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「市制施行20周年記念」「平成27年度鹿嶋市菊花展」(鹿嶋市)
 本日ご案内するのは、近隣市「鹿嶋市」「鹿島神宮」「境内」及び「鹿島神宮」「参道」で11月1日(日)〜11月23日(祝・月)の期間開催されます「市制施行20周年記念」「平成27年度鹿嶋市菊花展」です。

 「鹿嶋市」は、「茨城県」「南東部」に位置する「市」で、「首都」「東京」から110km「東」に位置し、「市」の「東側」は「太平洋」「鹿島灘(カシマナダ)」(2012年6月16日のブログ参照)に面していることから「海岸」「海水浴場」があります。
 「鹿嶋市」の「西側」は「北浦」(2011年12月6日のブログ参照)、「鰐川」に面し、「筑波山」を望むことができます。
 「鹿嶋市」は「JR総武本線」の「分岐線系統」である「JR鹿島線」や「東関東自動車道」(厳密には「潮来IC(いたこインターチェンジ)(潮来市内)」)の「沿線」であり、「交通網」が「茨城県」の「県庁所在地」「水戸市」でも「土浦」からでもなく、「千葉県」の「県庁所在地」「千葉市」から「順」に整備されたことから、「茨城県」の「他」の「地域」よりも、「国道51号線」を通じた「千葉県」「東部」(「香取市」、「成田市」、「千葉市」、「銚子市」など)との「関係」が深い「市」です。

 「鹿嶋市」は、「常陸国一宮」である「鹿島神宮」(2010年11月8日・9日・10日のブログ参照)の「門前町」として栄えてきました。
 現在「鹿嶋市」は「となりまち」「神栖市」とともに「重要港湾」である「鹿島港」を「中心」とした「鹿島臨海工業地帯」を形成し、「新日鐵住金」の「企業城下町」として「鉄鋼企業」を「中心」とした「工業都市」として知られています。
 現在の「鹿嶋市」の「人口」ですが、66871人(男34432人、女32439人)で、「世帯数」27396世帯となっています。
 (平成27年(2015年)10月1日現在)
 また「鹿嶋市」は、「Jリーグ」「鹿島アントラーズ」の「ホームタウン」(「他」に「潮来市」、「神栖市」、「鉾田市」、「行方市」)の「中心」であり、「関東」でも「有数」の「サッカーの街」としても「有名」です。
 「鹿嶋市」は、1995年(平成7年)9月1日に「鹿島町」が「大野村」を編入し、「市制施行」し、「鹿嶋市」となっています。
 「鹿嶋市」の「名称」ですが、「市制施行」の際、「佐賀県」の「鹿島市」と重複しないように、「島」の「異体字」の「嶋」に変えて「鹿嶋」としたそうです。
 「鹿島町」が「大野村」を編入し、「市制施行」した「鹿嶋市」ですが、今年(2015年)で「市制施行20周年」を迎えており、「鹿嶋市」では、「市制施行20周年」を記念し、「各種」「記念事業」が展開されています。

 「常陸国一宮」「鹿島神宮」は、「茨城県」「鹿嶋市」にある「神社」で、「全国」に約600社ある「鹿島神社」の「総本社」です。
 「鹿島神宮」は、「千葉県」「香取神宮」(2010年11月5日・6日のブログ参照)、「茨城県」「神栖市」の「息栖神社(イキスジンジャ)」(2010年11月7日のブログ参照)と合わせて「東国三社」(2010年10月23日のブログ参照)と呼ばれ、江戸時代から「東国三社めぐり」として「人気」があったそうで、「初詣」には、「全国」から60万人以上が参拝し、「初詣」の「参拝者数」では「茨城県」2位を誇ります。

 「鹿島神宮」は、「茨城県」「南東部」、「北浦」と「鹿島灘」に挟まれた「鹿島台地」上に鎮座し、「鹿島神宮」は、「伊勢神宮」・「香取神宮」とともに、明治維新前に「神宮」の「名称」を使用していた「三社」のうちの「一社」です。
 「鹿島神宮」の「御祭神」「武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)」(建御雷神)で、「鹿島神」という「一般名称」でも知られており、「古事記」では、「伊弉諾尊(イザナギノミコト)」が「軻遇突智(カグツチ)」の「首」を切り落とした際、「剣」についた「血」が「岩」に飛び散って生まれた「三神」のうちの「一柱」とされています。
 「武甕槌大神」は、「香取神宮」の「御祭神」「経津主大神(フツヌシノオオカミ)」とともに、「天孫降臨」に先立ち「国譲り」の「交渉」をしたといわれている「神様」で、「武甕槌大神」は、「武の神」として古くから「皇室」や「藤原氏」の「崇敬」を受け、さらに鎌倉時代以降は「武家政権」の「信仰」も得て、「社殿」・「楼門」・「宝物類」の「奉納」や「所領寄進」が繰り返されてきました。

