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「平成二十八年成田祇園祭」(成田市)
 本日ご案内するのは、近隣市「成田市」「成田山新勝寺」、「成田山表参道」、「JR成田駅」で7月8日(金)・9日(土)・10日(日)の期間開催されます「平成二十八年成田祇園祭」です。

 「成田山新勝寺」(2010年11月14日・15日・16日のブログ参照)は、「成田市」にある「真言宗智山派」の「寺」であり、「真言宗智山派」の「大本山」のひとつです。
 「成田山新勝寺」は、1000年以上の「歴史」をもつ「全国有数」の「霊場」で、「成田」を代表する「観光地」でもあり、正月3が日には約300万人、「年間」約1000万人以上の「参拝客」が訪れています。
 「成田山新勝寺」の「御本尊」は「不動明王」で、「成田山新勝寺」は上記のように「関東地方」「有数」の「参詣人」を集める「著名寺院」で、「家内安全」、「交通安全」などを祈る「護摩祈祷」のために訪れる方が多い「不動明王信仰」の「寺院」のひとつであり、「成田のお不動さま」の「愛称」で親しまれています。

 「成田山新勝寺」の「御本尊」である「不動明王」ですが、「真言宗」の「開祖」「弘法大師」「空海」が自ら「一刀三礼」(ひと彫りごとに三度礼拝する)の「祈り」をこめて「敬刻開眼」された「御尊像」なのだそうです。
 「成田山新勝寺」では、この霊験あらたかな「御本尊」「不動明王」の「御加護」で、千年以上もの間、「御護摩」の「火」を絶やすことなく、皆様の「祈り」が一体となり「清浄な願い」となって現れるそうです。
 「成田山新勝寺」は、開山1080年を間近に控えた現在も「成田山のお不動さま」として数多くの人びとの「信仰」を集めています。

 「JR成田駅」ですが、「成田市」「花崎町」にある「東日本旅客鉄道」(JR東日本)「成田線」の「駅」です。
 「成田線」は、「JR佐倉駅」から「JR佐原駅」(2015年9月20日のブログ参照)・「JR銚子駅」(2011年5月7日のブログ参照)「方面」への「本線」と、「JR成田空港駅」への「支線」および「JR我孫子駅」「方面」への「支線」が「JR成田駅」から分岐しています。
 「JR成田駅」は、4方向に「線路」が延びていますが、いずれも「同一路線」という珍しい「形態」となっています。
 「JR成田駅」「東口」は、「京成成田駅」が隣接しており、「成田山新勝寺」の「表参道入口」や、「再開発ビル」「スカイタウン成田」があり、「西口」は、「成田ニュータウン」(2014年8月17日のブログ参照)が広がっています。

 「成田山表参道」ですが、「成田市」にある「参道」で、「JR成田駅」前から始まり、「終点」「成田山新勝寺」「総門」と「総門広場」までつなぐ「成田山新勝寺」に参拝する際に通る「全長」約800mの「通り」で、「風情」のある「門前町」が形成されています。
 「成田山表参道」には、江戸時代の「成田詣」で、当時使われていた「3階建て旅館」の名残を残す「料理屋」や、「土産物店」が、軒を並べ、「門前町の歴史」と共に様々な「情景」を刻んでおり、「成田山表参道」は、「成田山新勝寺」と共に、「成田の歴史」を感じることができる「町並み」となっています。
 「成田山表参道」ですが、大きく分けて、「JR成田駅前」、「花崎町界隈」、「上町界隈」、「仲町(ナカノチョウ)界隈」、「本町・田町界隈」、「門前広場」となっています。
 「成田山表参道」は、「各界隈」ごとに趣が異なり、「界隈」ごとに特色ある「門前町」を形成しており、「成田詣」に「いろ」をそえています。

