「地元特産物」の「販売」も予定されています。
 ちなみに「坂田城跡」で販売される「梅加工品」ですが、「坂田城跡梅林組合」でしか買うことができず、「梅農家」(坂田城跡梅林組合)の「皆さん」が「愛情」・「真心」を込めて作った「梅加工品」は、「合成着色料」や「保存料」は一切使っておらず、「昔」ながらの「味」を楽しめるそうです。

 また「坂田城跡の梅まつり」では、「期間中」の「土曜日」・「日曜日」には「菜雑煮」が振る舞われるほか、「昔の遊び体験」など「お子様」と一緒にお楽しみいただける「イベント」も行われるそうです。
 (「天候」等により中止する場合がありますので、ご注意下さい。)

 「坂田城跡の梅まつり」の「観梅」を楽しんだ後、「車」で10分程行くと「横芝光町」の「特産品」を取り揃えた「ひかり直売所」(2012年6月25日のブログ参照)があります。
 「ひかり直売所」は、「地元」「横芝光町商工会」が実施した「むらおこし事業」が「きっかけ」で設立された「直売所」です。
 「ひかり直売所」の取り扱っている「新鮮野菜」、「特産品」ですが、「長ねぎ」、「トマト」、「小松菜」、「米」、「切り餅」、「卵」、「地酒」、「サンドイッチ」、「植木」、「花壇用草花」、「ポット苗」、「切り花」、「生花」、「ねぎのど飴」、「ねぎ入りソーセージ」、「純米酒」「米鬼来」となっています。

 「風情」あふれる「風景」が楽しめる「梅林」「坂田城跡梅林」で開催される「恒例イベント」「坂田城跡梅まつり」。
 この機会に「横芝光町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「坂田城跡梅まつり」詳細

 開催期間 2月23日(日)〜3月16日(日)

 開催時間 9時〜15時

 開催会場 坂田城跡梅林 山武郡横芝光町坂田登城

 問合わせ 横芝光町観光協会 0479-84-1215

 備考
 「坂田城」は、「いつ」、「誰が」、「何の目的」で、造ったのかは必ずしもはっきりしませんが、1000を超える「千葉県」の「中世城郭」のなかでも「最大級」の「規模」のものであり、「遺構」も良く残ることから「城郭ファン」に根強い「人気」があるそうです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=2007 |
| 地域情報::匝瑳 | 01:47 PM |
「第33回門前・軽トラ市」(銚子市)
 本日ご紹介するのは、地元「銚子市」「銚子銀座通り」(ココロード銚子)で2月23日(日)に開催されます「第33回門前・軽トラ市」です。

 「門前・軽トラ市」の「会場」である「銚子銀座通り」(ココロード銚子)(2011年10月1日のブログ参照)は、「銚子漁港」(2012年1月24日のブログ参照)や「飯沼観音」(2010年11月24日のブログ参照)の近くにある「通り」で、「通り」に面した「銚子銀座通り商店街」は、「飯沼観音」の「門前町」として栄えた「商店街」です。
 「銚子銀座通り」(ココロード銚子)は、1997年(平成9年)に行われました「マイロード事業」により「道路の舗装」や「モダンな街灯」に一新されています。

 3年前(2011年)の6月3日に「第1回目」となる「第1回門前・軽トラ市」(2011年6月3日のブログ参照)が開催されてから「3年目」の「シーズン」に突入した「門前・軽トラ市」。
 「門前・軽トラ市」は、毎月「第4日曜日」「恒例」の「イベント」として、地元「銚子市」はもとより、「銚子市」はもとより、「近隣市町」から様々な「産品」が持ち寄られ、毎回「テーマ」を設け、賑やかに開催されています。
 (初回(第1回目)は「第1日曜日」に開催されました。)
 ちなみに「門前・軽トラ市」とは、「銚子銀座通り」(ココロード銚子)を「歩行者天国」にして「地元野菜」、「海産物」、「工芸品」、「お総菜」など「満載」の「軽トラ」で販売している「市」(イベント)です。

 今回行われる「第33回門前・軽トラ市」は、「おいしい銚子のおでんを味わう冬の軽トラ市!」と題し開催され、「銚子ジオパーク」&「銚子元気娘。」「関連イベント」が行われます。
 「おいしい銚子のおでんを味わう冬の軽トラ市!」では、「本格的」な「春」の「訪れ」を前に「地元産食材」を使った「銚子のアツアツおでん」が味わえるそうです。
 「おいしい銚子のおでんを味わう冬の軽トラ市!」「当日」は、「第33回門前・軽トラ市」「会場」の「銚子銀座通り」(ココロード銚子)に「おでんストリート」が出現し、「さつま揚げ屋」の「おでん」(山仙)、「欧風農夫おでん」(ザ・ハイブアンドバロウ)、「カレーおでん」(又兵衛)、「はんぺん屋さん」の「おでん」(上総屋)、「銚子具材おでん」と「熱燗」(勝池おでん組)等が出店され、「個性」ある「おでん」の「食べ比べ」もできるそうです。

 「第33回門前・軽トラ市」「銚子ジオパーク」&「銚子元気娘。」「関連イベント」では、「銚子元気娘。」の「元気」な「ライブ」が行われ、また「地元」「銚子市」の「よさこいオフィシャルチーム」「黒潮美遊」の「タケちゃん」
がレクチャーする「銚子元気娘。」&「銚子ジオパーク」(2012年9月25日のブログ参照)の「キャラクター」「ジオっちょ」(2012年12月9日のブログ参照)と「黒潮サンバ」の「乱舞」の「レッスン」が行われるそうです。
 「黒潮サンバ」は、「銚子大漁節」(2011年8月16日のブログ参照)に続く、「お子さん」から「お年寄り」まで楽しんでいただける「サンバ」となっており、「門前・軽トラ市」「会場」「銚子銀座通り」(ココロード銚子)で「継続乱舞」しているようです。
 また「第33回門前・軽トラ市」では、すっかり「お馴染み」となった「銚子ご当地グルメ」販売も実施されるそうです。
 (「銚子ご当地グルメ」は、「銚子銀座商店街振興組合」HPを参照下さい。)

 「銚子銀座通り」(ココロード銚子)「第33回門前・軽トラ市」。
 この機会に「銚子市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「第33回門前・軽トラ市」詳細

 開催日時 2月23日(日) 10時〜15時

 第33回門前・軽トラ市 イベントスケジュール

 常陽銀行(銚子銀座通り)前会場

 10時15分 黒潮サンバ

 10時30分 稲村の火紙芝居(3.11子供防災教育)

 10時45分 銚子元気娘。ステージ

 12時00分 キッズダンス

 開催会場 銚子銀座通り(ココロード銚子) 銚子市新生町1

 問合わせ 門前軽トラ市実行委員会 
      門前軽トラ市実行委員会事務局 0479-25-1666

 備考
 「第33回門前・軽トラ市」では、今月も旧・「ミヤスズ」前で「銚子銀座屋台村」が同時開催され、「多国的料理」と美味しい「お酒」も楽しめるそうです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=2011 |
| 地域情報::銚子 | 08:30 PM |

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