 「鹿島神宮」の「創建」ですが、2674年前の「初代」・「神武天皇」「御即位」の「年」にあたり、「神武天皇」は、「東征」の「途上」における「大神」の「布津御霊劔(フツノミタマノツルギ)」による「守護」に感謝され、「鹿島の地」に「大神」を勅祭されたそうです。
 これに先立つ神代の昔、「武甕槌大神」は「天照大御神(アマテラスオオミカミ)」の「名」を受け、「葦原中国」といわれた「我が国」の「国譲り」から「国造り」まで、その「建国」に大いにその「御神威」を発揮されました。
 「鹿島神宮」は、その「御威徳」から「武の神」として崇められ、日出づる「東方」に坐します「鹿島立ち」の「御神徳」によって、「事始め」、「起業」、「開運」、「旅行交通安全の神」、「常陸帯」(2012年1月13日・2011年10月16日のブログ参照)の「故事」によって「安産」、「縁結び」の「神」を仰がれています。
 「鹿島神宮」は、古くから「朝廷」から「蝦夷(エゾ)」に対する「平定神」として、また「藤原氏」から「氏神」として崇敬され、その「神威」は中世の「武家の世」に移って以後も続き、「歴代」の「武家政権」からは「武神」として崇敬され、現代も「鹿島神宮」は「武道」で篤く信仰されています。

 上記のように「鹿島神宮」、「香取神宮」とも古来より「軍神」としての「性格」が強く、「武術」の「道場」には「鹿島大明神」、「香取大明神」と書かれた「2軸」の「掛軸」が「対」になって掲げられることが多く、そのため「鹿島神宮」周辺は「武芸」が盛んとなり、「鹿嶋」は、戦国時代の「剣豪」、「兵法家」で、「父祖」「伝来」の「鹿島古流」(鹿島中古流)に加え、「天真正伝香取神道流」を修め、「鹿島新当流」を開いた「剣聖」「塚原卜伝(ツカハラボクデン)」(2011年11月29日のブログ参照)の「故郷」として知られています。
 「鹿島神宮」「例祭」では、「鹿島神宮」に由来のある「直心影流剣術」による「奉納演舞」が行われる他、「古武道団体」が「演武大会」(2015年10月3日・2014年10月25日・2013年10月5日のブログ参照)を開催することもあります。

 「鹿島神宮」「文化財」ですが、「布津御霊劔(フツノミタマノツルギ)」(布都御魂剣)と称される「長大」な「直刀」が「国宝」に指定されているほか、「鹿島神宮」「境内」は「国」の「史跡」に指定され、「本殿」・「仮殿(カリドノ)」・「楼門」など「社殿」7棟が、「国」の「重要文化財」に指定されており、そのほか「鹿島神宮」は、「鹿」を「神使」とすることでも知られています。
 「鹿島神宮」の「境内地」ですが、「東京ドーム」15個分(約70ha)に及ぶ「大きさ」で、「鹿島神宮」の鎮座する「地」は「三笠山(ミカサヤマ)」と称され、この「境内」は「日本」の「歴史上」、「重要」な「遺跡」であるとして、「国の史跡」に指定されています。
 (摂社坂戸神社境内、摂社沼尾神社境内、鹿島郡家跡も包括)
 「鹿島神宮」「境内」(70ha)のうち約40ha(ヘクタール)は「鬱蒼(ウッソウ)」とした「樹叢」で、「鹿島神宮樹叢」として「茨城県指定天然記念物」に指定されており、「樹叢」には約800種の「植物」が生育しており、「鹿島神宮」の長い「歴史」を象徴するように「巨木」が多く、「茨城県内」では「随一」の「常緑照葉樹林」になっています。
 その他「鹿島神宮」「境内」には、透き通る「湧水」で「禊(ミソギ)」も行われる「御手洗池」や、「鹿園」など、多くの「見どころ」があります。
 ちなみに「布津御霊劔(フツノミタマノツルギ)」(布都御魂剣)ですが、「茨城県」「唯一」の「国宝」である「直刀」で、「鹿島神宮」「宝物館」にて、所蔵、展示されています。

 「鹿島神宮」「本殿」は、「三間社流造」、「向拝一間」で「檜皮葺」、「漆塗り」で「柱頭」・「組物」等に「極彩色」が施されています。
 「鹿島神宮」「本殿」ですが、元和5年(1619年)の「造営」までは、現在の「奥宮」の「社殿」として使用されていたそうです。
 「鹿島神宮」「本殿」の「背後」には「杉の巨木」の「神木」が立っており、「樹高」43m・「根回り」12mで「樹齢」約1000年といわれ、さらに後方、「玉垣」を介した「位置」には「鏡石(カガミイシ)」と呼ばれる「直径」80cmほどの「石」があり、「神宮創祀の地」とも伝えられています。