 この度(タビ)「成田市」では、「成田」に「夏の到来」を告げる「成田祇園祭」(2015年7月5日・2014年7月2日・2013年7月2日・2012年7月2日・2011年7月3日のブログ参照)が行われます。
 「成田祇園祭」は、上記のように「成田」に「夏の訪れ」を告げる毎年約45万人の「見物客」が訪れる「一大イベント」で、見事な「彫刻」や、「装飾」で彩られた10台の「山車」・「屋台」と、「神輿」1台が繰り出し、3日間にわたって「成田山表参道」の「周辺一帯」を巡行します。
 「成田祇園祭」は、「成田山新勝寺」の「御本尊」「不動明王」の「本地仏」である「奥之院大日如来」の「祭礼」で、「五穀豊穣」・「万民豊楽」・「所願成就」を祈願する「成田山祇園会(ナリタサンギオンエ)」(2013年6月30日のブログ参照)と、「成田山」周辺の「町内」が一体となり行われる「夏祭り」のことで、「成田山祇園会」に併せて「成田祇園祭」が開催されてきました。

 300年の「歴史」を持つ「成田祇園祭」、もはやその「文化」は、「町内」の「人々」の「血」の中まで引き継がれているそうです。

 「お祭りが終わったその日から、来年のお祭りの日まで日数を数えて待つ」

 と言われるほどに「成田の人々」は「お祭り好き」だそうで、ようやく歩けるようになった「子供」に「ロープ」を持たせると、なんと「山車」の「綱」を引っ張る真似をすることもあるそうで、「成田」には昔ながらの「風景」を残した素晴らしい「町並み」がありますが、「風景」だけではなく、人々の中にもしっかりと「歴史」や、「文化」が受け継がれています。

 「成田祇園祭」で「山車・屋台」の「運行」など、「祇園祭」の主力を担うのが「若者連」といわれる10代から30代を中心とした「若者達」だそうで、「町内」ごとに「若者連」の「名前」が異なり、その「若者達」を取りまとめているのが、「若者頭」と呼ばれる「役職」です。
 今年(2016年・平成28年)の「各町内」の「若者頭」は、下記の通りです。

 「上町親和会」

 若者頭 宇井 元規さん

 「幸町幸若連」

 若者頭 久米 昇さん

 「花崎町花若連」

 若者頭 大谷 忠嘉さん

 「田町東門会」

 若者頭 後藤 五月さん

 「東町東栄会」

 若者頭 木村 俊也さん

 「本町和会」

 若者頭 土井 信彦さん

 「仲之町睦会」

 若者頭 木下 塁さん

 「囲護台三和会若者連」

 若者連 南村 雄一さん

 「土屋青和会」

 若者頭 高橋 友利さん

 「成田山交道会若者連」

 若者頭 齋藤 忠介さん

 となっています。
 なお、今年(2016年・平成28年)の「当番町」は「上町」、「警護当番町」は「幸町」です。

 「平成二十八年成田祇園祭」では、10町内の「山車・屋台」が登場します。
 「成田祇園祭」10町内の「山車・屋台」ですが、「上町の屋台」、「花崎町の山車」、「幸町の山車」、「田町の山車」、「東町の屋台」、「本町の山車」、「仲之町の山車」、「囲護台三和会の山車」、「土屋の山車」、「成田山交道会の山車」となっています。
 10町内の「山車・屋台」は、下記の通りです。

 「上町の屋台」

 鳥羽下座連
 上町(成田山中興第20世鶴見照硯大僧正御直筆)

 「花崎町の山車」

 花崎囃子連
 智勇(成田山中興第21世橋本照稔大僧正御直筆)
 八幡太郎義家

 「幸町の山車」

 幸町下座連
 金剛(成田山中興第21世橋本照稔大僧正御直筆)
 朱雀天皇

 「田町の山車」

 神崎芸座連
 光明(成田山中興第20世鶴見照硯大僧正御直筆)
 素戔鳴尊(スサノオノミコト)

