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2012,07,31, Tuesday
銚子駅 看板
author :
犬吠埼観光ホテル
久しぶりに看板を新しくしたので、早速、現場を見に行って来ました。
新しく設置したのは、銚子駅です。
やっぱり、新しいのは いいですね。今回は、英語表記も載せています。
震災以降、広告や看板関係はセーブしてきただけに特に今回の看板は感慨深いものがあります。
| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1233 |
|
気まぐれ日記
| 06:59 PM |
2012,07,31, Tuesday
「八重垣神社祇園祭」(匝瑳市)
author :
犬吠埼観光ホテル
本日二つ目にご案内するのは、近隣市「匝瑳市」「八重垣神社」で今週末の8月4日(土)・5日(日)に開催されます「八重垣神社祇園祭」です。
「匝瑳市」は、「千葉県」の「北東部」に位置し、「東京」から70km圏、「成田空港」からは「車」で30分の「距離」にあり、「匝瑳市」の「中心部」を「JR総武本線」と「国道126号線」が「東西」に走り、「成田方面」とは「国道296号線」で結ばれています。
「匝瑳」の「由来」・「語源」ですが、「匝瑳」という「地名」は、現存のものでは、「奈良」「東大寺」「正倉院」に伝わる「庸調(ようちょう)」(朝廷に納めた「特産物」)に見られる天平13年(741年)の「記録」が最も古いとされています。
「匝瑳」という「地名」の「由来」は、平安時代前期の「歴史書」「続日本書紀」によりますと、5世紀の終わり頃から6世紀のはじめにかけて、「畿内」(現在の近畿地方)の「豪族」であった「物部小事(ものべのおごと)」という「人物」が、「坂東(ばんどう)」(現在の関東地方)を征した「勲功」によって、「朝廷」から「下総国」の一部を与えられ、「匝瑳郷(さふさごおり)」とし、「小事」の「子孫」が「物部匝瑳(ものべのそうさ)」氏を名乗ったと伝えられています。
「匝瑳」の「語源」については、「諸説」あって定まっていませんが、「発音」での「さふさ」という「地名」があり、「さ」は「狭」で美しい、「ふさ」は「布佐」で「麻」の「意」で、「美しい麻のとれる土地」であったとする「説」や、「さ」は「接頭語」で、「ふさ」は「下総国」11郡中で「最大の郡」であったことを由来するという「説」があります。
「匝瑳」は、「さふさ」に「縁起」のよい「漢字」を充てたものと考えられています。
なお、「漢和辞典」によれば、「漢字」の「匝」は、「訓読み」で「匝(めぐ)る」と読み、一巡りして帰るという「意味」があり、「瑳」は、「訓読み」で「瑳(あざ)やか」あるいは「瑳(みが)く」と読み、「あでやかで美しい」という「意味」があるそうです。
「八重垣神社」は、「匝瑳市八日市場東本町」に鎮座している「神社」で、「旧社格」は「旧村社」で「御祭神」は「素戔鳴尊(すさのおのみこと)」・「事代主命(ことしろぬしのみこと)」・「倉稲魂(うがのみたま)」を祀っています。
「八重垣神社」は、「嵯峨天皇」の弘仁2年(812年)に「物部朝臣匝瑳連足継」公が「鎮守府将軍」としてこの地を廻り、「祖神」たる「物部小事(ものべのおごと)」(「物部匝瑳連の祖」)直筆に係わる「八雲の神詠」を奉祀するために「出雲の神」を奉載し「牛頭天王社」として祀った事に始まるといわれています。
正中2年(1314年)、永徳元年(1381年)に「社殿」を改修、享禄3年(1666年)と「社殿」を改築し「社名」を「福岡明神」と改め、「神輿」を新造して「祇園祭」を執行したのが、今日の「八日市場の祇園祭」の「創始」とされています。
「八重垣神社祇園祭」の「歴史」ですが、残っている「文献」が少なく、「歴史資料」が乏しいようですが、「見徳寺」に所蔵する「古文書」によりますと、
「祇園会は元禄十年(1697年)の頃なり、別当見徳寺始め毎年天王宮免田米をもって祭礼す」
とあり、これを「祇園祭」の「起源」とみることができます。
さらに別の「古文書」によりますと、
「正徳三年(1713年)六月十九日、門前へ初めて神輿を本振りなり」
とあり、この頃に「神輿」が担がれるようになったようです。
「祇園祭」特有の「お囃子」が登場するのは明治中期以降でその「伝承」の「経過」から通称「三川囃子」と呼ばれています。
また「神輿渡御」が盛り上がると「匝瑳市」では「町どおし」の「紛争」が絶えなかったそうです。
そこで解消する「方策」として大正時代からは「神輿連合渡御」が行われるようになり、それが現在も承継されています。
「八重垣神社祇園祭」は、毎年8月4日・5日に行われます「匝瑳市」きっての「お祭り」で、「八重垣神社」を中心に10町内から合わせて20数基の「神輿」が繰り出されます。
「笛」や「太鼓」の軽快な「お囃子」に合わせ、担がれる「神輿」はこの地方特有の「スタイル」で、「あんりゃぁどした」という威勢のいい「かけ声」で練り歩く「姿」は、見ている者も心が踊ってしまうそうです。
また「八重垣神社祇園祭」は、「神輿」の「行列」に「冷水」を浴びせかけるのも特徴です。
従来「女性」は「神輿」を担ぐことは許されませんでしたが、「八重垣神社祇園祭」では、「女人禁制」の「旧例」が緩和されて、「女神輿」が繰り出されるようになりました。
この「女神輿」は、全国でも極めて珍しい「女性」だけが担ぐ「神輿」として注目を集めています。
4日の「夕方」から威勢のいい「女性達」により「男達」に負けじと「各町内」から10基の「神輿」が渡御されます。
「八重垣神社祇園祭」の「ハイライト」は何といっても「神輿連合渡御」です。
5日の「午前」に「八日市場小学校」に10町内から集まった20基以上の「神輿」と「囃子連」は、延々と連なって「匝瑳市」の「市街」を練り歩きます。
「夕刻」になり「八重垣神社」に次々と入る前には「活気」が「最高潮」に達し、「担ぎ手達」の「力」の入った「渡御」がみられるそうです。
ちなみに「八重垣神社祇園祭」の「昨年」(2011年)の「人出」は50000人だそうです。
「八日市場」の「夏」を彩る「神輿の祭典」「八重垣神社祇園祭」。
熱気溢れる「祇園祭」が行われるこの機会に「匝瑳市」に訪れてみてはいかがでしょうか?