 「鹿島神宮」「楼門」は、寛永11年(1634年)、「水戸徳川初代藩主」「徳川頼房」公が奉納された「楼門」で、「高さ」約13m、「日本三大楼門」のひとつとして知られています。
 「鹿嶋社楼門再興次第記」によれば、「三代将軍」「徳川家光」公の「病気平癒」を「徳川頼房」公が「大宮司」(神宮の最高責任者)「則広」氏に依頼し、「徳川家光」公が「快方」に向かった為に奉納されたとあり、「浅草」の「水戸藩下屋敷」で130余人の「大工」が切組み、「船筏」で運んで組み立てたそうです。
 「鹿島神宮」「楼門」ですが、昭和15年(1940年)の「大修理」の際「丹塗り」とし、昭和40年代に「檜皮葺」の「屋根」を「銅板葺」にしたそうです。
 「鹿島神宮」「楼門」は、「鹿島神宮」「境内」「鹿島神宮の森」の「縁」の中にひときわ「朱色」が鮮やかな「楼門」で、「鹿島神宮」「楼門」の「扁額」は「東郷平八郎」「元帥」の「直筆」によるものだそうです。

 「御手洗池」は、「神宮」「境内」の「東方」に位置する「神池」で、「潔斎(禊)の地」、古くは「西」の「一の鳥居」がある「大船津」から「舟」で「この地」まで進み、「潔斎」をしてから「神宮」に参拝したと考えられており、「御手洗」の「池名」もそれに由来するとされています。
 「御手洗池」には、「南崖」からの「湧水」が流れ込み、「水深」は1mほどで、非常に澄んでおり、「御手洗池」に「大人」が入ってもその「水深」は「乳」を越えないといわれ、「鹿島七不思議」のひとつに数えられています。

 「鹿島神宮」では80以上もの「年中行事」の中では「祭頭祭」(2015年3月8日・2014年3月5日・2013年3月6日・2012年3月2日・2011年3月6日のブログ参照)、「神幸祭」(2013年3月6日・2012年8月26日のブログ参照)、また12年に一度「午年」ごとに行われる「式年大祭御船祭」(2014年8月31日のブログ参照)が特に「有名」で、2014年9月1日(月)には、「3日間」に渡って「御船祭」が催行されています。
 (「式年大祭御船祭」「前日」8月31日(日)午後には、「御座船清祓式」(2014年8月29日のブログ参照)が執り行われました。)

 「平成27年度鹿嶋市菊花展」は、「鹿島神宮」を彩る「鹿嶋」の「秋の風物詩」で、11月1日(日)から23日(祝・月)までの期間開催されます。
 「鹿嶋市菊花展」ですが、今年(2015年)で「64回目」を数える「歴史」ある「菊花展」で、「平成27年度鹿嶋市菊花展」では、「開催期間中」「鹿島神宮」「境内」は色とりどりの「菊の花」により鮮やかに彩られ、「競技花」、「一般花」、「七本立て盆養」など400点の「作品」が並べられるそうです。
 また「平成27年度鹿嶋市菊花展」では、下記「日程」で、「関連行事」として、「大正琴」の「演奏」が行われます。

 日時 11月8日(日) 10時30分〜、11時30分〜

 場所 鹿島神宮境内

 なお「平成27年度鹿嶋市菊花展」ですが、「市制施行20周年記念事業」として開催するそうです。

 「鹿嶋市」の「パワースポット」「鹿島神宮」「境内」及び「鹿島神宮」「参道」で開催される「鹿嶋」の「秋の風物詩」「市制施行20周年記念」「平成27年度鹿嶋市菊花展」。
 この機会に「鹿嶋市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「市制施行20周年記念」「平成27年度鹿嶋市菊花展」詳細

 開催期間 11月1日(日)〜23日(祝・月)

 開催会場 鹿島神宮境内及び参道 茨城県鹿嶋市宮中2306-1

 問合わせ 鹿嶋市観光協会 0299-82-7730

 備考
 「平成27年度鹿嶋市菊花展」の「会場」「鹿島神宮」の「宝物館」には、上記のように「国宝」に指定されている「直刀」をはじめ、「梅竹蒔絵鞍」(重要文化財)・「雪村筆」「百馬図」・「横山大観」筆「鹿島洋朝瞰図」などの「宝物」を展示しています。

 「宝物館」

 開館時間 9時〜16時

 入館料  大人300円 中学生以下100円(土日無料)

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| 地域情報::鹿島 | 10:11 AM |

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