 「東町の屋台」

 あづま下座連

 「本町の山車」

 江戸里神楽4世荻原彦太郎社中
 勇武(成田山中興第15世石川照勤大僧正御直筆)
 藤原秀郷

 「仲之町の山車」

 如月会
 妍哉得國(ケンサイトクコク)(成田山中興第15世石川照勤大僧正御直筆)
 神武天皇

 「囲護台三和会の山車」

 囲護台下座連
 法王(成田山中興第21世橋本照稔大僧正御直筆)
 嵯峨天皇

 「土屋の山車」

 土屋囃子連
 大穴牟遅人(オオナムジノカミ) (大国主神 オオクニヌシノミコト)

 「成田山交道会の山車」

 都筑社中
 大日(成田山中興第20世鶴見照硯大僧正御直筆)
 日本武尊

 となっています。

 「平成二十八年成田祇園祭」の「みどころ」ですが、「安全祈願、鏡開き」、「山車・屋台競演」(総踊り)(初日)、「山車・屋台競演」(総踊り)(中日)、「山車・屋台総引き」(最終日)、「御輿環御式」、「山車・屋台競演」(総踊り)(最終日)、「山車・屋台のライトアップ〜夜の祇園祭〜」、「手古舞」となっています。

 「安全祈願、鏡開き」

 8日(金) 大本堂前にて13時30分より

 初日8日(金)に執り行われる、安全祈願及び鏡開きは成田祇園祭の始まりを告げる厳粛な行事です。

 「山車・屋台競演」(総踊り)(初日)

 8日(金) 大本堂前にて

 成田山交道会の若者頭と副頭の合図に一斉に始まる総踊り。
 各町内の山車・屋台が一同に集結し、若者たちがお囃子にあわせて威勢よく踊ります。
 山車・屋台が順に大本堂前に出て踊りの奉納を行います。
 その後、山車・屋台は、町内や表参道へと繰り出して行きます。

 「山車・屋台競演」(総踊り)(中日)

 9日(土) JR成田駅前にて9時より

 中日9日(土)、JR成田駅前での総踊りから2日目がスタートします。
 権現山から御輿が進発した後、花若連 若者頭の合図に合わせて一斉に総踊りが始まります。
 御輿に続き、山車・屋台は、町内や表参道へと繰り出して行きます。

 「山車・屋台総引き」(最終日)

 成田山表参道(門前〜薬師堂)にて13時00分より

 最終日10日(日)、成田山表参道仲町の坂を山車・屋台が駆け上がります。
 引き手たちによって山車・屋台が威勢よく一気に坂道を駆け上がる様子は、必見です。

 「御輿環御式」

 10日(日) 大本堂前にて16時00分より

 最終日10日(日)、16時30分から御輿環御式が行われます。
 3日間の渡御を終えた御輿を、山車・屋台が揃ってお出迎えします。

 「山車・屋台競演」(総踊り)(最終日)

 10日(日) 大本堂前にて

 最終日10日(日)、成田祇園祭の締めくくりとも言える山車・屋台競演(総踊り)が行われます。
 御輿環御式後、総踊りが開催されます。
 皆様の声援に応えて、若者がハツラツと踊りを披露します。

 「山車・屋台のライトアップ〜夜の祇園祭〜」

 19時を回る頃、夜の帳がおりはじめると山車・屋台は照明でライトアップされ、昼間と違った印象を醸し出しながら私達を楽しませてくれます。
 昼間は比較的範囲にわたって引き廻されていた山車・屋台は、夜になると成田山表参道に集結し、小気味良い祭り囃子にあわせて若者達の掛け声も一層高らかになります。
 成田駅から成田山門前にかけての表参道周辺は、大勢のお客様と山車・屋台の往来で凄まじい熱気に包み込まれます。
 混み合った表参道を引き廻される山車・屋台と一緒になって、ゆっくりとしたスピードで歩きながら祭りの雰囲気にどっぷりと浸るも良し、通り沿いのお店に入って、ひんやり涼をとりながら表参道を行き交う山車・屋台を窓越しに眺めて食事とお喋りを楽しむも良し。
 夜遅く(8日・9日は21時、10日は22時頃)まで引き廻される10台の山車・屋台、そして祭りの雰囲気を、どうぞ存分にご堪能になってはいかがでしょうか。