「八重垣神社祇園祭」詳細
開催日時 8月4日(土)・5日(日) 10時半〜22時
開催会場 八重垣神社 匝瑳市八日市場イ全域
問合わせ 匝瑳市産業振興課 0479-73-0089
備考
「八重垣神社祇園祭」の平成24年(本年度)の「年番町」は、「萬町」だそうです。
なお「八重垣神社祇園祭」は、「チバテレ」(千葉テレビ)にて放送される予定で、「本放送」は8月19日(日)19時00分〜19時55分(予定)となっており、「再放送」は8月24日(金)14時00分〜14時55分(予定)となっています。
(なんらかの事情により放送時間が変更になる可能性もありますので、あらかじめご了承下さい。)
| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1232 |
|
地域情報::匝瑳
| 09:11 AM |
2012,07,31, Tuesday
「大潮祭」「手子后神社(てごさきじんじゃ)」(神栖市)
author :
犬吠埼観光ホテル
本日ご案内するのは、となりまち「神栖市」「手子后神社(てごさきじんじゃ)」で今週末の8月4日(土)・5日(日)に開催されます「大潮祭」です。
「手子后神社」は、「茨城県」「神栖市波崎」にある「神社」で、「御祭神」は「手子比売命」を祀っています。
「手子后神社」は、「神護景雲(じんごけいうん)年間」創建で、「鹿嶋市」では「神遊社」ともいい、「大神の御女」が「祭神」とあります。
また、一説には「常陸国風土記(ひたちのくにふどき)」(6月3日のブログ参照)の「童子女松原」(5月29日のブログ参照)に見られる「安是の嬢子」を祀った「社」とも言われています。
「手子后神社」「社殿」では、古くより「息栖神社」(2010年11月7日のブログ参照)・「大洗磯前神社」とともに「鹿島神宮」(2010年11月8日・9日・10日のブログ参照)の「三摂社」と称されてきた、としています。
「手子后神社」「境内」は「利根川」河口近くの「茨城県」側に鎮座しています。
「国道124号線」を「銚子大橋」から「北」へ向かうと「たもと」で左にカーブしますが、そこを真っ直ぐ行くと「手子后神社」になります。
また「手子后神社」境内には「摂末社」として「厳島神社」、「浅間神社」、「稲荷神社」、「天満宮」、「金刀比羅宮」が祀られています。
「大潮祭」は、「神栖市」「波崎地区」の「氏神」である「手子后神社」の「祭祀」として、「旧暦」の6月15日に近い「土・日曜」に執り行われます。
「大潮祭」は、「航海の安全」や「豊漁」を祈る、「海」の「男たち」の「まつり」で、「神輿」や「鳴り物」が街中を練り歩きます。
「大潮祭」当日は「波崎の漁船」は出漁を止めて、「大漁旗」を飾り、「乗組員」は「神社」に参拝するそうです。
「大潮祭」は、江戸時代中期から行われてきたとされており、「大漁祈願」の「祭り」として伝えられてきました。
「神輿」は、「手子后神社」から「波崎漁港」など「神栖市波崎東部地区」を練り歩きながら、時には激しく揉(も)み合い、「暴れ神輿」としても知られています。
「沿道」の大勢の人々からは威勢のいい「かけ声」が飛び交い、「夏本番」を告げる「祭り」は「最高潮」を迎えます。
「海の男」の勇壮な「手子后神社」の「祭祀」「大潮祭」。
この機会に「神栖市」に訪れてみてはいかがでしょうか?
「大潮祭」「手子后神社」詳細
開催期間 8月4日(土)・8月5日(日)
開催会場 手子后神社 神栖市波崎8755
問合わせ 神栖市観光協会 0479-26-3021
備考
「手子后神社」「大潮祭」「鳴り物」は、「神栖市」の「市指定無形民俗文化財」に指定されています。
| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1231 |
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地域情報::神栖
| 09:10 AM |
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