 「手古舞」

 シャン、シャン、シャン。
 祭り囃子の音色と共に錫杖を叩く音が聞こえてきます。
 手古舞(テコマイ)の登場です。
 昔は芸者衆や婚礼前の女性がつとめていましたが、昨今は小学校の子供達がつとめています。
 着物に伊勢袴、足袋と草履を履き、背中には花笠をつけます。
 手に持った錫杖を鳴らしながら山車や屋台を先導します。
 手古舞の衣装は、若者達の祭り半てんや扇子と同様、各町内によって色やデザインが様々です。
 見比べてみるのも面白いですね。
 迫力のある山車・屋台の引き回しに華をそえる手古舞の行列、愛らしい子供達の姿は私達の目を楽しませてくれます。

 「成田のお不動さま」「成田山新勝寺」、「成田の門前町」「成田山表参道」、「成田の表玄関」「JR成田駅」で開催される「夏」の「一大イベント」「平成二十八年成田祇園祭」。
 この機会に「成田市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「平成二十八年成田祇園祭」詳細

 開催期間 7月8日(金)・9日(土)・10日(日)

 開催会場 成田山新勝寺、成田山表参道、JR成田駅

 問合わせ (社)成田市観光協会 0476-22-2102

 備考
 「平成二十八年成田祇園祭」の「期間中」は、「成田山新勝寺」周辺の「道路」で「交通規制」が実施されます。
 「交通規制区域」は、「JR成田駅」〜「多津美」〜「信徒会館」、「薬師堂」〜「山崎眼科」となっています。
 詳しくは「FEEL成田」の「HP」を参照下さい。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=3041 |
| 地域情報::成田 | 04:56 PM |
「第1回旭市飯岡港初夏のヒラメ釣り大会」(旭市)
 本日ご紹介するのは、となりまち「旭市」「飯岡漁港」で7月10日(日)に開催されます「第1回旭市飯岡港初夏のヒラメ釣り大会」です。

 「旭市」は、「千葉県」の「北東部」に位置し、「県庁所在地」「千葉市」から50km圏、また「東京都心」から80km圏に位置している「市」で、「人口」は約7万人の「自治体」です。
 現在の「旭市」の「人口」ですが、67353人(男・33114人、女・34239人、世帯数・25678世帯)となっています。
 (平成28年7月1日現在)
 「旭市」の「南部」は美しい「弓状」の「九十九里浜」(2012年5月11日のブログ参照)に面し、「旭市」の「北部」には「干潟八万石」といわれる「房総半島」「屈指」の「穀倉地帯」と、なだらかな「丘陵地帯」である「北総台地」(下総台地)(2012年7月10日のブログ参照)が広がっています。
 「旭市」ですが、「旭市」、「香取郡干潟町」、「海上郡海上町」、「海上郡飯岡町」が、2005年(平成17年)7月1日に対等合併し、新「旭市」としてスタートしています。
 「旭市」の「中央部」を「東西」に、「JR総武本線」と「国道126号線」が通り、周辺は「市街地」として発展しています。

 「旭市」の「大きさ」ですが、「東西」に約17.7km、「南北」に約13.5km、「面積」は129.91平方km、「標高」は、「海抜」68.4m(飯岡「刑部岬(ギョウブミサキ)」(2012年5月26日のブログ参照)付近)以下、「旭市内」の「全域」に及ぶ「平野部」は「海抜」3〜10mと「平坦」です。
 「旭市」「南部」「太平洋」に面する「海岸」「九十九里浜」は、遠浅の「砂浜」で、「夏」の「海水浴場」だけではなく、1年を通し、「海釣り」や「サーフイン」(サーフスポット)として賑わっています。
 なお「旭市」の「九十九里浜」ですが、「日本の白砂青松100選」、「日本の渚百選」に選定されています。

 「飯岡漁港」は、「旭市」「下永井」にある「第1種漁港」です。
 「第1種漁港」ですが、「漁港漁場整備法」によりますと、「漁港」は

 「天然または人工の漁業根拠地となる水域及び陸域並びに施設の総合体」

 と定義されたうえで、種類に応じて「市町村長」、「都道府県知事」または、「農林水産大臣」が「名称」及び「区域」を定めて指定され、「第1種漁港」は「利用範囲」が「地元」の「漁船」を主とするものだそうです。
 ちなみに「第2種漁港」は、「利用範囲」が「第1種」より広く、「第3種」に属さないもの、「第3種漁港」は、「利用範囲」が「全国的」なもの、「第4種漁港」は「離島」その他「辺地」にあって「漁場」の「開発」、または避難上、必要とされるもの、「特定第3種漁港」は、「第3種」のうち振興上、特に重要な「漁港」とされています。
 ちなみに、「銚子漁港」(2012年1月24日のブログ参照)ですが、「特定第3種漁港」に1951年(昭和26年)7月10日に指定されています。

 「飯岡漁港」「東側」には、「屏風ヶ浦(ビョウブガウラ)」(2016年3月5日・2012年5月20日のブログ参照)と呼ばれる「海食崖」があり、「高さ」35m〜60mの「断崖」が約10kmにわたって連なっています。
 「飯岡漁港」「西側」は、「刑部岬」を境として、「九十九里浜」の「砂浜」が続いています。
 「飯岡漁港」は、1953年(昭和28年)6月27日に「第1種漁港」に指定されており、主な「魚種」ですが、「イワシ」(2012年5月17日のブログ参照)、「シラス」、「シラウオ」となっています。
 「飯岡漁港」は「沖合・沿岸漁業」の「根拠地港」として成り立ち、「水揚げ」の90%を占める昔からの「代表的漁獲物」である「イワシ」を獲る「まき網漁業」(揚操網)を中心に、「シラウオ」・「シラス」を獲る「船びき網漁業」、「ヒラメ」や「イセエビ」などの「高級魚」を獲る「固定式さし網漁業」、「ハマグリ」や「赤貝」(サトウガイ)を獲る「貝巻き網」などの「漁業」が営まれており、平成20年(2008年)には約3万9千t(トン)が水揚げされ、「県下」では「水産漁獲量」において「銚子漁港」(2012年1月24日のブログ参照)に次ぐ第2位の「地位」を不動のものとしています。
 「飯岡地区」の「伝統加工品」である「丸干しいわし」ですが、「日本一」の「生産量」を誇り、近年「健康食品」としても注目を集めており、また「旭市」の「九十九里地域」の「広大」な「砂丘域」である「九十九里浜」では、「蛤(ハマグリ)」や「サトウガイ」(赤貝)などの「採貝漁業」が営まれており、「千葉県」が創設している「千葉のさかな認定制度」「千葉ブランド水産物」(2011年2月14日のブログ参照)に2012年(平成24年)11月14日に認定された「九十九里地はまぐり」(2012年12月17日のブログ参照)が新しい「特産品」となっています。
 ちなみに「旧・飯岡町」の「漁業」の近年の「沿革」ですが、昭和33年(1958年)「飯岡町漁業協同組合」設立、昭和45年(1970年)に、「飯岡町漁協」、「海上郡漁協」、「豊富漁協」、「匝瑳郡漁協」(飯岡町、旭市、野栄町、八日市場市、光町(当時))にまたがる「広域合併」を行い「海匝漁協」が設立され、合併に並行して「漁港」の「整備」も進み、昭和57年(1982年)2月に「飯岡漁港」が正式に開港し、盛大に「開港式」が執り行われたそうです。

 「ヒラメ」(鮃、英名・Bastard halibut、学名・Paralichthys olivaceus)は、「カレイ目」「カレイ亜目」「ヒラメ科」に属する「魚」の一種で、「広義」には、「ヒラメ科」と、「ダルマガレイ科」に属する「魚」の「総称」です。
 「ヒラメ」は、「有眼側」(目のある方)が「体」が「左側」で、「日本」では

 「左ヒラメに右カレイ」

 といって「カレイ類」と区別するそうで、「口」と、「歯」が大きいのが特徴で、「ヒラメ類」のことを「英語」では「Large-tooth flounders」というそうです。

 「ヒラメ」は、「太平洋」「西部」(千島列島、樺太、日本、朝鮮半島などの沿岸から南シナ海まで)に分布し、「最大」で「全長」1m、「体重」10kgほどになるそうです。
 「ヒラメ」は、他の「カレイ目」の「魚」と同じように「左右」に扁平な「体型」をしていて「カレイ」と区別が付きにくいですが、俗に「左ヒラメに右カレイ」といわれるように、「ヒラメ」の「目」は「両目」とも「頭部」の左側半分に偏って付いているのが大きな特徴であり、また、「ヒラメ」は「カレイ」と比べて「口」が大きく、「歯」も1つ1つが大きく鋭いそうです。
 「ヒラメ」は「海底」で「両目」のある「体」の左側を上に向けて生活するため、その「両目」は常に上の方を向いています。
 この「ヒラメ」の特徴から、「自分の出世」だけを気にして常に「上層部」の機嫌をうかがい媚びへつらっている「人間」を「ヒラメ人間」と呼んで揶揄することがあるそうです。

 「ヒラメ」は、「沿岸」の「砂泥地」を好み「夜」活動し、「昼」はよく「砂泥中」に身を潜め頭だけ出していますが、「砂」に潜らない場合は「体」の「色」を「海底」と同じ「色」にするそうです。
 「ヒラメ」は、主に「海底」に住む「小魚」、「小型甲殻類」、「貝類」、「ゴカイ類」を食べます。
 「ヒラメ」は「幼魚」のときには「ケンミジンコ」なども補食しますが、成長するにつれ「魚類」を補食する割合が増え、「成魚」では9割が「小魚」となります。
 そのため、「カレイ釣り」では「ゴカイ」・「イソメ」のほか鈍重な「動き」の「ワーム」を用いるのに対し、「ヒラメ釣り」では「生き餌」の「小魚」や、俊敏な「動き」の「ルアー」を用い、「ヒラメ」は「カレイ」と異なり、体全体を使った比較的俊敏な動きが可能となっています。

 「ヒラメ」は、「冬」は相当深い所に下り、3〜7月の「産卵期」には「水深」20mぐらいの「浅瀬」に移動します。
 「卵」は浮遊性で、「卵」から孵った「稚魚」は通常の「魚」と同じように細長く、「目」も「両側」に付いています。
 「ヒラメ」は、「全長」1cmぐらいに成長する頃から「右の目」の移動が始まり、2.5cmぐらいになると「親」と同じ形になり、3年ほどで「成魚」になります。
 「カレイ類」には数十年生きる種もいますが、「ヒラメ」の寿命は短く、せいぜい数年程度といわれ、その分、「ヒラメ」は「カレイ」よりも成長が早く、養殖もしやすいとされています。
 「ヒラメ」という名が現れたのは14世紀ごろですが、「日本」では19世紀以前には「カレイ」と、「ヒラメ」は区別されておらず、大きいものを「ヒラメ」、小さいものを「カレイ」と呼んでいたそうで、はっきりと別種として扱った「文献」は「小野蘭山」の「本草網目啓蒙」(1803年)が初出だそうです。

 「ヒラメ」ですが、「日本」での「別名」は「地方」によって異なり、「カレ」、「オオグチガレ」、「ソゲ」(ゾゲ)、「オオクチ」、「テックイ」、「ハス」、「オオガレイ」、「メビキ」、「ホンガレイ」などとなっており、「北海道」では「テックイ」、「東京湾」では1kg以下の物を「ソゲ」と呼んでおり、「青森県」、「茨城県」、「鳥取県」の「県の魚」に指定されています。

 「ヒラメ」は、「日本」では「刺身」、「寿司ネタ」に用いられる「高級食材」で、「ヒラメ」、「カレイ類」の中では最も「高値」で取引され、「一本釣り」、「延縄(ハエナワ)」、「定置網」、「底曳き網」、「刺し網」など各種の「漁法」で漁獲されます。
 また、「ヒラメ」は「カレイ」よりも成長が早いこと、また「海底」で静止していることが多いためにさほど「酸素」を必要とせず「海水」をあまり汚さないことから、「陸上」の「養殖」が盛んに行われています。
 「ヒラメ」は、「資源保護」のため、ある大きさに達しない「個体」は再放流したり、「稚魚」の「放流」も行われており、「稚魚」放流された「ヒラメ」は成長しても「腹側」の黒い「紋様」が消えず、「パンダビラメ」と呼ばれます。
 「稚魚」放流された「パンダビラメ」は「食味」において「天然もの」となんら「差異」が無いとされますが、これは、「パンダビラメ」も「自然界」においては、「餌」(小物類)も変わらず、「食餌行為」による「運動量」も「差異」がないことによると思われます。
 一方、「養殖物」と、「天然物」の「ヒラメ」は上記「腹側」の黒い「文様」以外「形上」はなんら「差異」はありませんが、「天然物」や、「食味」を尊重する「市場」では「養殖物」は「安価」で取引されますが、ただし「食味」において「両者」は遜色ないとの「研究結果」もありますが、「刺身」など「皮」を剥いだ「状態」では「パンダビラメ」の黒い「紋様」は判らないそうです。

 この度(タビ)「旭市」「飯岡漁港」では、「第1回旭市飯岡港初夏のヒラメ釣り大会」が開催されます。
 「第1回旭市飯岡港初夏のヒラメ釣り大会」ですが、7月10日(日)4時00分(受付時間)から開催され、「参加定員」は200名(先着順)、「参加費用」は12000円(税込)/人となっています。
 「第1回旭市飯岡港初夏のヒラメ釣り大会」の「釣法」ですが、「生きイワシ」の「泳がせ釣り」とするそうで、「申込方法」ですが、「大会前日」までに、各「参加釣宿」にTELにて申し込みで、詳しくは下記「詳細」「船宿」まで問い合わせです。
 「第1回旭市飯岡港初夏のヒラメ釣り大会」「表彰」は、下記の通りです。

 総合成績

 ヒラメ1匹の重量で各船ごとに1位を表彰。
 その中でも重量の重い魚を釣った選手総合優勝とし、3位まで表彰。

 大物賞

 当日釣れたヒラメ以外の魚で、最も重量の重い魚を釣った選手を表彰。

 レディース賞

 女性選手の中で最も重量の重いヒラメを釣った1名を表彰。

 「第1回旭市飯岡港初夏のヒラメ釣り大会」の「ゲスト」ですが、「鈴木新太郎」さん、「あべなぎさ」さんとなっています。
 なお「第1回旭市飯岡港初夏のヒラメ釣り大会」は、「第1回」ですので、栄(ハ)えある「初代チャンピオン」になれる「大チャンス」となっています。

 「第1種漁港」「飯岡漁港」ではじめて開催される「記念釣り大会」「第1回旭市飯岡港初夏のヒラメ釣り大会」。
 この機会に「旭市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「第1回旭市飯岡港初夏のヒラメ釣り大会」詳細

 開催日時 7月10日(日)朝4時〜(受付)

 開催会場 飯岡漁港 旭市下永井

 参加費  12000円

 参加定員 200名

 問合わせ

 三次郎丸 0479-57-3371

 第一進丸 0479-57-6668

 長五郎丸 0479-57-2189

 優光丸  0479-57-6281

 清勝丸  0479-67-3866

 太陽丸  0479-57-3762

 龍鳳丸  0479-57-5650

 隆正丸  0479-57-5432

 太幸丸  0479-63-1902

 備考
 「第1回旭市飯岡港初夏のヒラメ釣り大会」の「受付」ですが、「当日」乗船する「釣船宿」にて受付となっています。
 「第1回旭市飯岡港初夏のヒラメ釣り大会」は、「荒天時」7月24日(日)に順延されるそうです。

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| 地域情報::旭 | 04:56 PM |

 
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